3. 遥かなる「ざまぁ回避」の道も一歩から

 小説におけるアンリエッタは、あっさりモンスターに殺される役割であった。

 ざまぁの始まりに、あっさりとモンスターに喰い殺されることになる。


(ふざけんな! あんな生々しい描写すんじゃないわよ!)


 過激なざまぁが望まれる昨今のウェブ小説。読者のヘイトを一心に集めた彼女の最期は、気合の入った非常に生々しいものであった。

 バリバリ、ムシャムシャと。

 生きたままモンスターに喰われるのだ。痛みと苦しみの中、どれだけ助けを求めても彼女を助けるものはいない――どうにもならない現実。


 自分の行動は、全て自分に返ってくる。

 すべて因果応報なのだ。


(……今さら後悔しても、もう遅い?)


 そんな殺生な。

 私、転生してきたばっかりなのに。



(物語はどこまで進んでいるの!?)


 分からない。

 分からないが、このまま付き進めば待ち受けているのは破滅だけ。

 そんな運命を覆すためにも――



「だ、誰にでもミスはあります!」

「アンリエッタ様……?」 


 やるべきことは1つしか無かった。


「未来の聖女様が、そんな風に頭を下げないでくださいませ。勇者パーティの一員なら、もっと堂々として下さい!」


 アンリエッタは未来の大聖女に手を差し出し、暖かな笑みを浮かべる。


(こんなところで土下座させたら、将来どんなしっぺ返しがあることか……)


 アンリエッタは知っている。

 目の前の少女が聖女の力を使いこなし、やがては世界を救う『大聖女』と呼ばれるようになっていくことを。世界中から大切にされるようになる目の前の少女は、ヘッポコ勇者パーティが敵に回して良い相手ではないのだ。



「あ、アンリエッタ様? あれだけの事をやらかした私を、許して下さるのですか?」

「許すも何も、私たちは志を同じくする仲間です。助け合うのは当然でしょう?」


 勝手に仲間だと言い張り、仲間とは助け合うものだと強引に定義。

 勇者パーティが全滅しそうな時に、もう遅いなんて言わせない。破滅回避のためには手段を選ばないアンリエッタの力業が光る。


 ミントは呆然と目を瞬いた。



「緊張して罠を踏み抜いて、モンスターをおびき寄せてしまいました。恐怖で動けない私を庇ったせいで、御身にお怪我を――」


(……ん?)


「せめてものお詫びにと使った回復魔法。暴発してしまって、傷を癒やすどころか制御できず出血を悪化させて――」


(んんんんんん?)


「アンリエッタ様を死なせてしまうところでした。それなのに心優しいあなた様は、私のことを許して下さるのですね!」


(ちょい待てや原作! そんな描写ひとことも無かったじゃない!?)



 アンリエッタは、どうやら目の前の見習い聖女に殺されかけたらしい。ざまぁの前に、主人公に殺される悪役令嬢とか嫌すぎる。

 それは少しぐらい責められても、仕方ないような。


(いいえ。この子を責めても何の得もないわ)


 ミントは、この世のすべてを拒絶するような目をしていた。見るものを寄せ付けない眼差し。

 こんなに可愛いのにそんな哀しい目をするなんて、なんと勿体ないことか。


(うんと励ましたい!)

(でろんでろんに甘やかして、無邪気な笑顔を私だけに向けて欲しい!)


 アンリエッタの欲望は、やっぱり歪んでいた。それでもその欲望は、ざまぁ回避という目標と奇跡的に一致していたのだ。



「勇者パーティの役割は、聖女様の力を覚醒させることです。その程度の失敗、何ら気に病む必要はありませんわ」

「本気ですか? また足を引っ張るかもしれません。またアンリエッタ様を、危険に晒すことになるかもしれないんですよ?」


「問題ありませんわ」


 きっぱりと言い切る。

 アンリエッタの思考回路は、だいたいが破滅回避で出来ている。何に巻き込まれても、破滅に繋がらないのなら万事オッケーなのだ。



「どうして、そこまでして下さるのですか?」

「……私自身のためよ」


 更に言うなら破滅を回避するため。

 紛うことなき本音だったが、



「なるほど。聖女の力を覚醒させて魔王を討伐する任務を、アンリエッタ様は『自分自身のため』とおっしゃるのですね」


(え……? 私、魔王を倒しにいくの?)


 まあ勇者がどうにかしてくれるか。

 後ろから付いていって、うんと応援しよう。



「私は、自分が恥ずかしいです。自分のことしか考えていませんでした。魔王を討伐して、平和な世界を取り戻すことだけを最優先に考えている――アンリエッタ様とは大違いです」


(んんんんんん?)


 饒舌なミントちゃんも可愛い!

 でも何を言い出したのか、さっぱり分からない!

 世界なんてどうでも良い。

 アンリエッタは、ただ平穏に生きたいだけなのだ。



「アンリエッタ様の期待に応えられるように。精一杯、頑張ります!」


(――なんかよく分からないけど、結果的には上手く収まった!)


 アンリエッタ、あっさり思考を放棄。

 なんかよく分からないけど、良い感じに事が進みそうな空気を察知。

 全力で乗っかることを選択する。




「分かってくださって嬉しいわ。ミントさん、これからよろしくお願いしますね?」

「はい。こちらこそ!」


 そう言ってミントは、はにかんだように笑った。

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