4. 【SIDE: ミント】きっと世界を救う英雄というのは、アンリエッタ様のような方なんですね……


(勇者パーティーか。嫌だけど頑張らないと……)


 ミントは憂鬱だった。

 顔合わせのときから、勇者パーティへの印象は最悪だった。


 リーダーのエドワード様からは、パーティの雑用をすべて担うよう命じられた。

 聖女の力とは何も関係がない理不尽な要求だが、お貴族様に逆らってもろくなことにならないのは分かっていた。



 ミントはすでに、この旅を「耐えるべきもの」と位置づけていた。

 何をしても認められることはない。

 勇者たちのストレス発散に使われることを諦めていた。



 だからこそ、目の前の少女の発言が信じられなかった。


「だ、誰にでもミスはあります!」

「未来の聖女様が、そんな風に頭を下げないでくださいな? 勇者パーティの一員なら、もっと堂々として下さいませ!」


(この人は何を言っているのだろう?)


 おおよそ貴族の少女の口から出る言葉とは思えない。

 ミントは困惑していた。



(何か試されてるの?)

(それとも受け答えを間違えたら、調子に乗るなと馬鹿にするつもり?)


 警戒心が先に来た。

 素直に優しい言葉を受け止められない。


 優しくしてくれた人は、みんな聖女の力が目的だった。使い物にならないと分かった、すぐに手のひらを返した。


 今回と同じ。

 下手な期待は持たない方が良い。

 そう思っていたのに――



「志を同じくする仲間――助け合うのは当然でしょう?」


 アンリエッタ様は、当たり前のようにそう口にしたのだ。


 仲間。

 互いに助け合う関係。

 それはミントがどれだけ望んでも、手に入らかなった遠い光。



(どうしてアンリエッタ様は、私なんかを仲間だなんて言ってくれるんだろう?)


 昼間の大失態。

 忘れたくても忘れられないだろう。


 モンスターを集める罠を踏み抜き、アンリエッタ様に怪我をさせた。それを癒やそうとして、


(大失敗だった)


 アンリエッタ様の傷口から噴水のように血が吹き出す。

 たまたまエドワード様が持っていたアイテムのおかげで助かったものの、もしそれがなかったら今頃は……



(アンリエッタ様の期待に、私では応えられない)


 どうせ最後に捨てられるなら。

 最初から望みなんて持たない方が良い。

 そう思っているのに。


「――心優しいあなた様は、私のことを許して下さるのですね!」


 どうしてか微かな希望を持ってしまう。

 気がついたら、そう口走っていた。



(嫌われるなら、さっさと嫌われたい)

(希望なんて見せないで欲しい)

 

 相手の言葉を無理やり解釈して、畳み掛けるように言葉を投げかけた。

 平民・貴族とか関係なく、怪我の治療で相手を殺しかけた聖女とか願い下げだろう。許されるはずもないのに、無理やり「許された」と既成事実のように言い張る。


(さっさと嫌われた方がきっと楽だから)

(どうして私はこうなんだろう)


 臆病な自分。

 後悔と、ほんの少しの期待。

 ビクビクと相手の反応を伺った。

 


「――その程度の失敗、何ら気に病む必要はありませんわ」


 返ってきた答えは、斜め上だった。

 ミントが「どうしてそこまで私のためにしてくれるのか?」と震えながら聞くと、



「……私自身のためよ」


 なんて答えが返ってくる。

 その言葉を聞いて、ミントはようやく理解した。


(アンリエッタ様は、私みたいなちっぽけな人間とは、考え方が根本的に違うんだ)


 これまで出会った人々は、聖女の力を利用して権力を手にすることだけを考えていた。そういった人々は他人の失敗に敏感で、何より自分の身が可愛いものだ。


 一方のアンリエッタ様は、他人の失敗に寛大だった。目的のためには、己の見を危険に晒すこともいとわない――これまで出会ってきた人とは、何もかもが違うのだ。



(とにかく世界な世界を作りたい。――そのために、聖女を育てて魔王を討伐したい。アンリエッタ様はそれだけを願ってるんだ)


 願いの為に色々なものを切り捨てて来たであろうことは、想像に難くない。

 途方もない生き方――同じ年の少女が進む道のりとは思えなかった。



(きっと世界を救う英雄というのは、アンリエッタ様のような方なんだ――)


 言われるがままに生きてきたミントにとって、確固たる意思を持って、前に進んでいくアンリエッタはあまりに眩しかった。


 違う世界の住人のよう感じられた。


(私も、いつか並び立てるのかな?)



 自分を優秀な聖女だと思ったことは、生まれてから一度もなかった。

 教会からの「落ちこぼれ」といえ評価は、間違っていない。



 いつからだろう?

 期待に応えられないことに、何も感じなくなってしまったのは。


 いつからだろう?

 失望されたくないからと、人と信頼関係を築くことを、避けるようになったのは。



(失望されないためじゃない)

(私はアンリエッタ様の力になりたい!)


 いつになく強く願った。

 聖女の力を、使いこなせるようになりたいと。



「アンリエッタ様の期待に応えられるように。精一杯、頑張ります!」


 アンリエッタは、たどたどしいミントの宣言を一生懸命に聞いていた。

 そして最後には嬉しそうに、こう口にする。



「ミントさん、期待していますね?」


 これまでも多くの人から投げかけられた言葉。

 それでもミントはその言葉を、生まれて初めて前向きに受け取ることが出来た。


「はい!」


 ミントは強い決意とともに頷いた。




 言うまでもなく、全てはミントの思い込みである。アンリエッタが望んでいるのは、「ざまぁ」を回避して、死の運命を覆すことだけだ。

 しかしその真相は、誰にも知られることはなかった。

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