失った顔を取り戻す物語

 ここからは本編のストーリーに関するネタバレを含むのでご注意ください。


 本作のタイトルである“Visage”とは“顔”という意味である。そしてVisageの物語は、『失った顔を取り戻す』ことにある。


 本作では三つの章で三つの家族に起こった悲劇を追体験する。そして、そこで登場する人物たちは例外なく主人公ドウェインを襲う。


 対して、残る最後の章ではビデオテープを手掛かりにして“ミラーマスクの欠片”を集めることとなる。そして、その中でドウェインの過去を巡るのだ。


 ここで注目して欲しいのは、最後の章……仮に『ドウェインの章』と呼ぼう。ドウェインの章では死が迫ることは少ない。その代わり、彼の精神に訴える表現が多いのだ。


 ドウェインを除く家族達は、元から何かしらの精神病を持っていた。もしくは、持ってしまった。そして、ある医者に診てもらうようになってから状況が悪化しているのだ。


 ……ドウェインの過去を巡る中で、病院の一室のような場所に飛ばされることがある。これらの情報を元に考察できるのは、ドウェインは三つの家族の担当医だったのではないだろうか。そう仮定する事で、全てに説明がつく。


 ドウェインは偶然にも、死に追いやってしまった患者を三人続けて出してしまった。死に追いやったにも関わらず、彼の元には給料が入る。彼は恐らく善良だったのだろう。彼は現実を直視出来なくなり、酒に溺れた。薬に手を出した。


 そうして彼は自身の子供の世話もせず、妻の言葉も無視するようになった。そんな生活を続けている内に、彼を心配する家族の声も届かなくなってしまった。


「あなたは金持ちだから一緒にいるだけ。どうせ殺人謝礼金でしょうけど」


「あなたの顎をむしり取られたいの?」


「7本のナイフで刺してあげようか?」


「高いところから飛び降りて両足を使えなくしたらどう?」


「ロープが欲しい?」


「地下室に閉じ込めてあげようか?」


「死になさいよ、あなた一人で!」


 全ては彼が見てきた死だった。自身で自身を追い詰め、彼は遂に自分という存在を失い認識出来なくなった。つまり、『顔を失った』のだ。


 顔を失った彼が行き着いた答えは、家族もろとも死ぬということだった。



 何故、彼はこの家で目覚めたのか。

 何故、彼はこの家から出られないのか。

 何故、彼の姿は見えないのか。

 何故、彼の姿は鏡に映らないのか。

 何故、この家に住む家族は彼を殺そうとするのか。


 全ては死んだドウェインの精神世界だからだ。彼が家から出られないのは死んでいるから。彼の姿が認識出来ないのは顔を失い死んでいるから。彼を殺そうとするのは、彼が感じている罪悪感から。


 だから彼は自分の過去を辿り、ミラーマスクの欠片を集める。鏡の仮面、自身の顔を映す仮面、自身のVisageを。


 作中では彼を導く覆面男が現れる。それはペストマスクをした男。ペストマスク……つまり医者、自分である。作中で覆面男は問い掛ける。


「君は何者だ?ドウェインだって?それはただの名前だろう。名前に意味はない。私は君が誰かを聞いているんだ」


「君が何者なのか答えてくれないか!」


 これは顔を失った彼の叫びではないだろうか。

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