終章

終章

 舞台中に拍手が鳴り響く中、緞帳が上がる。重厚な音楽が流れ、舞台に立つ者たちの服の刺繍や装身具がシャンデリアの光を受けてきらきらと輝く。

 舞台中央に立つ、一際目立つ格好をした男が口を開いた。


「『ああ、一体どうしたらいいのか…………我が王国が、邪悪な化け物によって崩壊しようとしている…………』」


 老いた名優演じる国王の嘆きを皮切りに、物語は始まった。

 王国の繁栄を支える宝石を産出する鉱山に、化け物が現れるようになった。国は何度も化け物を倒そうとしたが、化け物は数が多いばかりか強く、兵を派遣しても傷ついた者らが帰ってくるか、帰らぬ者となるばかり。宝石を採ることができなった王国は次第に貧しくなり、わずかな食料を求めて民の間で争いが起こるようになる。貴族や豪商の中には、国を捨てて逃げだす者もいた。


 ほろびへ向かう国のありさまを憂う騎士は、かすかな希望を求め、化け物を打ち払う力を勇者に与えた女神が住まうという伝説を持つ地を目指す――――――――


 ジュリアス演じる騎士は雄々しく、セシル扮する傭兵は凛々しく、シガが務める盗賊はしたたかだが憎めない。騎士見習いの皮肉屋な性格は、カイルがよく表現している。その他の団員たちは、言うまでもない。個性あふれる俳優たちの演技は、観客の頭から日常を忘れさせた。古い物語を題材に脚本家が書き上げた舞台は、観客を魅了して進んでいく。


 実は化け物を鉱山に住みつかせた張本人である宰相と、それを疑う家臣の緊張感あふれる駆け引きの場面が終わった。緞帳が下り、語り部と舞台下の楽団が場を繋いでいる間に、裏方が大急ぎで舞台を宮廷から鉱山の中へ作り変えていく。反対側の舞台袖から化け物役の団員たちが出てきて、所定の位置につく。


 次は一行の視点に切り替わり、女神から化け物を倒すための武器を授かった一行が、ついに鉱山へ向かうことになる。物語で役者がもっとも激しく動きまわる場面だ。冒頭から大人数での殺陣が始まり、化け物の親玉との戦いに繋がるのである。


 いよいよ出番だ。この演目の見せ場を成功させるためには、セシルたちが激しい殺陣で観客を驚かせなければならない。

 ぎゅっと両の拳を握ると、隣にいたシガが声をかけてきた。


「……セシル、緊張してる?」

「当然だろ。この人数での殺陣は初めてだし。しかも結構動くし。緊張しないあんたが羨ましいよ」

「まあ、役者だから」


 と、シガはからりと笑ってみせる。そこに裏の意味を感じとり、ああそりゃそうだよな、とセシルは恨めしそうに視線を送った。確かにこの男は、セシルとは経験が違いすぎるのだ。この程度で緊張するはずもない。


 だが、今夜は初演であるという以上にしくじることはできない理由が、セシルにはあった。本番が始まる前にリースが教えてくれたが、今夜はユーサーも来ているのだ。姉と一緒にいるらしい。


 舞台で演技をしながらではどこにいるか探すことはできなかったが、この満員の観客席のどこかにユーサーはいるはずだ。緊張して失敗なんて無様をして、心配されたり慰められたりしたくない。慰めという名のシガのからかいを受けるのも、当然拒否である。今夜の舞台は、絶対に成功させなければならない。


 ぽんぽん、とそのシガは、セシルの頭を軽く撫でた。


「大丈夫、セシルならできるよ。セシルは上手い女優だもの。今までもちゃんと演じられたんだから、今夜もできるよ」

「当たり前だろ。本番でしくじるなんてみっともないこと、やってたまるか」


 傲然と言い放ち、セシルは不敵に笑む。頼もしいね、とシガはくすくす笑った。

 腰に銀の剣を佩いた騎士の格好がさまになっているジュリアスの傍らにいるカイルが、セシルとシガのほうを向き、にやりと口の端を上げた。


「さてセシル、シガ。そろそろ暴れどきだぞ」

「人を筋肉馬鹿みたいに言うな。カイルこそここで暴れないと、贔屓筋増やせないぞ」

「言ってろ」


 阿吽の呼吸で悪友とじゃれあい、セシルは舞台に向き直った。深呼吸をし、演じるべき役へ心と身体を変えていく。

 語り部が舞台袖に引っ込み、音楽が変わった。緞帳はゆっくりと上がり、化け物たちがのそのそと動きだす。

 シガと頷きあい、セシルは舞台へ飛び込んだ。

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芝居は舞台の上のみにあらず 星 霄華 @seisyouka

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