第14話 それでも僕は、みんなを助けたかった
もちろん、僕らがただで済むはずがない。
嘔吐した伊藤巻は保健室に。ガオちゃんと、そして何故か一緒にいただけの僕が、担任の渋谷塚と話をすることになった。
「宝田、またお前か! お前、いい加減にしろよ? 4月にも盾突いたこと覚えてるからな?」
たまたま渋谷塚の時間が空いていたのは不幸か、幸運か。
明らかな暴力事件にも関わらず、僕らを叱責するのは彼一人だった。
だが、説教の内容に関しては、全く納得がいかない。
渋谷塚は、伊藤巻を殴ったのがガオちゃんだったことも忘れて、僕にだけ説教をして来たのだ。
何でそんなことをするのか、意味が分からない。
客観的に見れば、伊藤巻を殴ったのはガオちゃんであり、僕は伊藤巻や田中々と一言二言話しただけである。
「口答えしてんじゃねぇぞ! 宝田!」
事情を説明しようとした瞬間、頭を殴られたが、これには流石にガオちゃんも予想外だったようで、呆気に取られた顔をして見ている。
そして最悪だった。
前回とは違い、今は放課後ではないのだ。
どういうことかと言うと、助けに入ってくれるような田代場先生や竹川儀先生も、今は授業をしていて助けに来れないのである。
たっぷり一時間弱。僕らが解放されたのは、5時限目の授業終了のチャイムが鳴って間もなくで、6時限目の授業が始まる前に教室に帰れと渋谷塚が言った。
帰れと言うのなら帰るしかない。
密かに停学とか退学――ドラマでしか聞いたことのない処分の話を恐れていたが、そういう話が一切出てないので、驚いてもいる。
まさか、問題になる前に内々で済ましてしまおうというのだろうか?
疑問にも思ったが、渋谷塚の事なので十分あり得る話でもある。
渋谷塚が責任問題になるのを恐れたのなら、担任を務めているクラスで問題は起きなかった事にしても不思議ではない。
授業を終えた先生方がパラパラと戻ってきたりしてたのを気にしていたので、その可能性は高そうだ。
とりあえず僕らは教室に帰った。
6限目の授業が始まる前に帰れてよかったのだけれど、周囲から寄せられた視線が痛い。
遠くで「あいつ、また問題起こしてるぜ。馬鹿じゃないの」と言う外貝君の声が聞こえて、ついつい視線を向けてしまったが、別にあんな奴はどうでも良い。
おろおろしているだけの内野之も見えたが、それにも構っていられない。
今は、笹山村さんの事を思うと、ただただ辛かった。
「宝田君、大丈夫? 石母棚さんも」
「あ、ああ。なんとか。田中々は?」
夢川田は無言で指をさす。
その先には、歌玉と伊藤巻に挟まれ、席を立つことすらできそうにない田中々が見えた。
「あいつら」
ガオちゃんがイラっとした顔をしていたが、僕はガオちゃんを「待って、ガオちゃん」と落ち着かせた。
またガオちゃんが暴力に出たら、今度こそ何かしらの処分を受けるに違いない。
「先生にはどこまで話したの?」
「何も話してねえよ」
ガオちゃんが唸るように答える。
正直、渋谷塚が僕の話を聞かず、ひたすら説教をしていただけなので間違いではない。
あの男は徹底的に自分本位の説教をしただけなのだ。
だが、夢川田は「そっか。そうだよね。それで正解かも」と言うと、僕に続けた。
「かわいそうだもんね、笹山村さん。大事になったら、みんなに知られちゃうだろうし。本人から何をされたかとかは聞いてないけど、状況から見たら……」
「ちっ、ふざけやがって。なぁ、健太郎。このまま何もしないって事は無いよな?」
ああ、そうだ。
笹山村さんは、友達なのだ。
僕には怒る理由がある。
「伊藤巻は?」
「保健室に行ったけど、大したことなかったみたいですぐ戻って来たよ」
「そうか」
探してみると、伊藤巻は歌玉と、絶望の顔をしている笹山村さんと一緒にいて、明らかにこっちを警戒してみていた。
「ねぇ、それよりも」
「何?」
「田中々さん、歌玉さんに放課後呼び出されてたよ」
「呼び出し? どこへ?」
「わからない。ただ、伊藤巻さんが保健室に連れていかれた後、放課後話があるから付き合えよって」
田中々が色々ぶちまける前に言っていた言葉が甦る。
『信じてますからね、健太郎君』
きっと、呼び出されることを見越していたに違いない。
呼び出されれば田中々は一人で戦わなければならないし、田中々一人では何もできないだろう。
何しろ、伊藤巻と歌玉のバックには薬師谷先輩がいるのだ。
そして笹山村さんの現状を思えば呼び出された先で何をされるか分かったものではない。
守らなければならないと思う。
僕一人では無理でも、僕にはガオちゃんがいる。
夢川田もいる。武雅まつりのきっと力を貸してくれるだろう。
無範智恵理も、事情を知れば黙ってはいない。
「夢川田さん。放課後、時間ある?」
「ええ。もちろん。もし用事があったとしても、これ以上に大切な事は無いよ」
「やるんだな、健太郎」
ガオちゃんはいつになくシリアスな顔で僕に聞き、僕は静かに頷いた。
。
伊藤巻達の行動は早かった。
授業が終わるなり田中々と笹山村さんを連れ、教室を出ていく。
「急げ、健太郎」
「ああ、分かってる」
夢川田が急いで無範智恵理を呼びに行き、僕は武雅まつりへ協力してくれと話に行く。
ガオちゃんは、伊藤巻をつかず離れずでバレない様に尾行した。
そして、伊藤巻達が校門を徒歩で出るころには、僕らは集結することが出来た。
ただ、人数が多すぎたのか、バレない様に尾行するのは難しい。
誰か一人が丁度良い距離で後ろを歩き、残りはさらに離れて尾行することになった。
伊藤巻達の目的地は、駅方面とは逆の方らしい。
住宅地を抜け、工業地帯への手前にある木々が生い茂る林の方へと向かっている。
僕らは再度集結し、林の中を行く伊藤巻達の後ろを付けた。
だが――
「……宝田君。なんか、臭くない?」
「あ、ああ。何だ、この臭い」
異臭である。
近くの工業地帯からのものだろうか。
良く分からないけれど、気分が悪くなるような凄まじい臭いがしている。
この臭いの発生源は、恐らく向かう先にあるのだろうけれど、このまま先には進みたくない。
しかし、伊藤巻達も同様の様だった。
「何この臭い」
「分かんない。前に来たときは、こんなのなかったけど。何か、カラスの鳴き声も聞こえるし」
ウッと伊藤巻が口を押さえてえづいた。
「どうする? 伊藤巻」
「も、もう、良いよここで。これ以上先に進みたくない」
とっさに隠れた僕らは、見つからないように声を殺す。
それから伊藤巻と歌玉は一言二言の言葉を交わした後、田中々を突き飛ばした。
「健太郎、出るか?」
ガオちゃんが小声で囁き、僕らは目を見合わせる。
出たい。
ただ、薬師谷先輩など、他の仲間がいないか、僕は周囲を確認する。
その間も伊藤巻達は激高し、田中々を責めていた。
「田中々! お前、何でバラしたんだよ!」
「金儲けの仲間に入れてやろうと思ったのに、この! ぶっ殺してやるからな!」
どうやら、薬師谷先輩はいないようだ。
やるなら今しかない。
僕は立ち上がり、叫んだ。
「待て!」
異臭の空気を吸い、吐きそうにもなったが、ここで吐いては格好がつかない。
驚いた顔の歌玉が僕を見て、言った。
「宝田? どうして、ここにいるんだよ。まさか、付けて来たのか?」
「健太郎だけじゃないぜ」
仲間たちが続々と姿を現す。
真面目な顔の夢川田。
伊藤巻達よりも異臭で顔をしかめている武雅まつり。
そして、笹山村の顔を見ている無範智恵理。
「何が金儲けだ。てめぇら」
威風堂々としたガオちゃんが出現すると、明らかに二人はたじろいだ。
「お前ら、こんな大勢で、卑怯だぞ!」
歌玉は叫んだが、何が卑怯なのか。
田中々に二人で襲い掛かっていたので、全く説得力を感じない。
僕は一歩、前へ出て言った。
「なぁ、伊藤巻さん。歌玉さん。何でこうなっちまったんだよ。出会った頃は、そんなんじゃなかっただろ? もっと、仲良く出来る感じだったじゃないか。なのに、なんで笹山村さんを? 田中々さんにだって、どうして」
「うるさい! うるさいよ! 宝田君が
伊藤巻が頭を抱えた。
錯乱状態のように叫びだす。
「何よ! 悪者にして……! 酷いじゃない! 宝田君は、何で、るるばっかり庇うのよ! どうして、田中々を助けようとするのよ!
一瞬、伊藤巻が何を言っているのか分からなかった。
僕が助けなかった?
「
「薬師谷先輩?」
僕は考えるが、想像するしかなかった。
僕が助けなかったと伊藤巻が言ったが、それがいつのことなのか。
思い当たるのは一つしかなかった。
『伊藤巻、歌玉。ちょうど良いから、あんたらも来なよ。大学生の男、紹介してあげる』
あの時だ。
あの時しか、考えられない。
あの日、薬師谷先輩の激高を目にした僕は、連れていかれる伊藤巻と歌玉に何も出来なかった。
いや、そうじゃない。
僕は、何もしなかったんだ。
何も言わなかったんだ。
薬師谷先輩に食い下がって、連れていかれる伊藤巻と歌玉を引き留めなかったんだ。
「ねぇ! どうしてなのよ! 答えてよ、宝田君!」
伊藤巻は泣いていた。
叫びは5月の良く晴れた空へと消えて、ただただ虚しい余韻を残す。
そして、僕は、伊藤巻の質問に答えようと、口を開いた。
「お、俺は」
だが、それ以上は何も言えなかった。
何を言えばいいんだろう。
何をすればいいのだろう。
「健太郎君のせいではありませんよ」
口を開いたのは田中々だった。
「伊藤巻さん。私たちに自分の不幸をバラまこうとしていたんですね。腹いせですか? 気は晴れましたか? 自分が出来ないからと、健太郎君と仲の良さそうな女子にこんなことをして。でも、それは間違っています」
無範智恵理が田中々の言葉に合わせて激高した。
「お前ら、絶対に許さないからな! ボクのルルちゃんを巻き込む必要なんてなかったんだ! ボクは、一緒にいれなくても親友が幸せなら、それで良かったのに!」
笹山村さんを傷つけられたせいで頭に血が上っているのだろう。
出会った時に見たあの失礼極まりない無範智恵理に戻っている。
だが、こうなってるこいつの言葉をまともに聞いていると、話がとたんにややこしくなる。
僕はただただ、言った。
「俺は伊藤巻さんだって助けたい。歌玉さんも。力になりたい」
「……今更、何をするの?」
歌玉が言う。
「
「それでも!」
僕は叫ぶ。
が、その時。
風がざわざわと木々の枝を揺らして、異臭が色を強くして行き、息を大きく吸い込んでしまった僕が吐き気をこらえた瞬間、悲鳴が上がった。
武雅まつりだった。
「な、何、あれ? 誰かあそこにいない?」
僕らは武雅の指さす方を見る。
木々の間から、何か、黒い塊が見えた。
「いや、あれは……。鳥か? しかし」
ガオちゃんが冷や汗を垂らしながらつぶやく。
確かに、大きなクチバシらしきものが頭に見えるので、鳥に見えなくはないのだけれど。
しかし、それにしたって大きすぎる。
それに少しも動かない様子のそれは、ジッとこちらの様子を調べているようにも見えた。
とは言え、遠くて良く見えない。
空が夕方を超えて、少しずつ赤くなっていく。
もし、もう少し早い時間だったとしたら、あれの正体も分かりそうだったが……
「ふ、不審者?」
無範智恵理が突然にそう言って後ずさり、木に引っかかって転ぶ。
すぐさま夢川田が彼女の手を引いて起こした。
「大丈夫? 無範さん」
「う、うん。あ、ありがと。でも、あれ」
恐怖で冷静になったのか、無範智恵理はいつもの頼りない無範智恵理に戻っていた。
「あ、あのさ。ぼ、ぼぼ、ボク、思うんだけど、あの鳥。まさか、鳥の被り物をした、人間なんじゃ。不審者なんじゃ」
サイズ的に考えれば何の違和感もない意見だった。
「み、みんな。帰りましょう」
夢川田が言い。
僕らは逃げるようにしてその場を逃走した。
林から脱出し、人通りのある場所まで来ると、僕らは伊藤巻と歌玉がいないことに気づく。
「伊藤巻さんと歌玉さんは?」
「わ、分からない。はぐれたかも」
僕らはそれ以上は何も出来ずに、それぞれ家に帰ることにした。
僕は思った。
明日、伊藤巻達と話の続きをしよう。
みんなで笑って過ごせるように。何か方法を探そう。
たとえ、あの薬師谷先輩と対立することになったのだとしても。
だが、そんな僕の想いは、果たされることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます