第13話 運命は酷く残酷で
――僕は『運命』を考える。
もし、僕が決められていた運命の線に沿って歩いていたとして、そこから外れることは可能なのだろうか。
もしくは、過去にそれを意識できたとして、線から外れることが可能だったのだろうか。
……いや、この時点では変える事の出来ない『すでに起きてしまったこと』が多すぎて、僕はレールに沿って歩き続ける事しか出来なかった。
――――――――――
僕が教室に帰ると、歌玉と伊藤巻が話しかけて来た。
どうやら僕らを待ち構えていたらしい。
ただ、彼女たちの目的は僕ではなく、僕と一緒にいる笹山村さんだった。
「るる、どこ行ってたんだよ、お前?」
ニヤニヤと笑う歌玉。
それが、どこか獲物を前にした肉食獣のように見えて、僕はとっさに前に出た。
笹山村さんがビクッと怯えを見せたのを、僕は見逃していなかったのだ。
「僕が個人的に用があって、話をしてたんだよ。探してたの、知ってるだろ?」
僕が言うと、伊藤巻の方がふうん? と、鼻で声を出した。
「そう言えばそうだったよね。でもさ」
伊藤巻はそのまま僕を無視して、笹山村さんに言う。
「るる。
「ご、ごめんなさい、私」
「良いって、るる。るるにとっての宝田君は何でもない人なんでしょ? そうだよね? だったら、内緒にしてあげる。私たち、仲間だもんね」
笹山村さんは沈んだ顔で頷き、彼女たちの元へ戻ろうとした。
だが、僕は納得がいかない。
薬師谷先輩と言う名前に、お仕置きと言う言葉。
これではまるっきり脅しではないのか?
仲間だなんて言葉を使ったが、脅しをするような関係を仲間と呼ぶのは、正しい事ではないだろう。
僕が『何でもない人』と呼ばれた事にもカチンと来たが、こんなにも笹山村さんが悲しい顔をしているのに、黙ってはいられない。
「待って、笹山村さん」
だが、伊藤巻は勝ち誇った顔で僕の前に歩み出た。
「うちのるるに、まだ何か用なの? 宝田君?」
「あ、ああ、そうだよ。俺は、笹山村さんの友達なんだ。友達なら、話くらいするだろ?」
「へぇ。るる。宝田君、こんなこと言ってるけど、どうなの?」
笹山村さんが振り返り、僕を見た。
目が合った瞬間、彼女は目を伏せて、ぼそりと言う。
「た、宝田君と、私は、友達でも何でもないです。全然関係ない人、です」
ショックだった。
笹山村さんは、何でそんなことを言うのか。
……いや、分かっている。
伊藤巻と歌玉が、彼女に今の言葉を言わせているのだ。
「笹山村さん、俺は……」
だが、何と言おう。
今、何かを言っても大丈夫か?
だが、黙ったままでいるのも悪手だったらしい。
伊藤巻が体を揺らしながら言ってきた。
「宝田君。これ以上るるに付きまとうのはやめなよ。迷惑がってるの、分からないの?」
「迷惑? ち、違うだろ。こんなの、笹山村さんは、伊藤巻さん達に」
「
伊藤巻は僕の言葉を遮って、クスクスと笑う。
「
「そんな、それは」
僕は絶対に納得出来ない。
だがその時、遠くからやたらデカい声で僕を呼ぶ者がいた。
「おい! 健太郎、そんなところで何してんだよ。弁当、先に食っちまうぞ!」
ガオちゃんだった。
「ほら、宝田君。呼ばれてるよ? 行かないの?」
「……分かった。行くよ」
僕は情けない言葉を漏らして、自分の席へと戻った。
席へ戻ると、ガオちゃんが心配そうな顔をしている。
「健太郎、大丈夫かよ。酷い顔してるぞ?」
「ああ、うん。何か、俺、何も出来なくて」
「そうだろうな。でも、あれは普通の方法じゃ無理だぜ? だから呼んだんだけどよ」
ガオちゃんは真剣な顔をしていた。
「腹立つよな。でも、簡単な方法じゃ無理だ。オレも中学校時代も似たようなのを見て、最初の頃は見かけるたびにぶん殴って来たんだけど、いろいろめんどくさい事になったからな。最終的に全部オレが悪いことになったしよ。全く、くだらねぇ。それ以来、見ても考えないようにしてきたけど、やっぱり見るとイライラしてくるな」
嫌な事でも思い出したのか、眉間にしわを寄せて語るガオちゃん。
「本当にイライラすることが多すぎる。ああいうの見ると、ムカつくんだよ。お前に嫌がらせしてる外貝の奴と言い、伊藤巻と言い、ぶん殴って回りたいくらいだぜ」
「それはダメだよ」
「分かってるよ」
珍しく自制しているガオちゃんだったが、僕がGOサインを出せば、すぐにでも殴りに行きそうだ。
この怒れる鬼神のような言動が、人に恐れられている原因にもなっているのだけれど、僕はガオちゃんが、ただの乱暴者じゃないことを知っている。
感情がすぐ行動に出てしまうだけで、心は正しいことを信じている優しい人間なのだ。
と、その時、田中々がいないことに気づいた。
「そう言えば田中々は?」
「言い忘れてたが、さっき伊藤巻達に呼ばれて一緒に向こうにいるよ。お前と入れ違いで、あいつらの席のところだ。一応止めたんだけどよ」
見れば、笹山村さんを連れた伊藤巻達が自分の席に戻り、田中々もそこにいた。
「まさか、あいつら、田中々さんにも何かするつもりなのか?」
「分からねぇ。でも、何かやりそうな雰囲気はある」
確かに、呼ばれている回数が、最近増えている気もする。
このままでは田中々まで、伊藤巻の言う『仲間』に入れられてしまうのではないか?
それを思い、笹山村さんの顔を思い出すたびに、胸が苦しくなった。
やはり伊藤巻たちを止めなければと思う。
だが、どうやって?
自分では何もできないとは言え、担任の渋谷塚に相談するのはダメだ。
まるで頼りにならないし、話したところで渋谷塚が何かを解決させると言ったイメージがまるで沸かない。
より、状況が悪化するような想像はいくらでも出てくるし、何よりも僕自身が渋谷塚を信用していないのだ。
なら、どうする?
警察でも呼ぶか?
と、そこまで考えたところで脳裏を横切った人間がいた。
4月の記憶。図書室での会話である。
『警察呼んだりしなきゃ。近くにいたら、私に言ってくれても良いけど』
僕は思わず彼女の名前を口にしていた。
「夢川田さん」
そして、たまたま声が届く距離にいたらしい。
ガタッと音がして、その方向に視線を向けると、立ち上がっている夢川田さんの姿があった。
「宝田君。何か、呼んだ? 名前呼ぶの聞こえたんだけど」
「いや、その」
やって来た夢川田葵に、僕はまともに返事も出来なかった。
名前は呼んでしまったが、こんな展開になるとは思わなかったのだ。
「まぁ、言いたいことは分かるよ。何で私を呼んだのかはわからないけど。笹山村さんの事でしょ? 私も何とかしたいと思ってるんだけど」
夢川田も気づいていたらしい。
と言うか、気づかない方がどうかしているのかもしれない。
と、その時、突然何か騒がしくなった。
伊藤巻だ。
何やらガタガタとした物音と共に、伊藤巻の焦るような声が聞こえてくる。
「ちょっと、田中々! 何、急に暴れて」
視線を動かすと、伊藤巻の頬を田中々が打っていた。
パンッと言う音がして、その後は静寂が訪れる。
廊下から隣のクラスからの喧騒の音だけが聞こえて、しばらくして田中々は無言でこちらに歩いてきた。
「た、田中々、さん?」
田中々は席に到着してからも無言だった。
僕が名前を呼んでも答えようとしない。
すぐさま、伊藤巻と歌玉がやって来て、田中々に激高していた。
「田中々! お前、何いきなり殴ってんだよ! 伊藤巻が何をしたって言うんだよ!」
「別に、何も?」
田中々はあくまで無表情、声にも抑揚がない、いつも通りの様子だった。
「おい! るるも来いよ。お前、見てただろ? 田中々が伊藤巻に何をしたか」
歌玉が笹山村さんを呼び、笹山村さんがトボトボと歩いてくる。
その間、田中々は僕をじっと見つめていて、小声でポツリと言った。
「健太郎君。信じていますからね」
信じる? 何を?
そう思ったが、もちろん、それを聞く余裕はない。
伊藤巻の激怒である。
「田中々さん、痛いじゃない。人を殴るって、いけないことだよ。暴力はいけないよ、やっぱり。だからさ、とりあえず土下座して謝ってよ。今すぐ、ここで。みんなの前で」
「謝罪する必要は全くないと思っています」
伊藤巻の土下座しろ発言にドン引きもしたが、田中々の徹底的な拒絶にも面食らった。
「謝罪はしませんし、私はあなた達の提案を拒否します。お断りさせていただくと言う事です」
それは、幾分、小声だった。
この場にいる僕ら以外には聞こえないだろう声のボリュームである。
何故か、歌玉と伊藤巻が焦りの表情を見せた。
その後ろの笹山村さんも。
「提案、て?」
気が付くと、僕は口を開いていた。
田中々は、先ほどと同じ、抑えた声で答える。
あっさりと、いつも何かを言う時のように、感情のあまり乗っていない声で。
「私に援助交際をしろと言う提案です。もらったお金は伊藤巻さん達に渡せと。笹山村さんの様に」
瞬間、心臓が跳ね上がった。
援助交際?
同時に、泣いていた笹山村さんの言葉が、脳裏によみがえる。
『もし、運命の王子様がいたとしても。感じられる人が近くにいたとしても。もう、好きだなんて、言えなくなっちゃたの。だって、私』
提案とは言うが、伊藤巻と歌玉が、ただ提案したとは思えない。
脅しのようなことを言葉に含み、それを強要していたのではないか?。
そんな……
そんな酷いことがあるか。
我を忘れて叫びそうになったが、僕がブチ切れる前に動いたのはガオちゃんだった。
ガオちゃんが伊藤巻の腹部を殴ったのだ。
「う、うぐ、げぇぇぇぇ」
伊藤巻がうずくまり、吐いた。
吐しゃ物が床にぶち撒かれて、伊藤巻は震えたまま全く動かない。
さすがに心配にもなったが、僕が声をかけるより、ガオちゃんの口の方が早かった。
ペッとうずくまる伊藤巻の背中に
「クズが! 死ね!」
一瞬あって、歌玉と、それから遠巻きに眺めていたクラスメイト達による悲鳴の不協和音が巻き起こり、そこで初めてガオちゃんはやっちまったと言う顔をした。
「いっけね、手が滑った。今のはパンチじゃないぞ。不可抗力だよ、不可抗力」
ガオちゃんは言ったが、もちろん、僕以外には誰も聞いていなかった。
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