第3話

日曜開催の大鷹祭と、翌日の振替休日。二日前にあれだけのお祭り騒ぎがあったとは思えないほどに、キャンパス内は平常の空気である。


大講堂の窓から外を眺めると、ベンチでスマートフォンを操作する謙太郎が見えた。無駄に視力がいいせいで、四階からでも識別できる。

同じ講義をとっているはずなのに講堂に姿がないと思えば、どうやら自主休講だったらしい。

切り替わったスライドの画面をスマートフォンのカメラにおさめ、再び窓の下に目をうつす。少し離れたところから手を振りながら歩いてくる小柄な女が見えた。


なるほど、カノジョさんとの逢引きであったか。


恋人空間を覗くのも不粋かと思い、内容の変わっていないスクリーンに視線を戻した。

カナちゃん。フルネームは知らない。墓場太郎のふたりと同じサークルに所属する一年生で、キーボードを弾くらしい。謙太郎の彼女で、彼のことをケンくんと呼ぶ。全部晃太郎から又聞きした話。


薄暗い講堂に一瞬光が差し、すぐに消えた。チラリと時計を確認すると授業が開始してから十四分。遅れてきた誰かは、ギリギリ遅刻で間に合った。

遅刻者が目立つのはほんの一瞬だけで、瞬きの後はもう誰も興味を示さない。あぁ、誰か遅刻してきたのだなって、それだけ思って忘れてしまう。人はさほど、他人に興味のない生き物だ。


この大学はカードリーダーに学生証をかざすことで出欠の管理をしている。授業開始から十五分までに出席すれば遅刻扱いだが、それを過ぎると欠席にカウントされる。

欠席カウントでもカードリーダーに通された記録は残るので、たとえ十五分をすぎていたとしても意味のない行為とは言えない。教授の温情を得ることも可能なのだ。

学生証を忘れた場合は、授業開始までに仮学生証を発行する必要がある。発行手数料に五百円を取られるので、常に金欠の大学生たちにとって軽くない痛手だ。


三人席、真ん中をあけた右端にどさっとリュックが置かれた。遅刻してきて堂々と前の席に向かう度胸はなかったのだろう。

リュックのそばにぽつんと置かれた仮学生証の赤いカードは、となりの人物が遅刻した理由を容易に想像させた。


ガサゴソとリュックを漁る音。


「あ……」


女の人の声。


「えー、次は……六十二ページ。有意差と……」


やる気のない教授の声。


切り替わるスクリーン。


教科書を捲る紙の音。


スクリーンを撮るスマートフォンのシャッター音。


薄暗い大講義室。


「見ます?」

「ぁ、す、すみません」


六十二ページを開いた統計の教科書をずいっと差し出して、隣の女を見た。

あ!と大きな声を出さなかったのは自分でも褒めてあげたい。


盗撮魔。


私の隣に座った女は、入学以来私を付け狙う盗撮魔だった。

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