第2話

ウェーイ、と馬鹿みたいな掛け声で肩に手を置いてきた晃太郎を振り返らずに、その手をはたき落とした。

色を抜かずに染められる限界まで明るくした茶髪は、今日も絶好調に傷んでいる。


晃太郎の隣でよっと手を上げた謙太郎を無視して、関西風のイカ焼きを口に運んだ。


謙太郎の頭もひどい。何度も脱色と染色を繰り返して、元の髪質なんか見る影もない。こっちも絶好調に傷んでいる。

金髪と称すると「ミルクティー色だ!」と怒るが、ミルクティーはこんなに汚い色をしていない。ミルクティーに失礼だからやめてほしい。


入学から付き合いのある友人ふたりのことを、私は墓場太郎と呼んでいた。"頭がキューティクルの墓場みたいになったふたりの太郎"、略して墓場太郎。


「ぼっち学祭楽しんでるー?」

「……超楽しいけど?」

「ほい。ハジメにもやるよ」


肩を組んできた晃太郎の脳天を殴って、謙太郎からコーラの缶を受け取った。冷たい。

ベンチにイカ焼きを置いて、缶の側面を指先でコンコン叩く。プルタブを引く前に絶対にやるルーティンである。


以前こいつらから缶の炭酸飲料をもらって酷い目に遭わされたのだ。駅のホームで渡されて、なにも考えずに開けて大惨事。手と足元はびちょびちょ、タオルで拭いても砂糖過多のせいでべとべと。何よりも呆然としている私を見て爆笑しているふたりの顔が最悪だった。


べとべとになったままアッパーカットとストレートを食らわせたのでチャラにしたが、その日帰ってから真っ先に「炭酸飲料 噴き出さない 裏技」で検索した。


こいつらのことは友人だと思っているが、だからといって信頼も信用もしていない。思い出したらイライラした。


「あー、彼女ほしー」

「晃太には無理でしょ」

「マジなトーンで言うのやめろ!」


ゲラゲラ笑う男二人を横目に、まだ冷たいコーラを一口飲んだ。ジャンクな屋台飯にはコーラが合う。

似合わない、とよく言われるが、私は屋台の焼きそばもたこ焼きも、炭酸飲料も大好きだ。パンケーキより牛丼が好きだし、タピオカミルクティーよりもコーラが好きだ。


女友達が少なくて、男友達ばかりだからそうなったわけではない。これは単なる味覚の問題。味音痴なのは今に始まったことではないし、そもそも我が家の人間は揃いも揃ってジャンクフードを好む。


晩御飯に白米と某ハンバーガーチェーンのポテトが並ぶ家庭だ。舌がバカになるのも仕方ないだろう。


「ハジメちゃんさー、いい加減観念してくんない?」

「チンピラに恫喝されてるみたいだからやめてくれる、その口調」

「いいじゃん、いいじゃん。一回やったら世界が変わるよ?試しにさ、一回やってみようぜ」


私の膝にイカ焼きのトレーを置くと、空いたスペースに晃太郎が体を捻じ込んできた。驚くほど邪魔。


男は体温が高い。勝手な印象だけれど、過去に彼氏と手を繋いだり触れ合ったりしたときに、何度もそう思った。


身体も大きく、体温も高い。心の底から鬱陶しい。


「あ……晃太郎、ハジメすまん。俺いくわ」

「えー、カナちゃん?」

「おう。呼び出しくらった」


スマートフォンを見ていると思ったら、謙太郎はカノジョとやり取りしていたらしい。あとでな、と手を挙げ、振り向かずに去っていく。


「あー!クソー!俺も彼女ほしー!」

「っさい……恥ずかしいから声のボリューム下げて」

「なんで謙太郎はモテんのに俺はモテないのか!理不尽だろこの世界!」


そういうところだよ、とは言わないまま、残りのイカ焼きをコーラで流し込んだ。関東のイカ焼きも好きだが、関西のイカ焼きも良いものだ。


晃太郎と謙太郎は大学に入学してから出来た友人だ。四月に出会ってから、一年半。関係は長くないが、入学してからもっとも仲の良い友人と言っていい。

謙太郎はモテるが晃太郎はモテない。本人も認めている通り。


高校時代の写真を見せてもらったことがあるが、謙太郎は高校時代からあまり変わらない見た目をしていた。当時から髪の色は派手で、ブレザータイプの制服をだらしなくない程度に着崩す。教室で撮った写真には、男女入り混じるはしゃいだクラスメイト。

謙太郎は苦労せず和の中心にいられる男なのだ。


それにくらべて晃太郎。高校球児だった彼の頭は綺麗な三ミリ坊主で、土に汚れたユニフォームとあばたの泣き笑いが印象的だった。当時を知っているわけではない。こちらもスマートフォンに保存された写真を見せてもらっただけ。

晃太郎は正真正銘の大学デビュー男。


硬派な高校球児だった晃太郎は大学入学とともに坊主を卒業し、モテたい一心で軽音サークルに入った。急拵えのチャラ男と、根っからのスクールカースト上位男では、モテる度合いも違うということ。


「来週末、たのむ」

「ぜったい行かない」

「たのむよー!他の奴らにもうるさく言われてんだよ、たのむ」


ぱちん、と両手を合わせた晃太郎を一瞥して、学祭ではしゃぐ学生の人混みに視線を戻した。


「悪くないよ?合コン」

「行かない」

「なんでだよー!彼氏できるかもしんないのに!」


いらないよ、彼氏なんて。と答えて、コーラを一口。

知り合った当初からずっと誘われているのだ、合コン。


合同コンパ。複数のグループが合同で行うコンパ、いわゆる親睦会。主に男女の出会いの場として開催される酒の席。合コンという言葉に健全なイメージが微塵も湧いてこない。

誕生日も過ぎて法的に飲酒が許される身とは言え、軽々しく参加するほど好きでもなければ、アルコールの魔力から自衛できるほど場慣れもしていない。


そもそも"出会い"に興味がない。


残りを飲み干して空き缶を晃太郎の膝に投げ捨てた。


「じゃ、私もいくわ」

「え、ちょ!合コンは!?」

「不参加で」


肩甲骨まで伸ばした髪をかきあげて、そのまま目的地もなく歩き出した。



大鷹祭。鷹取条南大学で年に一度行われる学祭。毎年十月の第一週に行われるそれは、べつに強制参加ではない。

祭りの実行は学生主導で行われ、出店などの催し物はサークルや部活単位だ。サークルにも部活にも所属しない私のような学生は、参加しない者も多い。


大学二年、今年で二度目の参加となる。


私がここにいる理由は晃太郎と謙太郎が所属する軽音サークルのライブに誘われたから。他に興味を惹かれるものがあったわけでも、誰かと約束していたわけでもない。

午前中のライブを観終わってしまった今、やることが一切なくなってしまった。


友人も数えるほどしかいないし、付き合っている男もいない。楽しいかと問われたら、そうでもないと答えるほかあるまい。

軽音サークルのライブも内輪ノリを極めた、素人による素人のためのつまらないものだった。本人たちには言わないが、ふたりが友人でなければ自ら足を運ぶことなどなかったであろう。


屋台が立ち並ぶエリアを抜けて第一校舎に入る。ここはゼミの研究紹介が主で、賑わう祭りの最中とは思えないほど人気がない。去年もそうだった。

貝の生態を研究している海洋学部のゼミ、芋のことしか書いていない農学部のゼミ、香水による催淫効果をどぎついピンクの字でまとめた薬学部のゼミ、吊り橋効果によるナンパの成功率を面白おかしく発表する心理学部のゼミ。

総合大学らしい多色な研究結果を流し見ながら、人の少ない建物を適当にぶらつく。


すれ違う高校生らしき男女の手には大学のパンフレットだろうか。私も高校二年生のときにパンフレットをもって大鷹祭を練り歩いた。

そのときはたしか当時付き合っていた同級生の男と一緒で、手なんか繋いでいた記憶もある。第一志望だったこの大学に私だけ合格して、気まずくなったらしい彼に別れを切り出された。


以来、私は誰とも付き合っていない。そんな気持ちにもならなかった。


あの人が特別好きだったとか、失恋を引きずっているとか、そういうことではないのだ。本当に、ただ興味がないだけ。


特に意味もなくため息をついて、結局私は大学二度目の学祭を楽しむことなく帰路についた。

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