第41話 直視してる暇はない

意識が戻った俺が最初に目にしたのは、それはまあ凄惨な光景だった。

俺が知らない間に一方通行ではあるものの因縁があった敵は近くで倒れていた。

ちょっと臓物が出ていて、少し気がやられそうになる。

こんなグロテスクな光景を見て『少し』で済むのかと言われそうだが、それにはちゃんと理由がある。

そりゃあとんでもない量の血が流れてるし、人間の内臓がちょっと飛び出てるんだから、普通吐きそうになる、というか吐く。

でもそうはならなかった。

理由は、もはや体が何かを見て、何かを感じて、動くということを忘れてしまう程の衝撃があったからである。

その理由というのは俺の体を見れば一目瞭然。

見たこともないような、血生臭い赤。

それに染まる自分の体を見て俺は、動けなくなっていた。

そんな俺も、ようやく口を開く。


「……やったのか?俺が」


桜見と翔の方を見て問いかける。

それに二人が頷いた事で、俺の体に付着しているのは返り血だということが確かになった。

それでも。


「行こう。ここで立ち止まってる余裕なんてない」


行こうと翔は言う。

その顔は、俺とは一線を画す強さを宿していながらどこか俺を理解しているようにも見えた。

きっと翔は俺の今の感情を経験して、その上でもう乗り越えている。

誰かの命を奪ってみて分かる、戦う怖さを。

仲間の命と秤にかけて、そのために何かを奪う罪悪感を。

もう全て、割り切った先に翔はいるんだ。

それは多分桜見も、他の皆も同じ。

でもここに来たからには止まれない、わかってる。

進み始める二人に置いていかれまいと俺は歩みを始めようとする。

だが……


「剛?……早く行かなきゃ理仁が死んじゃうよ」

「へ?」


俺の足は、凍りついたように動かなかった。

能力を使っているときはあんなに軽い足が、全く動かない。

今の俺は、ただ喋るだけの石像だった。

そんな石像に、翔が歩み寄る。


「剛!」


バギッ!

翔の拳が、そんな石像の横腹に強い衝撃を与えた。


「ちょ、翔!?何してるの!?」

「……剛。辛いのは分かるけど今は立ち止まるのなんて許されない。今のパンチなんて、理仁の命の重みに比べればあと何億回浴びせたって足りないくらいだ。君の意思もそれよりは重いけど、君が怖いからって理仁の命を捨てるつもり?」

「っ」

「このことを直視するのは後だって遅くはない。それとも剛は救えたかもしれない理仁が死んだ現実と、自分が人を殺めた現実の両方を受け止められる?……できないでしょ?」

「……ああ」

「立って。今、現実を直視してる暇はないよ」


伸ばされた翔の手を掴んで立ち上がる。

少々よろけたけどすぐに体勢を立て直して歩き出す。

翔の言葉で目が覚めたかもしれない。

一時的なものでも、今はこの事を忘れよう。

今は、走るしかない



……………………







「ねえ。貴方は、どうしてここに帰ってきたの?僕を造った父親みたいな存在だけど、来た理由も今でもまだここにいる理由も分からない」

「さあな、あいにく俺にも分からん。俺にとっても計算外の事態だからなぁ。もう俺から施せる手はないし、流れたままここにいるだけだ」

「そう。……貴方はどうしたいの?」

「そうさなぁ。何も出来ないからこうなって欲しいっていう願望でしかないけどまぁ、お前やお前にとって友達のアイツには生きたい道を進んで貰いたい」

「その道の先が、衝突だとしても?それでどっちかが死んじゃうとしても?」

「あっさり肯定はしたくないが、そうなるな。……俺としては避けたいところだけど、どうせそうなるんならお前らには自分のために世界を動かしてやるだけの覚悟を持って生きてく人間になって欲しい」

「どうして?」

「だってよ、それが……」

「それが?」





「俺の思う、強さってもんだからさ」

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