第二章 国家

ゼロ国

 イモートやボルテクスとの戦いからおよそ二ヶ月が経ち、ほぼ永年えいねん寒かった凍土の地から移動したイェードたちは、初めてあつい季節を体験していた。

 今は亡きニクラムから話は聞かされていたが、実際に経験してみると本当に暑い。

 き火で焼かれるような痛みではないが、なかなかに苦しかった。ここ最近は本当に。

 炎天下でも、干上がることのない湿地帯である。

 ひたすらにされるが、岩の隙間から清水しみずが出てくるのでそれを大量に汲んで飲み水とした。

 アザト族長は新しい言葉で、大きな村のことを『国』と表現した。

 本当に大きくなれば、そうちゃんと名付けたいと思っているようだ。

 国とはあくまで地域の名前で、アザト国とでもするのかとマルスが唱えると、アザトは少し笑い、「できれば『ゼロ国』にしたい」と、そう言った。

 自分の子どもと同じ名だ。理由は問いただすまでもない。皆が納得した。

 アザト族長、いや国長くにおさの命で、村――ゼロ国の拡張と、周辺地域の整備が行われた。

 作業者は大きな革袋に水を、とても小さな皮袋に塩を詰め、適宜てきぎで水を飲み、塩を舐める。

 経験と、流れ出る汗がしょっぱさを含むことから、両方ともなければ作業中に倒れてしまう。

 アザトはそれを理解し、者共ものども反映はんえいさせた。

 数千名以上が住めるよう木の柵を大きく広げ、湿地帯の沼に行かないように南に広げて行く。

 また、交易がしやすいよう、各地に中継地点を設けた。

 小さな村のような場所を作り、高台も設置して猛獣もうじゅうや野盗にいち早く気づけるようにした。

 この大地がどれだけ続いているのか、羽を持たぬ我らにはわからないが、可能な限り勢力を拡大したい。

『ゼロ国が、人々にとっての安住の地であらんことを』アザトはそう何度か言った、

 だがアザトは冷静かつ、現実的な発想をする長であった。

 どれだけ言葉を操れようと、文字や計算方法を生み出そうと、最強の力が暴力ぼうりょくであるのは摂理せつりだった。

 少なくとも今の時代に、さらに国の外では。

 国内では頭の良い者が相談しあって、いざこざや過度な問題を起した者を処罰するようにしていたが、『戦争能力』の強化は最大の課題だった。

 副国長となったマルスに、更に次ぐ実権を握るイェードは男の子ども、そして若者を訓練し狩りを行わせるなどして連帯を作った。

 『軍隊ぐんたい』が生まれたのだ。

 特にイェードの実戦指揮能力は抜群ばつぐんであり、軍人となったものやその卵、みなが真似をした。

 若すぎるというのはあったが、国長の親友に面と向かって文句を言えるものは居なかった。

 周囲からは荒くれ者が居なくなり、猛獣は次々に駆逐くちくされていき、食料となる動物が増えていき、さらにそれを増えた人口が消費する。

 まだ家畜かちく概念がいねんがなく、人に懐く動物もほぼ居なかったので狩猟は続いている。これからしばらくもそうだろう。

 北方の湿地帯には泥がたくさんあり、これを利用してより頑丈な建物を作る研究が行われた。

 国長、アザトはこれに関しても有能だった。

 泥に木を混ぜ合わせて乾燥かんそうさせ、石も含ませ、何種類も一度に作成して実験、半年後には冬の風に十分耐えられる建物が大量に作られていた。

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