第21話

 地面に崩れ落ちる鋼の獣を尻目に、ゆっくりと六華を鞘へ納める。

 周囲を見渡せば、晄の足元にも同じように鋼の獣が転がっていた。

 少なくとも、見える範囲に危険は残っていない。


「この感覚はまだ慣れないな。六華にも相当な負担がかかってる」


「近々、鍛冶屋に顔を出さないと駄目ね」


 妖刀と呼ばれようと、六華や緋桜はあくまで刀であり、無理をすれば刃こぼれもする。

 鋼の獣の性質を考えれば、手入れの為の道具を買い込むか、定期的に鍛冶屋を利用する必要があるだろう。

 今後の予定を頭の中で組み立てていると、後方で控えていたリーフが駆け寄ってくる。


「ご、ごめんなさい。私、なにもできなくて」


「別にいいのよ。今はゼノンを連れ戻すことを最優先に考えなさい」


 言って、晄はリーフの頭を乱雑に撫でる。

 ただ晄の太刀筋に過剰な力が籠っていたのは、俺の目から見て明らかだった。

 それほどまでにリーフに肩入れしているのだろう。

 気に入る部分があったのか、それともリーフの素直な性格にほだされたのか。

 とは言え、晄がこれ以上緋桜を振り回す必要もあまり感じられなかった。


「俺達も戦う必要はあまりないみたいだしな。この状況を見るに」


 俺達を襲ってきた鋼の獣は、たかだか数頭だ。

 その全ては俺と晄が斬り伏せている。


 しかし、それ以外にも鋼の獣だった残骸がダンジョンの至る所に散らばっていた。

 アイアン級の冒険者を追い詰める魔物を、こうも容易く排除できる冒険者がこのダンジョンの内部にいる。

 そしてその冒険者は、必要以上に鋼の獣との戦いを繰り返しているように思えた。

 リーフも地面を埋め尽くすばかりの魔物の残骸を、まじまじと眺めていた。


「これも、あの砂塵という冒険者達の仕業なんでしょうか」


「だろうな。スピカの話が正しいなら、俺達と砂塵以外にこのダンジョンに入った冒険者はいない」


「なら少し安心しました。ゼノンはまだ無事なんですよね」


「これだけ戦える冒険者がいるなら、心配は不要だ。まぁ、本人の実力かは怪しくはあるけどな」


「これが当人の実力なわけないでしょ。装備の性能で押し切ってるだけに過ぎないわ」


「そう、なんですか?」


「魔物の切り口が全く違うでしょ。アタシやレイゼルは斬っているけど、どこぞの誰かは叩き斬ってる。わかる?」


 晄の絶妙な言葉の差異に気付いたリーフは、今しがた斬り伏せた魔物を見てはっと顔を上げた。


「これって……切り口が全然違います!」


「晄の言う通り、俺達の先にいる奴は装備の性能で押し切っているか。あるいは、この装備の扱いにまだ慣れていないのか」


「どっちにしろ、まともな奴じゃないわ。顔を合わせたら、穏便には済まなさそうね」


 物騒なことを口走る晄だが、あえて否定はしない。

 このダンジョンに入った直後から、不可解には思っていたからだ。

 鋼の玉座に生息する鋼の魔物は、倒した所で冒険者の利益は殆ど存在しない。

 あってサンプルを持ち帰る事で得られる金銭だが、それも微々たるものだ。

 これだけの装備を有している者達が求めるような金額ではない。


 戦闘を行えば行うほど、この魔物を葬った連中は時間やアイテムを無駄に浪費しているのだ。

 普通なら、ここまで利益のない戦いをするぐらいなら、避けて先へ進むのが定石だろう。

 どうしても戦わなければならない場合でも、最低限に抑えるはずだ。


 しかし、この剣の持ち主はそうではない。

 まるで自分の力を誇示するかのように、魔物との戦いを繰り返している。

 

 魔物の残骸はこの剣の持ち手の技量を如実に現している。

 残された残骸を見るに、目を見張るほどの剣術を会得しているとは思えない。

 よって、剣士は使っている武器による性能の上乗せによって、魔物を斬り伏せている。


 結果として、新しく手に入れた魔剣を試すため、誰かがここで鋼の獣と戦っていった。

 それも斬られた魔物の数を見るに、魔剣の威力に酔いしれている節がある。

 晄が気にするのも無理はなかった。


「あまり人斬りは好きじゃないんだけどな」


「必要があるなら斬る。ただそれだけよ」


 リーフには聞こえない最小限の声音で交わす。

 思い返すのは、お師匠から六華を渡されたときの言葉。 

 強力な力を秘めた武具は、容易に人を狂わせる。

 身の丈以上の力を手にしたときに、その本人の本性が現れるからだ。


 特に強さと技量を求める剣士は、その傾向が顕著だという。

 武器を使うのではなく、武器に使われてしまう。

 妖刀や魔剣と呼ばれるそれらは、鍛え上げた技や経験を食い散らかし、忘れさせてしまう。

 それほどに危険な物なのだと、聞かされていた。


 過ぎた力に溺れた剣士が辿る末路。

 それは非常に単純で、凶悪な魔物や強力な人間との戦いに明け暮れ、最後に身を滅ぼす。

 多くは無いが、お師匠がそういった力に溺れた剣士を斬り伏せる姿を見てきた。

 死ぬ瞬間すら狂気に染まった笑みを浮かべるそれらを見て、ああは成らないと晄と共に誓った事を覚えている。


 だからこそ、胸中にある不安を取り除く事ができなかった。

 最悪の事態を想像したとき、俺達がこの先で相対する存在。

 それが、『彼』である可能性を秘めていたからだ。


 残った不安を振り払うように、中層へと歩みを進めるのだった。

 

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六華の剣聖 ~パーティを追放された冒険者、最強幼馴染と共にダンジョンを攻略して、成り上がる!~ 夕影草 一葉 @goriragunsou

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