第20話

 ぎこちないながらも晄と関係を修復し、再びダンジョンに入り始めた翌日。

 第一階層の攻略は殆ど完了し、第二階層へと進もうと予定していたのだが、想定外の足止めを食らっていた。

 ダンジョンを管理している警備兵達がとある冒険者の対応に追われていたのだ。

 何事かと晄と共に近づいていけば、それが見知った顔であることがすぐに分かった。


「だから、なんでゼノンを止めてくれなかったんですか!」


「わ、私にもできる事とできない事があるんだよ! シルバー級冒険者を理由もなく足止めしたら、兄さん……上司からどやされるの!」


「でも、だからって……。」


 激しい言い争いを繰り広げていたのは、スピカとリーフだった。

 お互いに一歩も譲らず、周囲にいる警備兵も対応に困っている様子だった。

 こんな時に仲裁にはいりそうなゼノンの姿も、周囲には見えない。

 俺達に気付かず口論を続けるふたりに、晄がため息交じりに声を掛けた。


「朝から元気ね。街の方まで声が聞こえてたわ」


「晄さん、レイゼルさん! 聞いてください! スピカが!」


「ちょっと! 私のせいですか!?」


「落ち着けって。と言うか二人は知り合いだったんだな」 


「知り合いと言うか、友達というか……。」


 第三者が間に入ったことで、お互いに冷静さが戻ってきたのだろう。

 リーフの声は徐々に小さくなっていく。見ればスピカも意気消沈して黙り込んでいた。

 友人関係にあるからこそ、激しい口論に発展してしまったという訳だ。

 ただ沈黙では俺達に事情はわからない。


「ならなおのこと、落ち着いてくれよ。話は冷静に、簡潔に。なにが起こってるんだ」


 俺の問いに対してスピカは黙り込み、リーフが話し始めるのを待っていた。

 結局、リーフは短くない沈黙の後にゆっくりと口を開いた。


「実を言うと、ゼノンがこの前の冒険者達と一緒にダンジョンへ入ったって、聞いたんです」


「この前のって……俺が酒場でもめ事を起こした連中のことか?」


「そう、みたいです。詳しい理由はわかりませんけど、スピカがそれを見たって」


「なにそれ。本当なの?」


 晄の疑問は警備兵であるスピカに向けられる。

 ダンジョンの管理を任されている警備兵は、当然ながら出入りする冒険者の管理も行っている。

 当のスピカはリーフの言葉に間違いないと言わんばかりに、即座に頷いた。


「間違いありません。ゼノンさんが砂塵の方々とダンジョンへ入っていくのを確認しました」


「それを止めようとは思わなかったわけね」


「思いません。冒険者が規定を破らない限り、私達に止める権限はありませんから」


 晄を前にして毅然とした態度で言い放つスピカ。

 それは間違いなく警備兵として理想の姿だった。

 私情に流されず、職務を全うする。それが涙を浮かべた友人の前であったとしても。

 頑なとも取れるその姿を見て、ある人物が脳裏に浮かぶ。


「間違いなくガネットの妹だな」


 以前は似ていないと思ったが、それは彼女の表面的な部分しか見えていなかっただけだ。

 意外な発見ではあったが、それを感慨深く思っている暇も時間もない。

 友人から突き放された形のリーフは、ただ俯いて黙り込んでいた。


「どうするのよ、リーフ。このままでいいの?」


「どうしようも、ないじゃないですか……。」


「相棒があんな連中に連れまわされて、アンタは気にならないの?」


「わからないんです、もう。ゼノンにも何か理由があるんじゃないかって。あの人達に頼らないといけない、なにかが」


 震える声のリーフは、必死に泣くことを我慢していた。

 その迷いや不安は、痛いほどに理解できた。

 仲間と言えど、深い部分まで理解し合う事は難しい。


 お互いに仲が深まればそれだけ、どこまで踏み込んでいいのかわからなくなる。

 仲間が自分には理解できない行動を取ったとき、信頼していた分だけ深く不安になる。

 自分は本当に相手の事を理解できているのか。相手は自分を信頼してくれているのか。

 そんな事が頭をよぎり、離れなくなる。


 今のリーフも相棒であるゼノンに対して、様々な迷いと葛藤を抱えているに違いなかった。

 ただ、そんな迷いを見せるリーフの肩を掴み、晄はまっすぐに視線を合わせた。


「言っておくけど、アタシなら絶対に追いかける。事情なんて、直接捕まえて聞けばいいのよ」


 それは、いかにも光らしい明快な助言だった。

 余りに潔い晄を見て、リーフも多少は踏ん切りがついたのだろう。

 ゆっくりと晄の手を握り返し、そしてスピカの方へと視線を向けた。

 いや、向けられているのはその先。ゼノンが潜っているダンジョンへだろう。


「お二人とも。迷惑なのは、わかってます。でもお願いします! 私とダンジョンへ入ってゼノンを連れ戻してください!」

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