第19話
「昨日は、悪かったな。色々と調べものをしたかったんだ」
「別に。アタシも買い出しに行きたかったし、問題ないわ」
目の前に座る晄に対して、昨晩何度も練習したセリフを再び繰り返す。
すると晄は俺を一瞥して、すぐに朝食へと視線を落とした。
どうやら俺より朝食の方が興味をそそるらしい。
その態度を見るに、晄は先日の出来事をさほど気にしていない様子だ。
エンリーの言った通り、素直に謝ればすぐに問題は解決するだろう。
少しばかり安心に胸をなでおろし、一呼吸おいて切り出す。
「それで、酒場での事なんだが――」
その瞬間。何かが砕け散る音が響いた。
驚き、顔を上げればそれが何の音だったのかはすぐに分かった。
晄の手の内にあったジョッキの持ち手が粉々に粉砕されていたのだ。
「あ~……、大丈夫か?」
「えぇ、問題ないわ。それで、酒場のことがなに?」
どう見ても大丈夫ではないが、晄は平然とした態度で手をふき、話を進めようとする。
砕けたジョッキをテーブルの端に寄せ、残った朝食を口に押し込み始めるが、その行動の節々にぎこちなさが見て取れた。ただそれを見て少しだけ安心する。
晄も俺と同じように、顔を合わせずらいと思っていたのだろう。
そう考えると、いくらか気持ちが軽くなる。
「任せきりにして戻って悪かった。落ち着くよう言った手前、暴れたのが面目なくてな」
「悪いのはあの突っかかって来た連中でしょ。レイゼルが謝る事じゃないわ。それに」
「……それに?」
「いえ、あのふたりにも謝っておいた方がいいわね。レイゼルを見て驚いてたわよ」
「次に会ったときに謝罪するよ。本当に、ふたりには悪いことをしたな」
晄の言うふたりとは、リーフとゼノンの事だろう。
確かに初対面の相手が、軽い挑発に乗って喧嘩を始めたら、反応に困るはずだ。
いくら恩人とはいえ、俺の反応は十分に二人からの信頼を失うに足りるものだった。
弁解や言い訳も無しに勝手に帰ったのもいただけない。
何かしらの埋め合わせもしなければならないだろう。
「それで、急にしなくちゃならない調べものってなんなの?」
「リーフとゼノンから聞いた話について、支援機構で調べてたんだ。俺達に絡んできた冒険者についても」
「もう一度押しかけて殴り倒しに行くなら喜んで付き合うけど」
「それはさすがに勘弁してくれ。俺が知りたかったのはアイツらの素性だ」
「それで分かったの? あのウジムシはいったい何処のどいつか」
晄は、今にも殴りかかってきそうな程に剣呑な空気を纏っていた。
それほどまでにあの男達の挑発が気に食わなかったのか。
ただ二度も流血沙汰を起こすわけにもいかず、判明したことだけを端的に伝える。
「俺が殴った男の名前はレジット。アーティファクトの専門家で、シルバー級冒険者パーティの砂塵でリーダーを務めてる。実力も階級に見合う物で、結果も相応に残しているらしい」
「アーティファクトの専門家、ね。性格を度外視すれば、使えそうじゃない。適当に脅してこき使ってやりましょうか」
相手が俺達を恐れているのなら、その恐怖を利用しない手はない。
しかしながら、それには相応のリスクが付きまとう。
「利用することは俺も考えたが、問題なのが砂塵がゴルデット工房お抱えのパーティだってことだ」
「今さらアタシ達には関係ないわね。いえ、私達の方が有用だって工房に証明するチャンスでもあるわ」
好戦的な晄らしい意見に、思わず苦笑する。
俺の最終的な目標を達成するには、アーティファクトの専門家を利用するのが手っ取り早いだろう。
それもシルバー級冒険者としての実力も伴っているのであれば、どれだけ有用かなど論ずるまでもない。
ただゴルデット工房お抱えである連中が俺達に協力する可能性は限りなく低い。
そして先日の出来事を考えれば、その可能性は確実にゼロとなっているに違いない。
そもそも、アーティファクトの知識に精通し、尚且つシルバー級冒険者としての資格を持つのなら、他人に雇われてダンジョンに潜る必要などないのだ。
だからこそ、脅して俺達に協力させるか。
下手をすれば晄が斬り伏せてしまう事も考えられるが。
とは言え専門家を雇ったり、人手を増やすのは決して悪い手ではない。
今後、ダンジョンの捜索を続けるのであれば新しいメンバーを加えるのも、一つの手だ。
そうして今後の計画を考えていると、ふと聞き覚えのある声が背後から飛んできた。
「おふたりとも、おはようございます!」
見れば冒険者としての装備を付けていないリーフがそこにいた。
彼女も朝食を取りに来たのだろうか。
動きやすそうな服装に小さなバックという装いだった。
リーフの姿を見るだけで先日の事が頭をよぎり、表情が引きつる。
それでもどうにか謝罪の言葉をひねり出すことに成功する。
「あ、あぁ。おはよう、リーフ。それと、先日は悪かったな。変なことに巻き込んで」
「いえいえ。大切な仲間が馬鹿にされて黙ってるなんて、できっこありませんから! 私もゼノンを馬鹿にされたら許せませんし、きっとゼノンも同じだと思います!」
「仲がいいんだな。そう言えば、ふたりは同郷だったか」
「そうなんです! ふたりとも苦しい生活に耐えかねて冒険者になったんです。と言っても、私が冒険者になると言ったら、ゼノンが付いてきてくれたんですけど」
どこか照れた様子で語るリーフは、せわしなく長い髪を触っていた。
先日の様子を思い返すに、ゼノンがなぜリーフと共に冒険者を志したかなど考えるに難くない。
リーフもそれを何処かで理解しているからこその、信頼なのだろう。
そんな微笑ましい態度のリーフに、晄が追い打ちをかける。
「その大事なゼノンの姿が見えないけれど、どうしたの?」
「今日は二人で決めたお休みなんです。私も色々と買い物に行きたかったし、ゼノンはゼノンで人と会う約束があるみたいで」
「いいわね、事前に休みの日を決めてくれるのは。ねぇ、レイゼル?」
晄の露骨な当てつけに苦笑する。
ただそれも晄なりに軽口を叩ける程度には許してくれている証だろう。
事情を察したリーフも成り行きを見守っているだけであり、助け舟は期待できない。
結局、俺は素直に頭を下げる他なかった。
「悪かったって。さすがに顔を合わせにくかったんだよ。お前だってわかるだろ」
「でも晄さんもすごく心配してたんですよ、レイゼルさんのこと。いつもと違う様子だったって」
「……少し黙りなさい、リーフ」
「はーい。それじゃあごゆっくり」
リーフは楽しそうな声を上げて去っていく。
そんな背中を見送ると、ふと藍色の瞳と目が合った。
晄はじっと俺の瞳を覗き込んで、そして言った。
「覚えてるわよね。アタシが前で――」
「俺が後ろだ。前のめりになったお前を、俺が制する。わかってるよ」
「ならいいわ。戦いの中で酒場の時のようにならなければ、それで」
それだけを言い放ち、晄は話を終わらせる。
酒場での出来事が無かったことにはならないが、晄はこれで決着だと暗に示しているのだろう。
遠回しな気遣いに感謝しながら、朝食を腹に収める。
そして以前の様に、晄と共にダンジョンへと向かうのだった。
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