第17話


「くくく、今さら鋼の玉座でアーティファクト探しかよ」


 漏れ出す笑い声の主は、俺達のすぐ後ろにいた。

 背面のテーブルに座る、赤ら顔の冒険者達。

 胸に輝くのは、シルバー級の冒険者章だ。

 全員が思わずと言った様子で、肩を揺らしている。

 

 それを見た晄は、同じように笑みを浮かべた。

 獲物を狩る、獰猛な獣の如き笑みではあったが。


「ずいぶんと面白そうね」


「何も知らないルーキー共が、いっちょ前にアーティファクトを探すなんて言ってたもんでな。こらえきれなくなっちまったよ」


「そうか。楽しんでもらえたならなによりだ」


 この手の相手とは関わるだけ時間の無駄だ。

 そう割り切ったが、向こうはそう思わなかったのか。

 赤ら顔の冒険者達の一人が立ち上がり、俺と晄の間に割って入った。

 漂う酒気に思わず眉をひそめる。


「おいおい、俺達を無視かよ。後悔するぜ?」


「関わったことを後悔してるところよ。さっさと失せなさい」


 晄が睨みつけるも、男は軽薄な表情を崩さない。

 それどころか晄の持つ緋桜を見て、納得した様に頷いた。


「あぁ、お前が緋色の剣聖を騙ってる冒険者か。馬鹿な事はやめといた方が身のためだぜ?」


「へぇ、面白いこと言うわね。このアタシが偽物だって言いたいわけ」


「そこの二人は騙せても、俺達は騙せないって言ってんだよ。なんせ俺は緋色の剣聖とはパーティを組んでた仲だからな。お前が本物じゃないなんて、一目でわかる。第一、緋色の剣聖がアイアン級の冒険者章を付けてるわけねぇだろ」


 思わず晄の顔を見るが、呆けた様子で俺を見返してきた。

 どう見ても晄はこの男を知らないといった様子だ。

 つまり、この男は緋色の剣聖と友人関係だと俺達にはったりを利かせているのだろう。

 たった今、目の前にいるのが本物の緋色の剣聖だとも知らずに。


「なるほど。じゃあ試し斬りでもしましょうか。ここに丁度いいカカシがあることだし」


「おい、落ち着け。ここで問題を起こしたらさすがにまずいぞ」


「ははは、そうだな。ここでシルバー級の俺とやり合えば、お前がただの偽物だってバレちまうからな」


 予想通り、晄は椅子をなぎ倒して立ち上がる。

 その片手は緋桜の柄へ伸びており、今にも抜刀しそうな勢いだ。

 それがただの脅しであれば、俺も口を出すつもりはなかった。

 酒場の中でいきなり流血沙汰を起こす程、晄も非常識ではない。

 しかし今は状況が状況である。


 俺達は今、指名依頼を待つ身だ。

 だがここで冒険者同士の問題を起こしたとなれば、確実に今後に関わる。

 感情を抑えられず、同業者と問題を起こす冒険者に依頼を任せたいと思う依頼主はまずいないだろう。

 遅まきながらそれに気づいたのか、晄はゆっくりと自分の椅子に腰を下ろす。

 

 確かに気に食わない相手ではある。

 晄の実力を正当に評価せず、見下している。

 これが以前、晄が俺に抱いていた不満だとすれば、嫌と言うほど理解できた。

 とは言え今は我慢すべき時だ。


 黙り込んだ俺と晄を前に勝ち誇ったように笑う男だったが、思わぬ場所から声が上がった。

 向かい側の席に座っていたリーフだ。

 彼女は先程からの様子からは想像もできない程の怒りを表しにしていた。

 

「撤回してください! 彼女は本物の緋色の剣聖です! ダンジョンの魔物だって一瞬で倒してしまったんですから!」


「どうだかな。武器が良けりゃ誰だってできる芸当だ。例えこの俺でもな。だが問題は、その武器をどうやって手に入れたかだ。運よく死体から奪ったか? それとも金持ちと寝て――」


 血が沸騰する。

 次の瞬間には、男の声は途切れていた。

 いや、俺が無理やり黙らせていた。


 六華の抜刀にも匹敵する速度の拳は、無防備な男の顔面を打ち抜いた。


 男はテーブルをいくつも巻き込み、壁に激突してようやく動きを止める。

 その周りには小さな歯の破片と鮮血がまき散らされていた。

 あまりの出来事に、晄を含めた全員が声を失っていた。

 

 だが、最も驚いていたのは何を隠そう、この俺だったに違いない。

 男の挑発に対して、自分でさえ抑えきれない怒りが沸き上がったことに。


 ◆


 晄に小言を言った手前、自分の行動がどれだけ問題があるかは十分に理解していた。

 今までは自分がここまで挑発に乗りやすい単純な性格だったとは、思ってもいなかったが。

 しかし今は、今後の事さえどうでもいいほどの怒りが身を焼いていた。

 

 男を殴り飛ばしたが、怒りは収まるどころか膨れ上がっていく。

 再び、壁際で咳き込む男の元までゆっくりと歩み寄る。

 赤ら顔で鮮血で汚した男は、俺を見上げて引きつった笑いを引っ込めた。

 そこには、明確な恐怖が浮かんでいた。


「それで? お前の知る緋色の剣聖と比べてどうだった。俺の一撃は」


「ま、待てよ、落ち着けって! ただの冗談に本気になるなよ!」


「なるほど、冗談か。なら今からお前を死ぬ寸前まで殴り続けるが、それも冗談の延長だ。気にするなよ」


 再び拳を握りしめ、振り上げる。

 だが男の視線は俺の背後に向かっていた。

 リーフの悲鳴が上がり、椅子が床を跳ねる音が響く。 


 背後からの足音。

 酔っているのだろう。

 重心が酷く揺れているのが分かる。

 続く小さな金属音。

 踏み込みで床が軋む。


 そして、一閃。


「次はその首を落とす。わかったら、とっとと消えろ」


 六華を鞘へ戻し、大斧を構えていた男に言い聞かせる。

 その次の瞬間。斧頭が鈍い音を立てて床を転がった。

 俺の気分次第で、床に転がったのが別の物だった事は、十分に理解できただろう。

 そして、俺が酷く不機嫌であることも。


 すぐさま冒険者達は逃げ出し、すぐに静寂が訪れた。

 店内は静まり返り、事の顛末を見守っていた数人も息を潜めていた。

 そうして遅れながらに冷静さが心の中に戻ってくる。

 消えていった冒険者達の背中を見送り、ようやく自分が何をしたのかを思い返す。

 そんな俺へと最初に声を掛けたのは、やはり長年の付き合いがある相棒だった。


「派手にやったわね」


「……悪い。後は任せる」


 晄が、気を利かせてくれたのはわかる。

 食事に誘ってくれたリーフやゼノンにも申し訳ないと感じていた。

 謝罪をするべきだという事も、わかっている。 

 しかし今だけは合わせる顔が無かった。

 あまりの気まずさに、硬貨の入った革袋を押し付け、酒場を飛び出る。


「なにをやってるんだよ、俺は」


 自責の念で圧し潰されそうになる。

 そしてそれ以上に、晄と顔を合わせる事ができなかった。

 結局俺は、宿屋へとひとり逃げ帰るのだった。 

 その日の夜は、一睡もできなかったことは言うまでもないだろう。

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