第16話

「本当に、ありがとうございました」


 料理の並ぶテーブルの向かい側。

 ゼノンと名乗った大柄な冒険者は深々と頭を下げた。

 隣に座っていたもう一人――リーフも慌てて、それに続く。

 ただ、落ち着ける酒場の一角には相応しくない空気だった。

 それに偶然助けた相手に恩を着せるのも心苦しい。

 俺の隣で料理をかき込んでいる晄を指さし、肩をすくめる。


「もういいって。感謝の気持ちは、これで受け取ったよ」


「そうね。お腹も一杯になったし、もうこれでチャラね」


 そう言う晄の周りには空になった皿や骨が積み上げられていた。

 相手の懐事情を考えない晄の食欲には冷や汗をかいたが、相手側の冒険者は気にした様子もなく満面の笑みで頷いた。


「はい!」


「心遣い感謝します」


 向かい側に座る冒険者から受ける印象は、まるで真逆だった。

 リーフと名乗った軽装備の冒険者は活発で、人懐っこい笑みが特徴だ。

 装備を見るに魔法を扱う冒険者であることは見て取れる。

 腕の傷が深かったのも、前衛職に比べて装備が脆かったという理由もあるのだろう。


 そしてゼノンと名乗った重装の冒険者は、その巨躯に見合った剣を背負っていた。

 必要以上に喋らない寡黙な性格なのか、俺達との対応は殆どリーフに任せっきりだ。

 とは言え不愛想と言う訳でもなく、礼儀正しい一面も垣間見える。


 詳しく聞けば、二人は貧しい村を飛び出して冒険者になったのだという。

 先に冒険者になると言い出したのがリーフで、ゼノンはそれに引っ張られた形だ。 

 活発だったリーフと、それを制御するゼノン。

 どこかで見覚えのある構図だが、きっと気のせいだろう。

 俺達に小さく会釈をするゼノンに対して、リーフは身を乗り出して晄と緋桜をまじまじと眺めていた。


「でもまさか、あの緋色の剣聖に助けてもらえるなんて! 夢みたいです!」


「お前も随分と有名人になったな。緋色の剣聖様」


「その為に努力もしたもの。でも今のアタシはアンタ達と同じアイアン級冒険者なんだから、そこまで畏(かしこ)まらなくてもいいんじゃない」


「その通りだな。ダンジョンの中でも言ったが、俺達は同業者だ。持ちつ持たれつでいこう」


 とは言った物の、微かな算段が頭の中では組み上がっていた。

 恩に着せて搾れるだけ搾ろうなどと言う考えは、さらさらない。

 しかし全くの見返りを考えていない訳でもなかった。 

 想像通り、俺の言葉を聞いてゼノンは微かに眉を顰めた。


「そうは言っても、俺達に提供できる物は余りないですが」


「そうでもないさ。あのダンジョンについての情報をいくつか貰えればそれでいい」 


「なら、リーフが詳しいはずです」


「はい! ゼノンはアイテムの調達で、情報収集は私の役目ですから」


「もしかして、ふたりは鋼の玉座に潜って長いのか?」


「もう上層の地形は丸暗記してるぐらいは潜ってますよ」


 自信気に胸を張るリーフを尻目に、晄へ目配せをする。

 先駆者が集めたダンジョンの内部についての情報は、新参の俺達にとって非常に貴重だ。

  

 内部の構造から罠や仕掛けの種類。

 光源はどこまで必要で、どれほどの量が必要なのか。

 そして、ダンジョンの内部に出現する魔物の特性や種類等々。

 少なくとも俺達が一から収集するより断然効率的と言える。


「そう言えば、ふたりはなんで鋼の玉座に潜ってるんだ?」


「強くなる為です!」


 明快な答えだが、欲しい答えではない。

 ふと視線をゼノンへ向けると、彼はすぐにこちらの意図を察した。


「冒険者となって日が浅いので、連携を深める為に潜っています」


「でもなんでこのダンジョンなの? 冒険者ギルドの評価も貰えないし、報酬も出ないんでしょ?」


 晄の言う通り、駆け出しの冒険者が潜るにはあまりに利点が少なすぎる。

 特に一般の依頼と大きく違うのは、冒険者ギルドから評価されにくいという事。そして依頼という訳でもないため、金銭的な報酬が皆無という点だ。

 特にアーティファクトや魔道具の類は取り尽されているはずなので、そう言った収入も見込めない。

 駆け出しには大きな問題だろうと思ったが、リーフの反応は想定外なものだった。


「それがですね、私達のような駆け出しにはまったく意味がない訳じゃないんですよ。実を言うと」


「アーティファクトが残ってるってことか?」


「いえ、きっと取り尽されてるでしょうね。ですが晄さんが斬った魔物なんですけど、あれは鋼の玉座固有の魔物みたいなんですよね。そのサンプルを持ち帰ると、いろんな組織が換金してくれるんです」


「もしかして、魔物を構成してる鋼の再利用を考えたのか」


「みたいです。工房は特に研究に力を入れてるみたいで、サンプルを高値で引き取ってもらえるので助かってます」 


 ゴルデット工房はアーティファクトの修復や復元を主としているが、その本質は名前の通り『工房』である。

 自然発生する魔物が残す鋼を再利用できるのであれば、それこそ莫大な利益を生み出す事ができるだろう。

 ならあの鋼の魔物に目を付けたとしても、なにもおかしくはない。


「へぇ? ならアタシ達も連れて帰れば高値で引き取ってもらえるかもしれないわね」


「実は私達も最初はそう考えたんですけど、どうやら無理やり外に出そうとすると自壊するみたいです」


「外に出すだけで?」


「はい。なのでダンジョンの内部で魔物の研究をしようとする組織もいるぐらいなんです。ゴルデット工房はその筆頭ですね」


「筆頭ってことは、他にも魔物の研究をしている組織がいるのか?」


「研究者協会も、あの鋼の魔物に興味があるみたいですよ。何度かサンプルを渡してますし」


 リーフの言葉に嘘はなさそうだが、少しばかり引っかかる部分もあった。

 冒険者ギルドの直轄組織である研究者協会は、文明や記録の保全を目的とした組織だ。

 そんな研究者教会が、なぜ鋼の魔物の研究に興味を示しているのか。

 多少なりとも気にはなる。


 ただこれ以上の詳しい事情を聞くとなると、エンリーに聞いた方が正確だろう。

 今後の予定を頭の中で組み立てていると、リーフがため息交じりに肩を落とした。


「でも色々と考え直す必要があるかもですね。今回みたいな手強い魔物が出てくるようになったら、私達だけじゃ到底やっていけませんから」


「そう言えば、ダンジョンの中には他の魔物も出てくるのか?」


「以前は金属で出来た人型の魔物とも戦いましたよ。不気味な魔物でしたけど、余り強くはなかったですね。ね、ゼノン」

 

「はい。俺達で十分に対処できる程度の魔物でした」


「じゃあ、あの獣型の魔物が異様に強力だったのか」


 リーフは不安げな表情を浮かべ、ゼノンは身を固くしていた。

 たった一頭でアイアン級冒険者を二人をねじ伏せる、鋼の獣。

 少なくともアイアン級以上が条件とされているダンジョンにいていい魔物ではない。 

 

 それも上層の地形を完全に把握してるというふたりが、これまで一度も遭遇したことのない魔物だ。

 中層から迷い込んできたのか、それともダンジョン内部でなにか異変が起きているのか。

 どちらにせよ、鋼の玉座を探索するのであれば、地形と魔物の種類程度は事前に把握しておくべきだろう。


 質や物にもよるが、基本的にアーティファクトの価値は非常に高く、持ち帰れば一財産は堅い。

 ただ鋼の玉座は攻略しつくされたダンジョンであり、上層部にアーティファクトが残っている可能性は皆無に等しい。

 となれば上層部は早急に駆け抜け、中層や下層へ向かうのが得策だろう。

 

「そう言えば、おふたりはどうして鋼の玉座に潜ろうと思ったんですか? 迷宮区域でも十分にやっていけると思いますけど」


「色々と事情があったんだが……まぁ、アーティファクトを探してな」


 そう答えた時だった。

 不愉快な笑い声が聞こえたのは。

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