第15話

 迷宮都市レウォール内で、最も難易度の低いとされるダンジョン、鋼の玉座。

 過去に冒険者達が大挙して押し寄せ、めぼしいアイテムを取り尽したため、今では腕試しの冒険者が稀に入る程度だという。

 挑戦するための条件も緩く、アイアン級以上の冒険者章を持っていれば問題なくダンジョンへ入る事も出来る。

 

 そんなエンリーからの事前情報通り、鋼の玉座周辺は活気に満ちているとは言い難かった。

 聖域のある迷宮区域近辺と比べると、どうしてもまばらにしか人の居ないこの周辺は寂れている様にしか見えない。

 事実、支援機構からダンジョンの近くまで歩いてきたが同業者を見かけていない。 

 

 静かすぎる街を抜けて、ダンジョンをへと向かう。

 すると遠方からでも目立つ、巨大な建物が目に入る。

 ダンジョンの出入り口を固め、魔物が外へ出ていくのを防ぐ役割もあるのだろう。

 

 建物の近辺には複数人の兵士が巡回しており、その胸には見慣れたガネットと同じ刺繍が施されている。

 ここにいるのは彼と同じく支援機構に所属する警備兵ということだろう。

 ただ、やはりと言うべきか聖域と比べて配置されている数は圧倒的に少ない。

 街とダンジョンを区切る門までたどり着くと、見張りの警備兵に書類を渡す。


「よろしく頼む」


「了解です。えっと、書類とサインは……ばっちりですね」


 よく見れば俺と同年代らしき警備兵は、丁寧に書類の一枚一枚を確認していく。

 そして最後の一枚を見て弾かれる様に顔を上げた。


「お名前は……って、まさか緋色の剣聖ですか!?」


「まぁ、そう呼ばれてはいるわね」


 露骨に得意げな晄は、口角が微妙に上がっていた。ちょろすぎる。

 ただ、緋色の剣聖の名前に警備兵の中でも動揺が広がっているらしく、目の前の警備兵に至っては晄の手を握りしめていた。

 

「お話は聞いてます! なんでもエルダー・ガーターを倒したんですよね!?」


「アタシだけの手柄じゃないわ。レイゼルの協力あっての手柄よ」


「もちろん! 刀を扱う二人組の事は兄からも聞いています。そちらの方も、緋色の剣聖と遜色ない実力をお持ちなんですよね」


 期待と尊敬の交じり合ったような、無垢な視線を向けられて言葉に詰まる。

 以前は実力は拮抗していたが、今となってはわからない。

 二年間もの間、晄が血の滲む様な努力をしていたのなら、実力の差はかなり広がっているだろう。

 曖昧に答えを返そうとも思ったが、警備兵の話の中には気になる単語が混じっていた。


「まぁ、そうなる、のか? と言うか、いま兄から聞いたって言ったか?」


「私の兄は旧区域との門番をやってるんです。見たことありませんか? 堅物で、長身の」


 堅物で長身の門番。

 たったそれだけの情報にも関わらず、とっさに一人の人物の顔が頭に浮かんだ。

 目の前の活発な少女とあの男が兄妹だとはとても思えないが、確認のために名前を出す。

 

「もしかしてガネットの妹か……?」


「はい! スピカと言います! 以後、よろしくです!」


 ガネットとは似ても似つかない満面の笑みを浮かべたスピカは、勢いよく敬礼をしたのだった。



「あんな社交的な妹が居ながら、なんでガネットはあそこまでの堅物に育ったんだ?」


「別に兄妹が似るなんて保証はどこにもないでしょ。そんな理屈がまかり通ったら、姉弟同然に育ったアタシ達だって似てるはずじゃない」


 いつも通り俺の前を歩く晄は、そんな真面目腐った返事を返した。

 ダンジョンの内部であっても臆することなく進む晄の背中に、ふと浮かんだ疑問を投げかける。 


「なら、晄の目から見て俺達は似てると思うか?」


 晄は立ち止まり、そして振り返る。

 その姿は俺とは似ても似つかない。 

 そもそも血縁関係にないのだから、無理もないが。 

 俺の頭の先から足のつま先までじっくりと眺めた晄は、たった一言。


「全然似てないわね」


「そりゃそうか」


 ただそれだけのやり取りで晄は踵を返す。

 そして少しの沈黙の後に、おもむろに呟いた。


「まぁ、似てないから気になるっていうのはあるけど」


「珍しいな。お前がそんなこと言うなんて」

 

「……うるさいわね。今のは忘れて」


 ひらひらと手を振る晄は、心なしか早足で進んでいく。

 晄がお師匠の元を飛び出したのが二年前。

 それから再会するまでの間に何があったのかは、未だに聞いていない。

 無理に聞き出そうとは思わないし、晄が話そうと思うまで待つつもりでもいる。

 しかし過去の晄は違う一面を垣間見た時、好奇心が顔を覗かせる。


 親友でも、好敵手でも、家族でもない。

 俺の知っている晄と言う人間とは違う反応に、思わず黙り込む。

 なんと返すのが正解なのか。それとも黙るのが正解なのか。

 本来であれば弄り倒せば晄もそれに乗ってくるだろう。

 

 しかしなぜか、それが出来ずにいた。

 むず痒い沈黙が訪れたが、それも長くは続かなかった。

 僅かな金属音と悲鳴に似た声がダンジョンの内部に反響する。


「ねぇ、聞こえた?」


「反響して分かりにくかったが、なんとかな」


「初日から同業者の骸を見るのは勘弁願いたいわね」


「全く持って同感だ」


 俺の返事を待たずして、晄はすでに走り出していた。



 声の主を探すのは、さほど難しい事ではなかった。

 なぜかと言えば、けたたましい程の金属音が常に鳴り響いていたからだ。

 不自然な音を頼りに現場へ辿り着いた瞬間。

 その音の原因は一目で判明した。


「あれは……普通の魔物には見えないわね」


 晄でさえ一瞬、言いよどむ。

 それは四足歩行の獣の姿をしていた。

 問題なのは、その全てが鈍い輝きを放つ金属に覆われている事だろうか。

 金属の獣が動き回るたびに、不快な金属音が鳴り響く。


 そして、鋼の獣が追い詰めていたのは、二人の冒険者。

 一人は腕を負傷しており、もう一人が獣を抑えこんでいる。

 危うい拮抗を保っているが、それが崩れればどうなるかは一目瞭然だった。


「リーフ! 逃げろ!」


「ゼノンは!?」


「俺は時間を――」


 刹那、緋色の炎が舞い散った。

 烈火の如き勢いで、晄は距離を詰める。

 そして気付けば。

 

「散れ、緋桜!」


 見知らぬ冒険者へ飛び掛かろうとしていた獣は、二つとなって地面に転がった。

 物言わぬ骸となった獣を、呆然と眺める二人の冒険者。

 獣が絶命したことを蹴り上げて確認した晄は、ゆっくりと緋桜を鞘へ戻す。


「斬りごたえは、イマイチね。この鉄くず」


「鋼の獣だからな。今後は嫌と言うほど切る事になるかもしれないが」


 切断面をみても、魔物がどういった原理で動いていたのかは不明だ。

 ただ今は、殺した魔物より優先すべきことがある。

 怪我をした冒険者は晄に任せて、俺は魔物と戦っていた冒険者に手を差し出す。


「あ、貴方達は……?」


「ただの同業者だ。怪我は大丈夫か?」


 そんな事を言いつつも、冒険者が立ち上がるのを手助けする。

 よく見ればその冒険者も、後ろに隠れていたもう一人程ではないが傷を負っていた。

 自前の傷薬を渡すと、冒険者達はゼノンとリーフだと名乗った。


 ◆


 それが俺達と二人との出会いだった。

 一見、駆け出しにしか見えない冒険者だ。

 だからこそ、油断していたという事もあるだろう。


 この時はまだ、二人がレウォールを巻き込む争いの火種になるとは、思ってもいなかったのだ。

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