第19話 これってもしかして、ピンチ!?

「あ、ここも間違えときゃ良かった」

 シェルディナードは一年最後の期末考査、その結果が返った答案用紙を見てそう呟いていた。

 直後、背後でペンの折れる音がして、鋭い視線が後頭部に突き刺さる。

「ケル、そんな熱い視線送んなよ」

 振り返り、パチンとウィンクを飛ばせばさらに殺意と呼べそうなものにその視線と雰囲気は変わるのだが。

「シェルディナード……」

 ケルの手にはシワの寄った答案用紙。

 その点数はシェルディナードより一点だけ低い。

「君は!」

「怒んなって。ジョークだぜ?」

 こいつの首、絞めてやろうか。そんな衝動に身を任せてしまいたくなるのは、いつも貴族としての品を意識した言動を心がけるケルとしては異例中の異例である。

「ジョークで済むか。真面目にやっている者に失礼だ」

「だーから、悪かったって」

「そもそも君はいつも」

「あー、あー、聞こえねー」

 笑いながら両手で耳をふさぐシェルディナードを睨み付け、その隣で今日も今日とてすやすやと惰眠だみんむさぼっているサラを見て、ケルは片手で顔を覆った。

 何でこんな不真面目な奴が自分より上で、いつも寝てばかりいるのが学年首席なのか。世の中、とち狂い過ぎだろう。

 ケルが世の不条理に発狂しそうになっているのを他所に、騒がしさに目が覚めたのかサラがもぞもぞと身動ぎして顔を上げる。

「…………」

「よ。おはよう、サラ」

「おはよう。ルーちゃん。……それ、答案?」

「そ。サラのはそこに置いてあるからな」

 サラの視線がちらりと一瞬だけ自らの答案用紙に向くが、すぐに興味なさそうに戻される。

 そしてシェルディナードの答案に目を向け、サラは少しばかり不満そうに唇を尖らせた。

「ルーちゃん……わざと、間違える必要、無いのに」

「うわ。サラまで言う」

黒陽ノッティエルードも言っているではないか。もう少し真面目に」

「あーはいはい。わかった。わかりました。実力だっつってんのに、信用ねーなー」

 そう言ってスナック菓子の袋を取り出して開けるシェルディナードに、サラが首を傾げる。

「ルーちゃん、それ、なに?」

「ん? あー、サラは知らねーか。スナック菓子」

 こくりと頷くサラの口にポテトのスライスを油で揚げた菓子をそっと押し込む。

「…………油っぽい」

 しかも安いやつ。

 そんな微妙な顔をするサラに、シェルディナードが笑って飲むような速さで菓子を消費していく。

「むしろ何で君はそんなもの持ってるんだ……」

「え。買ったから」

 だから、何で貴族の令息がスナック菓子なんて買って食べているのかと言っているのだが。

「そこらに売ってんじゃん。何なら購買にもあるぜ?」

「しれっと二袋目を開けるな」

 これでも名家の令息だというのが信じられない事だが事実である。

「……ルーちゃん。まだあいつら、何か、言ってくる、の?」

 静かに。しかしどことなく不穏な色を潜ませて。

 サラがシェルディナードの答案用紙を見つめる。

 ケルの二の腕、背中が、ゾワゾワと粟立った。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




「シェルディナードは十貴族の令息ではあるが、第二夫人の子でな」

 粉々に砕けたスコーンを律儀に口に運び、ケルは溜め息をつく。

「第一夫人には二人の子がいる。どちらも男でシェルディナードの腹違いの兄になるんだが……」

 歯切れの良くない言葉を探す様子から、仲が良くないというのがミウにも良くわかった。

「いずれ二人のどちらかが後を継ぐ予定で、シェルディナードは兄達より目立たないようにする必要がある……みたいな事を言っていたがあれは絶対に面倒臭がってそれらしい理由に使っているだけだ」

「おぅ……。途中までシリアスめだったのに」

 アルデラがケルの据わった目と後半の言葉にお茶をすすってそう言う。

「でも、確かに一時期……シアンレードの若様達の関係がごたついた時期がありましたわね?」

「…………。まぁ、な」

 エイミーの言葉にケルが視線を自らのティーカップに落とす。

「他家の事だ。あまり言いたくは無いが……二人の兄とシェルディナードを後継ぎとして比べるなら、な。その事で第一夫人と兄達が一時期シェルディナードへの当たりが強かったんだ」

 ちなみに第二夫人と父である当主は静観の姿勢らしい。冷たいようだが、耐えられないならそこまで。当主など務まらないと見なすのが実力主義の、この世界の貴族である。

「黒陽との親交が出来てからは、表面上は鳴りを潜めたが……」

 家の内部までは知らないとケルは言う。

「今でも少しでも兄達の成績よりも抜けると、後で絡まれるとは聴いたことがある」

 それへの対応が面倒臭いらしいが、詳しい内容まではわからない。

「だからか知らないが……。シェルディナードは到底後継ぎにはならないだろう振る舞いが多い」

「まあ、確かに目出し帽被る貴族の次期当主ってなかなかいないよね。配慮してもらってるこっちが言うのは何だけど」

 アルデラの言葉で目出し帽姿のシェルディナード達を思い出したのか、ケルの口許が引きつった。

「シェルディナード先輩って、ケル先輩から見てもやっぱり貴族らしくないんですか?」


 ――――あ。今さらだけどこの呼び方大丈夫かな……。シェルディナード先輩達を先輩呼びしてたからつい同じ呼び方しちゃったけど。


「貴族らしいかどうか、か。……難しい所だな」

 ミウの懸念など一切感じていないらしく、ケルは腕を組み考えている。

「先ほども言ったように、到底後継ぎだとは思えない言動はする。が、それだけなら兄達も危機感は警戒対象にはしないだろう」

「シアンレードの若様は確かに色々な意味で華やかな噂もあるけれど、お仕事はきっちりしてますわね。ケル様?」

「エイミーの言う通り、シェルディナードは貴族の務めだけは真面目にこなしているな。逆に兄達はどうにも務めを理解していない節が見受けられる」

「貴族の務め、ですか?」

「領地の管理、それからそこに住まうものの守護など含めた領地運営の補助だな。……普通これは次期当主の仕事なんだが」

 ケルはそこで一旦言葉を切った。

「兄達への対応が面倒だとはいつもこぼしているが、貴族の務めに対してそういった発言をした事は、少なくとも私の前では一切ないな」

 そう言ってケルは紅茶に口をつける。

「貴族だからこその義務。それは個人の事情や心情よりも優先されるものだと、理解できないものは貴族とは呼べない」

 軽く目を閉じ、ケルはふっと一息つく。

「そういう意味では、貴族の務めを真面目にこなす所は貴族らしいと私は思う」

 再び開いたケルの瞳がどこか仕方なさそうに笑む。

 ああ、この人もシェルディナード達に振り回されてるけど、嫌いになれないんだろうなとミウは思った。

「さて、私が話したのだし、今度は淑女キミから見たシェルディナードを教えてくれ」

「え!? あたしから見た先輩ですか!?」

「そうだ。私だけが話すのは不公平だろう? さあ。大丈夫。シェルディナード達には秘密にしておくさ」


 ――――あれ? これってもしかして、ピンチ!?

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