第18話 なにそのニヤニヤー!?

「ルーちゃん。何、見てるの?」

 ホームルーム前の講堂クラスルーム、その一席で生徒手帳を操作するシェルディナードにサラが首を傾げる。

「んー? 最終的に誰がミウをタゲったか」

 スッ、スッ、指がリズミカルに画面をスワイプしていく。

 その動きが止まり、シェルディナードは「ふぅん?」と呟いて赤い瞳を細めた。

「何か、見つかった?」

「ああ。面白いもん見つけた」

 ツゥーっと指が画面を撫でる。

「三人、だな」

 サラはそんなシェルディナードの画面を覗き込む。

「……全員、三年生、だね」

「一年は接点ねぇし、二年は俺らがいるからな」

「じゃあ、まずはこの三人?」

「そ。課題は早めに片付けるに限るからなー」

 シェルディナードの口許がニィっと楽しそうに歪んだ。

「心置きなく遊ぶには、準備が必要だし」

「そ、だね。……でも、ちゃんとアビリティ、申請してる、のかな」

 サラがこてんと首を横に倒し、自分の生徒手帳を見ながら呟く。

 自分に何も妨害アビリティが申請された様子がない。

「大丈夫だって。むしろ、申請してくる方が心配だろ? 学園の妨害アビリティなんて俺やサラには効かないじゃん」

 掛けることは出来るが、抵抗する事だって出来る。

 サラやシェルディナードはそれこそ埃を払うくらいの要領で抵抗レジストに成功するのがわかっていた。

「そっか……」

「ちゃんとアビリティ掛ける相手を吟味するようになった。成長してるって事だな」

「それなら……いい、かな」

「そうそう。けど、そうだな……」

 何かを考えるように目を閉じたシェルディナードに、サラが頭に「?」を浮かべて首を傾げる。

「頑張ったら、ご褒美が必要だろ?」

 そう言ってクスクスと笑うシェルディナードは、今日も楽しそうだ。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




「シアンレードの若様について?」

「どしたの、ミウ」

 放課後の温室。いつものようにお茶会で集まった友人達にミウはシェルディナードについて知っている事を聞いていた。

「ええと、追われる獲物としては追ってくる捕食者に対策する必要があると言うか……」

 言い淀むのは獲物としての恐怖からであって断じて本人いない所で聞き回る事への後ろめたさとか気になってるのが気恥ずかしいとかではない。断じて!

「あら……?」

「ミウ。ミーウ。顔。顔赤いよ?」

「ち、違うよ!? これ、この温室がちょっと暑いからでっ」

 慌てて言い訳めいた言葉を口にするミウに、エイミーとアルデラが顔を見合わせ、微笑ましいものを見る目になる。


 ――――ちょ、二人とも何か誤解してる!!


「違うからね!? 別にシェルディナード先輩が気になるとかそんな」

「うふふふ。そう。そうなのー」

「へえ~。ふーん。ほーん」

「エイミーちゃん!? アルデラちゃん!? なにそのニヤニヤー!?」

 友人達の暖かい視線と面白がるような気配にミウが叫ぶ。

「本当に違うからね!? あくまで逃げ切らないと期末夜会に出る事になるから仕方なく」

「なに。ミウ、中間レクリエーションで捕まった時の罰ゲームって、もしかして夜会出席だけ?」

「え? そうだけど……」

 アルデラが呆れたような顔になる訳がわからず、ミウはキョトンとした顔でそう返した。

「…………そっか。うん。ガンバレ」

 ミウの様子から、夜会以外にも何かもっと言葉にするのもキワドイ罰ゲームがあるのかと思っていたアルデラは、内心一気にプレッシャーが下がった。

 何て言うか、もう、捕まっても問題無いんじゃね?

 そんな気持ちである。

「話がそれたけど、シアンレードとリブラの若様について……。そうねぇ、お二人ともあまり表に出てこないからわたくしも基本的な事しか知らないのよ」

「それで言うとこっちは名前しか知らなかった。ミウは?」

「えーと、シェルディナード先輩が十貴族の家柄で三男で、サラ先輩が黒陽……」

 それで全部です。はい。

「それ以外の情報だと、シアンレードの若様達とクラスメイトのケル様の方が詳しいかしら」

「私がどうかしたか」

 噂をすればなんとやら。三人が声のした方に顔を向けると、紙袋を抱えたケルが怪訝そうな顔で近づいてくる所だった。

 アルデラに配慮した片目周辺を隠す仮面付きである。

 静かに素早く立ち上がり、エイミーはケルの為にイスを引く。

 引かれたイスに腰掛けて、ケルはエイミーに紙袋を渡した。

「あらー。ロサのスコーン。これ美味しいのよねー。うふふ」

茶請ちゃうけにと思ってな。それで、私がどうした」

 エイミーがケルに事のあらましを説明し、ケルは何故か若干半眼になる。

「シェルディナードと黒陽について……」

「あ、あの、ケル様?」

 ミウがその様子に、無理しなくて良いんで! とか既に及び腰である。

「いや、すまない。色々と……。そうだな、冷静に」

「あ。やっぱり冷静さって大事なんですね」

「?」

「あたしもシェルディナード先輩に、冷静にならないと死ぬぞって言われました」

「…………」


 ――――あれ!? あたし何か間違った!?


 しん……。

 その場が水を打ったように静まり返る。

「ん、んん。……シェルディナードが直接的に言うのは珍しいな」

 気を取り直すようにケルが咳払いをしてそう言う。

「基本的にあいつは遠回しに言って反応を見つつ気が済むまで遊び倒すから」

「ひえっ」

「え。なにそれ性格悪い」

「ケル様、落ち着いてくださいねー?」

 思わず真顔になっていたケルはエイミーの声にハッとして、口許を引きつらせた。

「すまない。つい万感の思いが込もって……」

「……ケル先輩とシェルディナード先輩って、仲あんまり良くないんですか?」

「そういう訳ではないが……。シェルディナードは手抜きが多いからな。つい、目についてしまうのだ」

「手抜き?」

「そう。例えば期末考査とかな」

 ケルの顔が皮肉げな笑みに彩られる。

「私は聴いた。『あ、ここも間違えときゃ良かった』と呟いていたのを……」

 ケルの手の中でスコーンがグシャリと形を崩して悲鳴を上げた。

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