第二十八話 時戻りの衣。

 アルテュールと私が大広間の入り口に姿を見せると、人々がざわめいた。

「第三王子アルテュール様、御婚約者イヴェット・グナイゼナウ様、御入場!」

 告知係の良く通る声が会場に響き渡ると、騒然さを増す。これまで、これ程多くの人々に注目されたことはなかった。心臓が壊れそうなくらいに早鐘を打ち、ドレスの下の膝は震えが止まらない。


 公爵家に娘がいたのか、髪の色が夫人と同じだと、様々な声が聞えても怯んではいられない。微笑み会釈しながら、人々に囲まれた道をアルテュールと並んで歩く。


 王族に用意された段上に立ち、他の王族の入場を待つ。第二王子と王子妃、第一王子と王子妃が入場した後、外国の王子と王女が姿を見せた。


 どちらもまだ若いと思う。歳の頃は王子が十八、王女は十六前後だろう。どちらも銀髪で青い瞳。白に銀糸刺繍が豪華なドレスを着た王女が、私を睨みつけながら入場してきた。


 王女はアルテュールに自ら求婚する程、愛しているのか。気の毒に思った時、アルテュールがそっと囁く。


「……姫君は護衛の騎士がお気に入りだそうだ」

 視線で示された先を見ると、部屋の端にアルテュールと同年代で金髪で青い瞳の見目麗しい騎士が立っていた。

「……私は、恐らく髪と目の色が同じだから選ばれたのだろう」

 まさか。そんな馬鹿なと思っても、口にはできない。フリーレル王国の王族の男性は全員青い瞳をしていることは広く知れ渡っている。


「不敬の極みではないですか」

 ふつふつと怒りが湧いてきた。おそらく姫君は護衛騎士を愛人にする為に、同じ色彩を持つアルテュールを選んだだけ。不義をはたらいても子供の色彩が同じなら罪は露呈しないとでも思っているのだろう。握りしめた扇が震える。


「……イヴェットはやはり怒っても可愛いな」

 くすりとアルテュールが笑う。

「浅はかな子供の考えだが、相手の国には警告を送ってある。あの王子は王位継承権を失うだろう。姫君と騎士の処遇はわからないが」

「それは……仕方のないことです」

 王子は愛する妹の為、姫君は愛する騎士の為。たとえそうであっても、相手の格が違い過ぎた。それを理解できない者が王になっても、国民が不幸になるだけ。


 国王からの開会の言葉があり、楽団が軽やかな音楽を奏で始める。

「イヴェット、踊ろうか」

「はい」

 多くの人から注目されていることの緊張も、ダグラスが現れるかもしれないという恐怖も、アルテュールと踊っていれば忘れることができる。


 煌めく魔法灯の光が、ひるがえるドレスを輝かせる。舞踏会用の服は光を受けて輝くように作られていて、白い布に織り込まれた銀糸が光を増し、金糸の刺繍はさらに輝く。


 周囲の騒々しさが消えた。軽やかな音楽は曲調を替え、重く緩やかな曲へと移り変わる。


 くるりくるりと回るとドレスから光の輝きが零れていく。アルテュールを見つめていれば、まるで世界に二人きり。


「イヴェット、綺麗だ」

「ありがとう。アルテュールも素敵です」


 あまりの美しさに、夢の世界としか思えない。アルテュールの婚約者として、この場にいることが本当に夢ではないかと恐ろしさも感じている。


「どうした?」

「……夢みたいで怖いの。アルテュールの婚約者には絶対になれないと思っていたもの」

 目が覚めたら、すべてが夢だったらどうしたらいいのか。


「私も夢じゃないかと疑っている。昔、イヴェットと過ごしている時に願った夢が……一度諦めた夢が掴めるとは思っていなかった」

 お互いに同じことを感じていると思うと、くすぐったくて嬉しい。


「もう君を離さない」

「私も貴方から離れたりしません」

 誓い合う言葉は恐れる心を温かく満たし、笑顔が零れる。

 

 輝く光の世界で、私たちはいつまでも踊り続けた。


      ◆


 アルテュールの婚約者になると、忙しい日々が待ち受けていた。半年後に決められた結婚式の為の準備が慌ただしい。


 ダグラスが一体何者なのかという疑問は、すべてが終わってから話すとアルテュールが約束してくれた。アルテュールが指揮を執り、マリーやマリーの夫、ノーマの夫たちが解決しようとしている件にも関わることらしい。そんな疑問や恐怖も、毎日の忙しさに紛れていく。


 婚礼用のドレスは通常一年掛かる物。それを半年で作るようにお願いするのだから、気まぐれや変更は一切許されない。館に持ち込まれた見本をノーマと一緒に検討して決めた。


 姫君は帰国して、アルテュールには時間ができると思っていたのに、他の問題が持ち上がったと毎日忙しい日々を過ごしている。


 そんな日々の中でも、私は少しずつ月の光の糸を織っていた。

「イヴェット、ただいま」

 優しい声に驚いて扉を見るとアルテュールが立っていた。

「おかえりなさい。もうそんな時間ですか?」

 夢中になり過ぎていた。天窓の外はすっかり夜。


「外は雪だ。上着も着ないで寒くないのか?」

 今日の私は動きやすいワンピース。手元がもたつくので七分袖を選んでいた、見た目は寒そうに見えるかもしれない。


「布を織っている時は寒くないのです」

 足で板を踏み、横糸を通しておさで打ち込む作業中は、常に体を動かしているからか温かい。


「随分織ったんだな」

 巻き取られた透ける布は、そろそろ必要な長さに近い。あと数日で織り上がる。

「ええ。もうすぐ織り上がります」


「こんなに綺麗な布だ。婚礼衣装の一部に使ってもよかったのに。ベールに使えばイヴェットの可愛い顔が隠れなくて済む」

 アルテュールが勧めてくれるのは嬉しくても、これをベールに使ってしまうと〝時戻りの衣〟の完成が遠くなってしまう。


 アルテュールが椅子に座る私の背中から抱きしめて、耳元で囁く。

「この美しい布で、何を作るんだ?」

 これまでは度々受けた質問をかわしてきた。完成が見えてきたから話してもいいかもしれない。


「〝時戻りの衣〟を」

「え?」

 アルテュールの仮面の下、表情が強張ったような気がした。


「アルテュール? どうしたの? 魔女に贈れば呪いが解けるのでしょう?」

「あ、ああ。……覚えていてくれたのか」

 アルテュールの声が硬い。


「あ、あの、必要なくなったの? もしかして、違う物になってしまった?」

 呪いの場所が変わったのだから、贈り物も変わっているかもしれないとようやく気が付いた。

「いや。解呪条件は変わっていない。そうか、これが〝時戻りの衣〟の布か……どうやって調べたんだ?」


 私は女神の夢の導きと、この織機の持ち主だった伯爵夫人のことをすべて話した。


「〝時戻りの衣〟は本当に存在していたのか……」

 何故か呟きが遠く聞こえる。


「アルテュール? 呪いを解かなくてもいいの? 仮面を着けなくてもよくなるのよ?」

「……ああ、そうだな。ありがとう、イヴェット」


 そっと額に口づけたアルテュールの唇が、いつもよりも冷たい気がした。

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