第十話 追う者と追われる者と追う者

「お前達はメル人か? 」

と異国の言葉を喋っている男達に聞いた。ロッパの言葉が通じるか少し不安だ。


「アア、そうだが。何か用かい。今出航の準備で忙しい」

と無精髭の男が答えた。この中で、ロッパの言葉が分かるのは此奴だけらしい。


 私は瞬間移動を使い、飛空船を追ってアルバ海運都市まで来た。しかしあと少しの所で、二船とも海の方へ飛び去り、追跡が出来なくなった。


「さっき、この上空を二船の飛空船が通過したと思うが、それを追ってくれないか? 」

と無理を承知で聞いてみた。


 私は、ヒーナの乗った飛行船が外海に出てしまい、困惑していたところに、メル人の商業飛空船を見つけた。ここアルバには、年に数回、メルの商業飛空船が飛来して、交易を行っている。彼らは専ら、鉱物と薬草を求めてきているようだ。


「アア、何言ってやがると言いたいところだが、俺も胸くそ悪いエルマーの船にちょっかいを出そうと出航を急いでいるところだ。だがあんた、ただって訳にはいかねぇぜ」


「金か? 」

と聞いてみた。もしそれ以外の回答だったら ……


「金? そんなものはいらねぇ。その剣はどうだ? べっぴんさんの体でもいいけどな」

「どちらも断る。手間を取らせた」

と他の方法を探すために、引き返そうとしたとき、

「じゃあ、あんたと腕試しってのはどうだ? そんな大層な剣を持っているだ。ちょっとは出来るだろ? 俺に勝てたら船に乗せてやる。だがな、俺もこのロッパで少し武術を習ってな」


「急いで、あの二船を追わなければならないのだが」

「大丈夫だ。俺の船なら追いつける。それより、やるのか? やらねぇのか? 」

と少し凄んできた。


「それで良いのか? 」

「男に二言はねぇ」


「XXXX! &’'」


 その男は、他の男達に何か指示をしている。出航の準備を急がせているようだ。どうも責任者らしい。そして、大きな蛮刀を取り出し、歩いてきた。体は大きい。無精髭で年齢が分からなかったが、気の流れからすると若い様ようだ。歩き方は、まあまあだ。多少心得があるようだ。しかし動きに無駄が多い。


「おい、姉ちゃん、剣を抜かねぇのか? 」

「いや、私はこれでいい」

「ふん、じゃあ、行くぜ」

とその男は、蛮刀を大ぶりしてきた。オーク属のサリエに比べると雑だ。


 私は、瞬間移動も使うことなく、難なく避けた。


「ちっ、くそ。まだだ」

と言いながら、返す刀で横に振る。それも半歩下がって避けた。


「なに、くそ」

と口数も多い。


 喋ると感情が剣に乗ってしまい、剣筋が乱れる。我が夫、アーノルドもよく喋るが、彼の場合、全く気の乱れが無く、剣筋も変わらない。多分、そんな芸当ができるのはアーノルドだけだろう。

 それから数度避けたが、あまり時間を掛けたくないと思ったので、徐に手のひらを男の肩に乗せ、八相掌で気をたたき込んだ。すると男はたまらず、蛮刀を落とした。


「ぐはっ、八相掌。驚いた。こんなにつぇーのか」


 私はどう答えようか迷っていると、突然、その男は、跪いて


「頼む、どうか俺に武術を教えてくれ。メルじゃ、エルマーの手下共が我が物顔で一般人を虐めるだ。俺は強くなりたい」

と頭を地面にこすりつけて頼んできた。


「あの飛空船を追ってくれるなら」

と答えた。


「師匠、分かったぜ」

とその男は私を師匠と呼んでまた頭を下げた。私はこの男の師匠になってしまった。


   ◇ ◇ ◇


 髭の男に供に飛空船に乗り込んだ。エルマーの物より二周り小さい感じだが、速度は確かに速い。


「師匠、見つけたぜ。ほら、雲の下。二船が飛んでいるだろ。どうだい。俺の船の速度は。これまでも、何度もエルマーの奴らを捲いただぜ」

と髭の男、ボズが答えた。無精髭の男は、この飛空船の船長だった。


 私は席から立って、

「追いかけられている方の船に近づけませんか? 」

とガラス越しに、斜め下をのぞき込んで答えた。


「流石にそれは無理だな。エルマーの船の火力は相当な物だ。俺の船は速いが、もろい。近づけねぇ」

とボズは、私の横に立って腕を組んで答えた。


「おっ。前の船、ブースターを使って引き離す作戦だな」

「ブースター? 」

と私は何のことかと思い、ボズを見た。


 そのボズは、窓の外を指差して、

「ほれ」

と言うと、追いかけられていた船の速度が格段に増して、エルマーの飛空船を引き離し始めた。


「エルマーの船は火力は相当だが、重いせいか、亀みてぇに遅い。」

「前の飛空船を追ってくれないか? 」


「おう、師匠のご命令とあらば。XXX%%&%FF」

と大声で指示を出したようだ。


 すると、この船も速度が増した。私は気の巡らして若干体を傾けた。


「師匠、すげえぇぜ。何も掴まず、よくに立ってられな」


 ボズは、前の手すりに必死に掴まっていた。


   ◇ ◇ ◇


「シャーゲッツは捲いたようね。このままの速度を維持」


 何時間もしつこいシャーゲッツに追い立てられ、修理したブースターを使ってやっと引き離すことができた。ここにシン・グラフィアの操作書があるので砲撃されなかったのが不幸中の幸いだ。今は砲撃圏内から脱出できたのか、音は止んだ。

 さて、ここから、ロッパに引き返すかどうかだ。判断に迷う。ヒーナさんをロッパに戻してあげたいのは山々だが、また操作書目当てにシャーゲッツが追ってくるのは目に見えている。


 オクタエダル上院議員への魔法便は届いているかしら。


「少佐、ちょっと、医務室へ来ていただけませんでしょうか」

と医務室に衛生兵と行った伍長が、少し顔色を変えて要請してきた。


「何かあったのか? ヒーナさんに何かあったのか? 」

「ロッパ人は無事ですが、それが、その…… 言葉では言い表せない事に」

と少し困惑気味に答えた。


 私は伍長をつれて、医務室に向かった。すると開かれた扉から、赤や青の光りが漏れているのを確認し、魔法銃に手をかけた。


「その心配はないと思います」

と伍長が後ろからアドバイスしてくれた。


 中に入ると、何かの装置が部屋の一角に顕現し、薬草が空中を飛び回っている。様々な錬金陣が空中を漂い、夜空の花火のように現れては消える。お伽噺の中のような状態になっていた。


 私は、呆然と景色を眺めている衛生兵の肩を叩き、

「君、これは? 」

と声をかけると、驚いた様に此方に振り返り、

「あの、ロッパ人の錬金術です。こんなのは見たことありません」

と少し興奮気味に答えた。


 ヒーナさんは、ロッパでは有名な薬の錬金術師で、彼女の薬には何度も助けられた。でも実際に調合する所を見たのは初めてで、メルでも見たことがない情景がそこには広がっていた。


———空中の薬草や鉱物は小さく砕かれ、混ぜ合わさり、そして、機械の中に入っていく。細い管を淡い青の液体が流れ、それが蒸発して、また液体に戻ったときはピンクの液体に変わっている。そして、機械の中程の瓶に少しずつ溜まっていく———


 さらに驚いたことにヒーナさんは、左手にペンダントを持って横になったままなのだ。目の火傷を癒すために目隠しているのに、正確な錬金陣を描いている。私は魔法使いではないので、詳しくは分からないが、普通、ポイントマーカーを使わずに、見ること無しに正確な魔法陣を描く事は出来ないとされている。


 そのような事を考えていると、

「もうそろそろね。誰か私の言葉分かる人いるかしら? 」

とヒーナさんが声を発した。


「私の目に、できあがった薬を点眼してちょうだい。こればかりは、目が見えないと出来ないのよ」

と目隠しを手で押し上げて声を上げて、話しかけてきた。


  ◇ ◇ ◇


「カリオナ、トルネ、入ってくれ。シロフの部下のマーネットから魔法便が届いた」


 私は、マーネットからの手紙を机に置き、書いてある内容のあらましを話した。


 マーネットによれば、

 シン・グラフィアの場所は見つけたが、術式が変更されており、無力化は失敗。そこへシャーゲッツがやって来て攻撃を受けた。その時、シロフが重傷を負い、マーネットを次の指揮官に任命して亡くなた。その後、ミクラ湖畔の工房で、シン・グラフィアの操作書を回収したが、再びシャーゲッツの攻撃にあった。そして、悪いことに、ロッパ人の一人を巻き添えにし、もう一人に重症を負わせてしまった。今、その一人を飛空船で手当をしている。そして現在もシャーゲッツの追跡でロッパに戻れないということだった。


 魔法便の内容を聞き終えて

「グレンダー、ロッパ人には悪いが、仕方あるまい。こっちもシロフを失った」

と初老のトルネ・オズボンが腕を組んで答えた。


「いや、そうは行かない状況だ。トルネ。重傷を負わせたのはダベンポート夫人、巻き添えにした人物は、カバレッジ夫人だ」

 

 私は魔法便を机からつまみ上げて、チラッとカリオナを見た。するとカリオナは軽く頷き、呪文を発して、魔法便を空気に変換した。


「エルマーを破ったとかいう …… 」

「そうだ。ジェームズ・ダベンポート、エルメルシア王国の王弟にして、ロッパ随一の錬金術師。ロッパ人が叡智の総本山と呼ぶアルカディア学園都市の将来の校長と目されている人物。今シロフの船に乗っているのはその夫人ヒーナだ。そしてアーノルド・カバレッジ、ジェームズの護衛だが、その剣はロッパの三本の指にに入る人物。亡くなったのは、その夫人シェリー」

と言い終えた所で、カリオナが顔を上げた。


「そうだ。私も、この名前を知って驚いたよ。エルマーと対決したのは、3人とだけ聞いていたが、シェリー・カバレッジがその一人だった」

「殺戮の女神は、その人のクローンね。エルマーなら、やりそうだわ」

と少しプンプンした後、急に哀しい顔になり、

「でも気の毒ね。クローンが生きてオリジナルは亡くなったなんて …… 」

と少し首を傾げてため息をついた。


 私は椅子をくるりと回し、飛空船の小さな窓から外を見た。


「今の状況は、大変な誤解を招きかねない所にある。成り行きはどうあれ、我々はロッパの英雄と目される人物を巻き添えし、その家族をロッパから連れ出した。そして、我々には必要とは言え、操作書を無断で持ち出したのだ。下手をすると、我々はエルマーだけではなく、ロッパも敵にしてしまう事になる」

 

 窓の外の流れる雲を見ながら考えた。目の焦点を変えるとガラスに映り込んだ自分の顔が見えた。この誤解を解けるかどうか。少なくともロッパを敵にはしたくない。ここでダベンポート夫人まで失ったら、確実に両大陸は不味いことになる。そこをエルマーが黙ってみているはずがない。

 

「カリオナ、マーネットにオーバル諸島に向かえと指示を出してくれ。そして、ダベンポート夫人を何としても守れと厳命してくれ。我々は、このままロッパに向かう」

 

 オーバル諸島。メル大陸とロッパ大陸の南側に点在する島々。大小数百の島があり、大陸間を行き来する商業飛空船はそこで補給を取りながら大海洋を横断する。大きな島には街があるが、島の幾つかに共和国軍の秘密基地がある。そこまでたどり着けば一安心だろう。

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ダーククリスタルの帝都 〜雑貨屋の主人は錬金術師〜 村中 順 @JIC1011

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