第九話 虫の知らせ
”ジェームズ、ジェームズ、起きなさい。ジェームズ。シェリーさんとヒーナさんが危ないわ”
とその声に飛び起きた。
あの声は母上だった。もう子供の頃に死に別れて、顔も声も朧気にしか思い出せない。しかし、確かに母上の声だった。
隣のベットに寝ているはずのアーノルドは居ない。まだ夜明けには、かなりあるが調練にでも出かけたのだろ。しかし夢見が悪い。ヒーナとシェリーに何かあったのだろうか。
ガチャ
———扉が開く———
「ああ、
とアーノルドは大剣のエルフラーマを背負って、頭を拭きながら部屋に入ってきた。
「いや、今起きたところだ」
「何か、顔色わりいな。飲み過ぎたか? 」
と心配してくれた。
「ちょっと、夢見が悪くてね。母上の声を聞いた様に思うんだ」
と僕はアーノルドに答えた。
「夢見が悪いって?
と再度、僕の顔を見て聞いてきた。
「ヒーナとシェリーが危ないと」
すると、アーノルドは、何かポケットから取り出して、
「ちょっと、これを見てくれ」
と切れたプロミスバンドを見せてくれた。
「どうした? 何か引っかけたのかい? でもこれは鋼鉄蜘蛛の糸だからそう簡単には切れないはずだけど」
とプロミスバンドを受け取って、切れた箇所を観察した。
「何もしてねぇだよ。エルフラーマを構えて居たら、ぽろっと」
とアーノルドにしては、珍しく心配そうな顔で答えた。
僕は、ベットから降りて、窓際に移動した。まだ外は真っ暗だが、雨が強く降っている。
しかし、
「直ぐに出発しよう。何故か悪い予感がする」
アーノルドは、無言で頷いた。
◇ ◇ ◇
水。
さっきミクラ湖に落ちた。エルマーの飛空船から強烈な光りが発せられたとき、咄嗟にミクラ湖上空へ、瞬間移動した。ヒーナの方へ行きたかったが、空間干渉の障壁が邪魔をしていた。なるべく遠く、そして現れる場所に何も無いところ。それが湖の上空だった。
ヒーナは無事なのかしら?
私はエルステラを鞘に収めて、力を振り絞って湖面めがけて泳いだ。
「ばっはぁ、…… 」
一息ついて、長く息を吐き、体中に気を巡らせた。身体が軽くなる。
呼吸を正常に戻し、状況を確認する。
「ヒーナは? タラップに乗ったところまでは確認したけど」
私は自分の位置を確認するために夜のミクラ湖で目をこらした。
その時、
バリバリ
頭の後ろから、音がする。振り返ると、飛空船が、その前の飛空船を攻撃している。エルマーの飛空船が、ヒーナを乗せた飛空船を追いかけているようだ。もはや瞬間移動できる距離ではない。
「女神フレイ、英雄エストファ、どうかヒーナ様をお守りください」
と他に誰もいない湖の真ん中で、遠くに見える教会聖都の明かりに祈った。
私は追いかけなければと心に決めて、湖を泳いだ。
◇ ◇ ◇
僕たちは、降りしきる雨の中を馬車を急がせた。顔に雨粒があたる。
「今空気壁を作るよ、ちょっとは良くなる」
僕は呪文を発し、錬金術で空気を変換させて馬車の前に空気壁を作った。雨は大分当たらなくなった。
「おう、
と不思議なことをアーノルドは言った。
でもその理由は直ぐに僕にも分かった。
”大魔道士殿の馬車か? ”
と強烈な思念が頭に入ってきた。
”僕はここだ。君は竜王か?”
と思念で答えてみた。
すると上空から、何か大きな物が降り立った。雨が激しくて、よく見えない。
”水竜王であるぞ。我らは聖霊師殿に命じられて迎えに来た。大魔道士殿の工房が大変なことになったぞ”
「大変なことってなんだ? 」
竜王の思念はアーノルドにも入っているようだ。
すると馬車の聖石の明かりに照らされて、大きな水竜王の顔が現れた。
”先ずは我らに乗られよ。道すがら説明しようぞ。
今度は右側から火竜王の顔が出てきた。
「分かった。だが申し訳ないが、馬車も運んでくれないか? 馬は置いていく」
と僕は水竜王に頼んだ。
”仕方あるまい。緊急時だ”
◇ ◇ ◇
「後方へ魔法障壁を集中して! それから錬金術師達は破壊された箇所を何とか修理して。いい、敵はこの船の撃墜はしないはずよ。でも乗り込もうしてしてくるわ。だから逃げ切るのよ」
と船内通信機を通して、叱咤した。
乗員の誰もが何処かに傷を負っている。それをおしても、逃げ切らないと、皆殺しにされる。
「アレクセイ少佐、先ほど、ロッパ人が意識を取り戻しました。それで …… 」
爆発音と供に船が激しく揺れる。
「それで、何? 」
「壁に錬金術で文字を書いて何かを要求しています」
「文字? 」
「はい、一部を書き写しました。私はロッパの文字は読めません」
と衛生兵が書き写した文字を見せてくれた。
「マール草に、シプロクソウの種。グラドルの液、これは何かの薬の材料じゃないの? 伍長、一緒に行って、文字を読んであげて」
体の大きな伍長は敬礼して、衛生兵と一緒に医務室に行った。
ヒーナさんとシェリーさんには本当に悪いことをした。聖都の方で診療があると聞いていたから操作書を探しに行った。そうしたら、また、シャーゲッツの奴が現れて攻撃してきた。何とか操作書の回収はできたけど、ヒーナさんは目を火傷するし、シェリーさんは、あの高熱線砲では ……
早急にオクタエダル上院議員の指示を仰がなければならない。
ガガガガ
飛空船が揺れた。
「全く、しつこいわね。彼奴を捲かないと駄目だわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます