第八話 工房襲撃

———数百冊の分厚い本が空中を漂い、数十体の小さなゴーレム モナが、書庫からせわしく本を出したり、入れたりしている。空中には、夜空の花火のように数々の錬金陣が現れては消える。その中心では、二人の女性が、あれこれと話をしながら何やら作業を進めている———


「シェリー、肝臓の硬化と回復薬についての分析結果を教えてくれないかしら」

「ここに」

「うーん。癌は、回復薬や回復魔法では、やっぱり逆効果になるわね。エリクサーなんて、一時的には治っても悪化させるだけだわ」

「それにしても不思議ですね。私のようにホモンクルスという、疑似人間を作れるのに、このような病気に関しての情報が整理されてこなかったなんて」


 シェリーは髪の毛をアップに巻き上げて、赤のタイトスカートに白いブラウス、濃紺のジャケットに黒縁メガネをかけて、空中に浮いた三十冊の分厚い本を同時に読みながら、ヒーナに助言を与えていた。


「ホモンクルスを作る過程は人属の進化の過程を模写しただけなので、臓器についての検証が疎かになってきたのよ。さらに万能薬の存在が停滞に拍車をかけたわ」

とパンツスーツに白のブラウス、白衣を着て、髪の毛はお下げにしたヒーナが答えた。


 そして、賢者の石のペンダントを左手にもって、右手人差し指で、羊皮紙に記録していた。 


 その手を休めて、

「それから、シェリー。私は、貴方を疑似人間だなんて思ったことはないわ。貴方は子供も作れる立派な人属の女性よ」

と少し眉を寄せて、キッパリと答えた。


 シェリーはニコリと笑い

「有り難う。ヒーナ」

と答えた。


「さあ、もう少し進めるわよ。毒との交互作用を教えて頂戴」

「はい、トリカブトには …… 」


   ◇ ◇ ◇


「あー、今日はこれでおしまい。シン王国聖都での診療予定が、急遽変わってくれたお陰で、今日は大分はかどったわ。お腹もすいたし、どお、久しぶりにミソルバ亭に行かない? 」

「そうですね。行きましょう」

「あそこに行ったら、やっぱり、キノコと白身魚の蒸し焼よね。モナ、高速艇を用意して頂戴」

とヒーナは近くにいたモナに命じた。すると口を大きく開け、右手を上げて了解の意思を示した。


「それから、新しい雑貨店ができたのよ。ジェームズには悪いけど、メルからの輸入品が多くて、素敵なものが売ってたわ。小さいガラスの鳥が飛び回るオルゴールとか、空飛ぶ観葉植物とか。今日はもう閉店しちゃってるから、今度行きましょう」

「それは楽しみですね」

とシェリーが、にっこりと笑って答えた。


 その時、


ドドーン

———爆発音———


 腹に響く地鳴りと供に、衝撃波がガラスの窓を振動させた。


「えっ、何? 」

「ヒーナ、直ぐに待避の準備を」

シェリーは、既に戦闘服に着替えて、私に動きやすい上着を持ってきた。そして、瞬時に窓際に移り、辺りを警戒した。


ドドーン


二発目の音


 私は呪文を発して、これまでの医薬に関する資料を地下に移動して保護を図った。


ドドーン


三発目


「誰かが、此所を攻撃しています」

と窓際から戻ったシェリーが教えてくれた。


 なぜ、ここはジェームズのただの工房よ。


「ヒーナ、直ぐに移動を」

とシェリーに促されて、渡り廊下に出たとき、それは見えた。


———巨大な飛空船が、ミクラ湖上空に浮かび、その側面から、こちらに向かって砲撃している———


「何、あれは」

と思わず声を上げたとき、シェリーが瞬間移動で現れて、頭を抑えてくれた。渡り廊下の天井の一部が振動で崩れてきたが、間一髪のところで、シェリーの玄武結界に助けられた。


「此所は、危険です。取りあえず本館の工房に」

と私はシェリーに引っ張られながら、渡り廊下を通って、本館のほうに移動した。


 その間にも大きな爆発音が続いている。


「モナ、迎撃態勢」

と私を伴って、本館工房に滑り込んだシェリーがモナに命じた。


 すると、何時もは植木の手入れや掃除をしているモナ達が、一斉に口を開けて、攻撃してくる飛空船に向かってファイヤボールを発射し始めた。幾筋もの火球が飛空船に向かって飛んで行くが、飛空船の魔法障壁が阻んで、決め手になっていない。


ドドーン、ビシ

ガラスで出来た天井が衝撃波で振動している。


 不味いわね。あんなのを受け続けたら、工房の魔法障壁でも危ないわ。しかし、一体何が目当てなの。ここはただの工房よ。


「ヒーナ、湖のほうから、何か来ます。あれは……」

とシェリーが鞘に収めたエルステラを腰の辺りで構えて、ガラス越しに湖のほうを睨み付けて警告してくれた。


 そして、続けて

「…… あれはエルマーのゴーレム! 」


 シェリーの驚いた声が、より危険な状態であることを告げている。普通の軍隊ならシェリーは全く動じないだろう。しかし、ジェームスから聞いたエルマーの力は、ロッパのどの国の軍隊も比較にならないほど強力だったらしい。


「ここから、直ぐに逃げましょう。ゴーレムだけなら問題は少ないけど、エルマーのホモンクルスがいたら厄介です」

とシェリーが逃げることを提案してくれた。


「ジェームズには悪いけど、そうするしか無さそうね」

と逃げる事に賛成した。


 しかし、直ぐにシェリーは指を口に当てて声を出さないようにと伝えてきた。


 工房の入り口が僅かに開いている。向こう側から此方を伺っている様だ。工房の罠を掻い潜ってくるとは、一体 誰?


 シェリーはエルステラの鯉口を切って、機会を計っている。


「XXXXSSSSXXXX」

「XXXXSSSSXXSS!」


 何か言葉が聞こえて来たが、何を言っているか分からない。いったい何語? 横のシェリーは敵を見定めてようとしているようだ。エルマーのホモンクルスを警戒しているのかも知れない。


 砲撃と魔法障壁がぶつかる音がしている。


 その時、


ガッシャーン


 湖に面したテラスの窓ガラスが破られた、そして、複数の光線が工房の中を走る。シェリーと私は、咄嗟に壁のほうに移動した。


 工房の入り口の扉は、バンと大きな音をたてて開け放たれ、外に居た何者かが侵入してきた。まさに 前門の虎後門の狼。窮地に立たせれた。


 どうするか、シェリーだけなら脱出は簡単だろう。私はこんな時は足手まといになる。死ぬかもしれない。昔、ヌマガーの手下のカービン・クロファイルに誘拐されたときのことが頭を過る。刃物で手足の腱を切られる痛さ。腕を貫かれる痛さ。それが手足に蘇り、思わず摩ってしまう。

 シン王国王都が異常を察して軍を送ってくれることを願うしかない。最高司祭様や双子の聖霊師様は異常を察していると期待したい。


「ヒーナ、様子が変です。後ろと前の敵が交戦し始めました」

 

 確かにエルマーのゴーレムの光線は、工房の入り口に集中し始め、そして、その侵入者は応戦している。


 これはどう言うことなのか、全く分からないわね。工房の入り口側の侵入者は、何か棒の様なものを構えて、エルマーのゴーレムを撃っているようだわ。魔法具みたいね。


 おや、侵入者のうち数人が、中央階段の脇にある書庫のほうに移動している。あそこには、オクタエダル先生の蔵書やジェームズの幾つかの設計図があるが、それが目当てなのかしら。


 こうしているうちにも、エルマーのゴーレムの攻撃が増えてきた。彼方此方が被弾して壊れていく。さっきも壺の破片が頭の上を横切った。シェリーは私の側にいて、飛び散る破片から玄武結界で私を守ってくれている。シェリーが発する結界は、破片の軌道をづらして、あらぬ方向に飛ばしていく。


 書庫の方から大きな稲妻が走った。錬金術の扉を無理矢理壊したのだろう。


「ヒーナ! 」

とシェリーが声をかけたかと思うと、エルステラがゴーレムに突き刺さっていた。


 ゴーレムが部屋の中に侵入してきたようだ。モナ達が侵入したゴーレム数体ににしがみ付き、体重を増加させて、押さえ込んでいる。しかし、侵入してくるゴーレムの数は増える一方だ。


 シェリーのゴーレムに対する一撃に、工房入り口の侵入者の一人が気づいたようだ。そして、私達に接近するゴーレムを撃ち始めた。敵なのか味方なのか分からない。

 シェリーは徐に立ち上がり、飛んでくる破片やゴーレムの光線をハエでも払うようにエルステラで弾きながら、

「あなた達は誰ですか? ここをジェームズ・ダベンポートの工房と知っての狼藉ですか? 」

と問い詰め始めた。


 そして、そのシェリーの様子を見て、侵入者は明らかに驚いた様だ。


「XXXX? XXXXX」

「ああ、失礼、ヒーナさん、シェリーさん、お二人は居ないと思っておりました」

と一人の女が爆発音にかき消されないよう声を張り上げた。そして光線を避けて魔法具を使って牽制している。


 続けて、

「取りあえず私達の方へ。どうかお願いします。今は信じてください」

 

「XXX! XXXX%」

「XXX」


 他の侵入者が会話に割り込んだようだ。


「流石のシェリーさんでも、ヒーナさんをあの砲撃から守り切るのは難しいと思いますよ」

と同行を促してきた。


「シェリー、行きましょう。私は貴方を信じているわ。でも、私が貴方の足枷になるわ。ここは一旦、あちらに行きましょう」

「でもヒーナ、もう少ししたら、聖都からサルモス様が来るはずです。もう少し、私が頑張れば」

とシェリーは私の方を向いて、見てもいない光線をエルステラで弾きながら励ましてきた。


「エルマーの手下のシャーゲッツは、高熱線砲を準備しています。ああ、光り消滅魔法です。シェリーさんでも避けられません」

と私達に行った後、

「XXX%XCCC」

と他の侵入者が、その女に何かを言っている。


「シェリー、行きましょう」

私は渋るシェリーに対して、この侵入者達と行くことを促した。


「分かりました。ゴーレムの数が増えてます。背後を守るので行ってください」

「シェリー、いつもありがとう」


 私は頭を低くしながら、中央階段を這っていくように登っていく。後ろには玄武結界とエルステラで敵の攻撃を躱すシェリーがいた。


 ゴーレムの数が一段と増えた。工房の扉は、もう吹き飛んで無い状態だ。それでも、何とか、外に出ると、かなり離れた所に侵入者達の飛空船があることが分かった。


「あそこまで走ります」

と女が大声で言った。


 ゴーレムの攻撃はさらに激しさを増し、侵入者達の数名が斃れていく。


 するとシェリーは、

「ヒーナ、ゴーレムの数が多すぎるので、少し足止めします。大丈夫直ぐに追いつきますよ」

と私に言ってきた後、

「ヒーナ様をよろしくお願いします」

と侵入者の女に話をした。


 それに対して、

「しかし、光り消滅魔法では、貴方でも …… 」

とその女は言いかけたが、シェリーは私をその女に押しつけて、

「早く」

と言った後、瞬間移動でゴーレムの真っ只中に移動した。次々に光りの輪が現れ、一閃するごとに、数体のゴーレムの首が宙を舞った。ヒーナのほうに光線が発射されれば、その先に瞬間移動してエルステラではじき返した。


   ◇ ◇ ◇


 私は、何とか飛空船ににたどり着き、侵入者たちに促されるまま、タラップに足をかけた。

「シェリーは? 」

と私を先導してくれている女に聞いた。

「後ろを見ないで、光りが来ます」


 強烈な閃光が背後から射した。後ろを向いたら、目に損傷を与えるだろうことは理解している。しかし、そんな事など、どうでも良いと思わせるほどの不安があふれだし、

「シェリー、シェリーは? 」

とまだ光りが止みきらないうちに後ろを向いてしまった。

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