第七話 息抜き


 僕たちは、アルカディアの調査を終えて、シン王国の工房に戻る道すがらの宿屋で一泊して行くことにした。何時も利用している宿より安いが、一階は酒場になっていて飲むには丁度良い。

 それにしても、分からない事ばかりだ。アルカディアの再興で頭が痛いのに、エルマーの奴らやメル大陸の奴らが、他人の大陸で勝手に戦っている。それもアルカディア跡地でだ。奴らは証文石の部屋で何を探していたのだ? 僕が分からない古い魔術を使い何をしていたのだ? 


 えーぃ、酒だ、酒。 


「アーノルド、もう一杯」

と僕はジョッキをアーノルドに差し出して酒を要求した。


「おう、あるじ、そうだ。飲んで忘れちまえ。いろんな事を頭に詰め込むと、そのうち禿げて爆発しちまうぞ。さあ、飲め」

とアーノルドが小さい酒樽を持って、酒をついでくれた。


 しかし、これは中々旨い酒だ。芳醇でするすると入っていく。


「アーノルド、この酒は何だい? 旨いな」

と言うと、空になったジョッキにアーノルドが注ぐ。


「これは、タック麦で作った蒸留酒だぜ。あーん、酒樽によると3年物だな。名前は爆弾娘。口当たりは良いが、後が怖いってやつよ」

「ふーん、後が怖いって、どう言う意味なのら」

何か、気持ちが良いぞ。


「そりゃ、飲んで見なけりゃ分からないって事よ。さあさあ」

と空になると注いでくれる。身体が熱くなってきた。


「ぼかぁね。アーロルド、みんなの期待に応えたいですよ。ですよ。ウィッ、でもね、ぼくにだって出来ないことがありますよ。あります」

なんだか、気分が良いぞ。


「そうだな。でもよあるじは、俺なんかより、ずーっといろんな事が出来るぜ。あるじが出来ねぇことは他の誰にも出来ねぇってことよ。だから気にするな」


「ハハハ、そうさ、きっとそうさ。でもな、皆が幸せになるにはら、やらにゃキャいけないです。です」


眠いでーす。


   ◇ ◇ ◇


あるじあるじ、もう酔ったのか? まだ、四杯だぞ。まあ、学生の頃から弱かったからな」

と俺は自分で注いで一杯煽った。


「なあ、あるじよ、学生のころ、ヒーナとシェリーと俺とあるじで飲んだよな? いつも一番先に酔い潰れるのがあるじで、最後まで残ったのは、女達だった。ヒーナが言っていたけどな、シェリーは最後まで素面と変わらなかったってさ」

ともう一杯、手酌で注いだ。


「その頃は、俺とシェリーは、何時も張りあっていてけどな。いい思い出だぜ」

と俺はあるじの肩を揺すってみた。


「もう、のれません」

あるじは顔を伏せたまま呟いた。


「それを言うなら、乗れませんじゃなくて、飲めませんだろ」

 

 酔い潰れたあるじを前に一人飲んでいると、この店の親父が近づいてきた。


「なんだい、男になんか用はねぇぜ。宿代と酒代はもう払っているだろう? 」

「いえ、あちらのお客様からの差し入れです」

とグラスを置き、見るからに高級そうな酒を注ぐ。


「あちらだ? どちらだい?」

「カウンター席にいらっしゃるご婦人からです。英雄のアーノルド・カバレッジ様に是非にと」

 

 そこには、大きく胸元が空き、横に深いスリットの入ったドレスを着たキャメル色の髪の女が座っていた。カウンター下では窮屈そうに見える長い足を組んで、此方を見て、グラスを上げている。


「うん? シェリー、売られた喧嘩は買わなきゃ行けねぇよな」

とつい独り言が口からでた。


「おい親父、あるじはこのままにして置いてくれ。しばらくしたら目を覚ますだろう。俺は …… 手合わせに行ったとでも伝えてくれ」

と少し身なりを整えて、髪の毛を手ぐしでかき上げた。


 そして、注がれたグラスをアマダンタイトでできた左手に持って、席を立った。


「いやー、お嬢さん。英雄の話聞きたいのかい? 」

と俺は、女の横の席に座り、持ってきたグラスを前に掲げて、わざと女を見ないように語った。


 我ながら、決まった


 ん? 返事が無いな。英雄と飲めて、声が出ないほど感激しているのか? 


「さあ、先ずは自己紹介からだ。知っての通り、俺は ……」

と女の方を向くと、


向くと、また、仰け反って、


「ごめんなさい」

と言って、そそくさと出て行ってしまった。

「あっ、おい、君」

俺は、しばらく右手を上げたまま止まった。手首には、プロミスバンドが輝いてる。


「お客さん、一杯如何ですか。おごりますぜ」

と店の親父がグラスを磨きながら声をかけてきた。


「アア、頼む」

と俺はカウンターに座り直し、親父が注いだカクテルを手に取った。


 シェリー、いや、ヒーナだな、きっと。呪いをかけやがった。まあ、しょうがねぇか。


「ふふふ、はははは」

「お客さん、振られたのに楽しそうだですね」

と親父はグラスを磨きながら聞いてきた。一体この親父は何個のグラスを磨いているんだ?

とは口に出さずに、


「俺の恋女房が駄目だってよ」

と左手の指輪を見せて、グラスを煽った。

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