第六話 第三の勢力

 辛うじて残っていた大図書館塔が、さらに破壊されている。これは、賊の仕業などという物では無い。軍隊が侵入してきたとしか思えなかった。


 その被害状況を横目に見て、エルメルシア軍駐屯地のレイジを尋ねた。

「お呼びだてして、申し訳ありません。早速で恐縮ですが、こちらにいらしてください」

とレイジが何処かに案内してくれるようだ。


「此方の死亡者はおりません。負傷者は、軍付きの看護師のお陰で快方に向かっております」

とレイジが道すがら教えてくれた。


 ヒーナは医薬・外科手術の体系化をする傍ら、各国の王都に診療所や病院の開設し、国を超えた医療体制を整えた。各国の軍のうち、中隊以上の軍には看護師がついて、負傷者を看病するようになっている。


 彼女曰く、

「デーモン王の動乱で、皆、医療の大事さがわかったのよ。だから、ちょっと言えば、各国の王様たちは直ぐに作ってくれたわ」

と事もなげに答えたことがある。我が妻ながら、大した者である。


 兵士達が寛いでいるテントを幾つか通り過ぎて、少し離れたところの天幕の前で止まった。


「此方です」

と言いながらレイジは幕をたくし上げた。


あるじ、これは」

とアーノルドが言葉を発した後、黙ってしまった。


「ああ、僕も驚いた。三ツ目のゴーレムだ」


 それは、エルマーの城にいたゴーレムその物だった。五体のゴーレムが首と手足を切り離された状態で横たわっている。そして、胸の辺りに穴が開いている。


「ここにあるのは比較的、原型を留めたものです」

「他に何体くらいあった? 」

と僕は自分の頬に手を当てながら聞いた。


「他に二十体ほどありました。それから、こちらをご覧ください」

とさらに奥の方に誘ってくれた。


「魔法で、冷凍にしてあります」

と指し示したのは、氷付けされた魔狼だ。しかし、頭と足がゴーレムの様に金属で出来ている。


「この穴 …… あっちの三ツ目にも、此奴の頭にもある、穴が致命傷だろう。しかし、この穴の武器は?」

とアーノルドは武術家らしく、倒した方法に着目したらしい。


 確かに、剣ではない。弓のようでもあるが、金属を貫けるのは僕のコンパウンドボーの時空矢しかない。しかしこの穴の開き方はちょっと違う。


 アーノルドはゴーレムの所に戻り、胸を触って観察している。あまり見ない光景だ。


「レイジ、ちょっと、お前の槍を貸してみろ」

と一体のゴーレムの残骸を柱に立てかけて、レイジに槍を持ってくるように言った。


 レイジの槍は、元はレイジの父、レオナ・クライムの物で、兄上から下賜された物だ。材料はシェリーのエルステラと同じ、石化した千年聖霊樹で出来ており、他のどの金属よりも固く、そしてしなる性質を持っている。レイジの槍は最初シン王国の職人の手で作られたが、戦後、僕が錬金術の紋章を刻み込んで強度を増した。


「兄貴、槍では此奴には歯が立ちません。間接部分を貫くのがやっとです」

と話してくれた。


 しかし、アーノルドは黙って、レイジから槍を受け取ると、立てかけたゴーレムの前に立った。槍を構えて、一歩左足を踏み込んだ。そして、目にも留まらぬ早さで槍を突き出した。


ガツ

と鈍い音がした。


 槍は、三ツ目のゴーレムの胸板に深く突き刺さり、貫通していた。


 そしてアーノルドは槍を抜き、また、その穴を手で触る。


「やっぱり、違うな。槍の穴じゃねぇ。おっ、これは何だ」

と触っているうちに何かが転がり落ちたようだ。


 アーノルドは何事も無かったかのように、槍をレイジに返すと、転がり落ちた物を僕に見せてくれた。


 潰れて、変形した鋼鉄の玉。


「魔法で石を飛ばす方法を、ヌマガーが得意としていたけど、これはもっと高速に飛ばしている様に思うな」

と変形した玉を右手に取って、観察しながら答えた。


「レイジ、戦闘状態ことを詳しく教えてくれないか? 」

と僕は、先ほど、アーノルドが開けた穴を手で触り、ため息をついているレイジに声をかけた。


 アーノルドは、

「おい、レイジ、あるじが聞きたいってよ。俺も聞きたい」

としょんぼりしているレイジを怒鳴るでも無く、普通に声をかけて肩を抱いて揺らした。


 ゴーレムが置いてある天幕を後にして、レイジのテントに戻ったが、それから毎朝、その天幕から、何かがぶつかる音がしたのは言うまでも無い。


   ◇ ◇ ◇


 レイジの天幕に戻ってお茶をもらい、話を聞くことにした。


「最初、跡地で爆発音がして、私と二小隊で駆けつけました。すると、ゴーレムが証文石の部屋の入り口に向かって光線を発射したり、あの変な魔獣が攻撃していたんです」

「攻撃していた対象は、入り口の扉? 」

「いえ、入り口に別の部隊がいて、そいつらと戦闘状態になっていたようです。私が近づいていくと、入り口にいた部隊から音がして、ゴーレムや魔獣が次々に倒れていきました」


 僕は、お茶を口に含み、ユックリと飲み下してから、

「その部隊は、何処かの国の軍隊だった? 」

「服装は普通の商人の物でしたが ……」

「でしたが? 」

「話している言葉が全く分かりませんでした。私も各地に赴いていますから、何処の言語かくらいは分かるつもりでしたが、聞いた事がありませんでした。さらに持っていた武器が変な形で、そう、箒様な形です」

とレイジは席を立って奥から、箒を出してきた。


 そして、柄の部分を前にして、房の部分を脇に挟んで、

「この柄の部分から、バン、と音がすると、ゴーレムが倒れていました」

「君たちと、そいつら、えーっと、入り口に居た部隊とは、戦闘状態になった? 」

「一人が、その変な武器を向けてきたのですが、指揮官らしき人物が頭を叩き、静止したように見えました。そして、発光魔法で辺りが見えなくなって……」

「そいつらは、追跡妨害の魔法を使ったのですね」

「はい。多分。ただ、優秀な斥候を放ってあります」

「なるほど。有り難うレイジ。では大図書館塔跡に行ってみよう」


 エルマーと敵対する勢力があるのか。でも何故、アルカディアの証文石の部屋に入ったのだろうか。僕は、色々な想像を巡らしながら、アーノルド、レイジと供に大図書館塔跡に向かった。


「ふむ。此所で、火炎魔法が行使されているのは確かだけど、見慣れない真名紋だな」

僕は、魔法残滓を見る装置で確かめながら、真名紋を羊皮紙に転写した。


「姿くらましかに、追跡妨害、空間干渉に、それに音消しか」


 レイジが小刀を取り出して、壁をほじくっている。

「ジェームズさん、この壁にも、変形した石が埋まっています」


「どれどれ、これは、聖石だ。魔族、魔物には効果があるだろうな」


「それから、あっちの雑木林に血痕があります。」

とレイジは、少し離れた雑木林を指差して教えてくれた。

 

「もう大分乾いているけど」

とアーノルドに聞いてみた。彼は狼属の血を引いているので鼻が利く。


 アーノルドはしゃがみ込んで、黒く変色した土を一つまみ取って、匂いを嗅いだ。

「ちげえねぇ。大量の血だ。多分、二人分だな。この地面の筋と足跡からすると、肩に背負ってひきづったって所だろう。引きずられた方は、普通の人属なら死んでいるな」


「この先は、追跡妨害の魔法で、足跡が途絶えているね。レイジ、斥候は、この血痕に気づいた? 」

「気づいてます。多分、血のにおい手掛かりに追っているかと」

「よし。次は証文石の部屋に行ってみよう」


   ◇ ◇ ◇


「駐屯部隊の魔法使いにも見せたのですが、全く異常は無いように思うとのことです。如何でしょうか? 」

とレイジが手を広げて部屋を見せるかのうように説明した。


「この部屋は自動修復してしまうから見た目には分からないだよ。さて、魔法残滓を見てみようか」

と装置を出して作動させると、過去に行使された魔法陣が現れた。


「僕がこの前、ここで試したのが、これで、これは新しい魔法残滓だ。古いのと重なって、よく分からないけど、侵入者が使った魔法は …… 」


 僕はここで、息を止めてしまった。そして自分でも分かる程大きな声で、

「六芒星の魔法陣だ」

とつい叫んでしまった。


 レイジはその声に驚いた様だが、アーノルドは耳を穿りながら、

あるじ、六芒星の魔法ってのは、そんなに珍しいのか? 」

「今は、すべて八芒星の魔法陣なんだよ。六芒星は古い魔法で、大昔の魔族が使っていた魔法陣なのさ。アルカディア再興の鍵だと思うけど、この魔法陣を描く呪文が分からないだよ」


「へー、そうなんだ」

とアーノルドは感心があるのかないのか、気のない返事をした。


 それにしても、侵入者はここで何をしていただろうか。何故、古い魔法の呪文を知っていただろうか。レイジからの話では必ずしも敵では無さそうだが、その侵入者が使っていた武器も気になる。

 アルカディア再興の悩みは違う方向に進み始めた。


   ◇ ◇ ◇


 僕たちは、駐屯地の一つの天幕を利用させて貰った。レイジには気を遣うなと言ったのに兄上や上級士官が使う天幕に案内されてしまった。


「ジェームズ様、あっ、さん。斥候が戻ってきました。お通ししましょうか」

とレイジが声をかけてきた。


 僕は、ロッパにある四つの雑貨屋の収支報告書から、目を上げて、

「了解。お通しして」

とお願いした。


 今、僕の経営している雑貨屋は、エルメルシア、ファル、シン、そして復興したミソルバ国にある。錬金術を応用した生活必需品が主な商品だ。本店はファルからエルメルシアに移して、ホモンクルスのトムに経営を任せている。


 しばらくすると、レイジが、軽装の女性兵士を連れてきた。謁見のために作られている広い天幕なので、随分と遠い。


 固くなって、敬礼しているので、

「僕には、敬礼は不要だよ。状況を教えてくれないか」

となるべく気さに振る舞うようにして聞き始めた。

 

「はっ。此所より、北東に小さな谷があります。そこまで、匂いによる痕跡を追いました」


 その斥候は少し上ずった声で答えてくれた。よく見ると耳が上に尖って毛で包まれている。犬属か、狼属の血を引いているだろう。アーノルドより血が濃いようだ。鼻が利くのもうなずける。


「谷には、侵入者のキャンプがあったのかい? 」

と会話を促すように聞いてみた。

「いえ、飛空船がありました。丁度乗り込んで離陸するところでした」

と彼女は答えた。


「飛空船の国旗はどこの物だった? 」

「いえ、国旗らしき物は何処にも見当たりませんでした」


 国を隠したか。しかしエルメルシアのものより大きい? 兄上の相談役に退いたマリオリさんが、将来必要になるからと進言したのが、飛空船の建造だ。マリオリさんは、もう政治にあまり口を出さなくなったけど、この件だけは強行に主張したらしい。だから、メルの飛空船を参考に同程度以上の物を作った。僕も開発に加わったから、規模や性能についてはよく分かっている。決して他国に負ける物では無いと思うのだが。


「侵入者達の会話とか聞いたかい? 」

「少し、聞き取れましたが、残念ながら、内容は全く分かりませんでした。聞き覚えのない言語でした」


 うーん。斥候は、普通の人の倍以上の聴力も持っていて、かなり遠くから正確に会話を聞き取れる。優秀な者は各国の言語にも精通して母国語のように会話することもできる。階級を見ると一級の斥候らしいから、聞き覚えがないと言う事は、ロッパの国では無いと言う事だろうか。


 高度な飛空船、ロッパにはない言語。指し示すのはメル大陸。しかし、メル人が、何故アルカディアを気にするのか。

 僕の頭の中で色々な思いが駆け巡った。


   ◇ ◇ ◇


あるじよ。やっぱり変だぜ」

「侵入者が変なのは、よく分かるよ。侵入者はロッパ人じゃない気がする」

「いや、それは、あるじに任せる。そうじゃなくてだな」


 アーノルドは言葉を切って、少し近づいてきて、


「さっきの斥候、プラン・ミリクレイって名前なんだけどな。ちょっと声をかけたんだよ」

「えー、そんな事して、シェリーの耳に入ったら、百万回腕立て伏せじゃ済まないよ」

あるじ、俺を誤解しているだろう。そうじゃなくて、あの足運びからして、レイジくらいの使い手とみたわけだ。それで、力量を測ろうと思って、手合わせを申し込もうとしたわけよ」

とアーノルドは顔を近づけてきた。


「そしたら?」

「仰け反って、『ごめんなさい』と言って逃げやがった。宿屋の給仕と同じように」

「何か、怖い顔したんじゃないの? 」

「えっ、そ、そんな事はねぇはずだ」


 僕は笑顔だけ返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る