第三話 ジェームズの悩み
どうするか? どうやるか? 僕に解けるのか?
この数ヶ月、僕は一人になると、こうして何度も自問した。しかしその問いは、砂漠に降る小雨のように消えてなくなり、答えは …… ない。
オクタエダル先生が、アーノルドを通して、僕にアルカディアを再興せよと宿題を出してきた。そして、その話は何処からともなく市井に広がり、「オクタエダルの『できすぎた弟子』なら、きっと、あっという間にアルカディア学園都市を復活させて、往事の姿を取り戻してくれると噂が広がっている。流石に先生たちは、そのような事を僕に面と向かって言うことはないが、ヒシヒシと再興を願っていることを感じる。
「しかし、事はそう簡単ではない」
と僕は、ミクラ湖の向こうの山に沈む、初秋の夕日を見ながら、一人呟いた。
半年前、ミクラ湖畔の工房の書庫から、アルカディア学園首都の図面を持ち出し、改めて見直した。ユニコーンの羊皮紙に錬金陣と呪文らしきものが重なり合って書かれているだけで、とても建物の設計図には見えない物だった。そして呪文が暗号化されていて全く解らなかったが、証文石の部屋に行けば、何か解読の方法があるだろうと高をくくっていた。
◇ ◇ ◇
「兄上から聞いてはいたが、酷い状況だな」
と僕は、学園首都だった所が見下ろせる丘の上から、雑草が生い茂った盆地を眺めて呟いた。
「王弟陛下、今、雑草を刈らせております。今しばらくお待ちください」
と横で敬礼しながら若い将校が答えた。
答えてくれたこの若者は、兄上の親友の忘れ形見のレイジ・クライムだ。父親譲りの武術の才能があるので兄上が取り立てた。アルカディア学園首都跡地の管理のために派遣されたのだろう。
僕は、レイジの方に向き直り、
「王弟陛下って、止めて欲しい。僕は一介の錬金術師で、雑貨屋の主人だ。ジェームズで良いですよ。お願い」
とお願いした。
「しかし、王弟陛下は、かのデーモン王の動乱を収拾された英雄であらせられ、 …… ぐへ」
と釈明していたレイジが突然、息を詰まらせた。
「おい、レイジ、
とアーノルドは、レイジを挟んで反対側に涼しい顔をして、腕を組んで立っていた。
アーノルドは抜き打ちの調練を仕掛けたようだ。
「そうですよ。レイジ」
と今度はシェリーが瞬間移動で、アーノルドの横に現れた。
「兄貴、シェリー姉、お久しぶりです」
と武術家がする礼をして答えていた。
今、このロッパ大陸には、三傑と呼ばれ武術家がいる。このアーノルドとシェリー、そしてもう一人が兄上の王妃、ケイ・ダベンポートだ。ロッパ中の武術門の老師、アルカディアの老師も一目置く達人と目されている。レイジは、その三人から武術を習っているが、まだまだの様だ。
「ジェームズで良いから」
とレイジの肩に手を置いて、顔を少し近づけて諭した。
「は、はい。ジェームズ……様? 」
とレイジが答えてきたが、僕はクビを振って、
「ジェームズさん」
と暗に訂正を促した。レイジは頷きながら、
「ジェームズさん」
と答えた。
僕は、盆地を指さして、
「モナに刈らせよう。その方が早い」
とレイジに聞こえる様に言った後、乗ってきたコロン車から、膝の丈ほどの縫いぐるみのようなゴーレム達を出して、草を刈るように命じた。
そうそう、小ゴーレムという名前は可愛くないので、モナと言う商品名にした。ファル王国のメリエ王女とミソルバ王国のエレーナ王女が付けた名前だ。そのためか好評なのだが、これも僕の頭を悩ませる原因の一つだ。
「さあ、お茶でもしようか」
とレイジを誘おうとしたら、もう既に二人の師匠を前に調練を申し出ていた。武術家とは、三度の飯より、手合わせが好きなのだろうな。
◇ ◇ ◇
———刈った草の匂いが、むせ返るほどに立ちこめている。往事の賑わいを主張する細やかなレリーフが施された、大きな岩が其処彼処に転がって、中央付近の砕けた塔が、大図書館塔の面影を辛うじて残し、ここがかつて麗しのアルカディアと呼ばれた場所であることを示している———
「ジェームズ、如何かしら。証文石の部屋は …… あら、何だったかしらね」
と後から追いついてきたレン老師が、僕の所にやって来て、すぐに首を傾げた。
証文石の部屋は、学園首都陥落時、レン老師とマリオリさん達によって、緊急時の手順に従って絶対封印された。条件に合う者以外に開けることは出来ない。そして絶対封印の呪文には、忘却の術も含まれているので、近づくと自分が何しにやって来たのか解らなくなってしまう。
「ああ、ちょっとお待ちください」
と僕は、小石を拾って、錬金陣を顕現して、即席の術避けのお守りを作った。
それを差し出して
「これをどうぞ」
と老師に勧めた。
「ああ、有り難う。そうね。忘却の術が掛かっているのね」
と老師は言いながら、小石を懐にしまった。
「老師、今からこの辺りを歩きます。何処かで謎かけが発せられると思います」
と言った後、僕は、大図書館塔跡の周りを歩き始めた。
歩き始めて、数十分後、
”汝、儂の言葉を知る錬金術師か否や? ”
と思念が頭に入ってきた。
このフレーズは、何処かで見たことがある。ああ、ミクラ湖畔の工房の書庫の入り口だ。元々、ミクラ湖畔の工房は、故オクタエダル先生の持ち物で今は僕が引き継いだ。そして、その書庫で学園首都の設計図を見つけたのだ。
以前やったとおり、頭上の賢者の石を顕現させて、
「我、錬金術師ジェームズ・ダベンポートが命ずる。次の言葉を照合せよ。混沌は、陰と陽に分かれ、陰陽から水、風、火、土が生じ、残りし陰と陽は聖と魔に分かれる」
すると、何も無かった空間に光の線が入り、それが広がって入り口が現れた。
「レン老師、開きました」
と大きな声でレン老師を呼んだ。
◇ ◇ ◇
長い螺旋階段を降り、笑っている脚を抑えながら
’帰りは昇降機を直すぞ’
とその時は、余裕をかましていた僕だが、証文石の部屋を調査し始めて数時間がたったところで、次第に解らなくなってきた。
何も無い。
壁は、乳白色の鉄のような木のような材料で、記号の一つも無い。隠し扉になっていないか、手を何度もなすりつけたが全く解らない。
ここも呪文なのだろうかと、先ほどの言葉を発してみるが、変化は何も無い。
そして、中央付近の鎖で仕切られた空間に近づくと、
「そこは、入ると即死すると言われています。私には錬金術師の貴方に、それ以上言うことはできませんが、慎重に調査するのが良いと思いますよ」
とレン老師が警告してくれた。
僕は、忘却術避けに持っていた小石を柵の中に投げ入れた。すると鋭い光を放って跡形も無く、塵も残さず消えてしまった。
「なにか、高エネルギー体の通り道のようだ」
と少し後退りながら、つい口に出して呟いた。
◇ ◇ ◇
あれから、しばらく格闘したが図面の暗号を解く鍵は見つからなかった。壁の部分を少し破壊してみたが、すぐに自己修復してしまう。床も天井も全く同じだ。シェリーと一緒に様々な術式を計算して錬金陣を出してみたが全く反応しなかった。
「甘く考えすぎた」
と僕は、部屋の中で大の字に寝転がって、天井を見ながら呟いた。
そして、小さな子供の様に寝たままゴロゴロと転がって、壁まで行き、そこで壁にもたれて片膝を立てて座り、中央の柵の部分をボンヤリ見た。
六本のポールが丸く配置され、その間を鎖がつないでいる。
あれ、珍しいな。アルカディアでは、象徴的に八を使う。これは、錬金術の世界観が正八面体だからだ。水、風、火、土、そして聖、魔の六元素を頂点とする正八面体が、この世界を表していると言う思想だ。
よく見るとこの部屋、六角形だ。白い壁だったので解らなかった。
「うーん、六か」
正八面体は、面は八つだが、頂点は六つ。つまり世界の表し方として六でも良い。実は、古い魔術は六を象徴的に使い、魔方陣も僕たちの八芒星に対して、六芒星で描く。
古い魔術か。
僕は、徐に魔法残滓の真名紋を見る装置を出し、作動させた。
すると過去にこの部屋で使われた魔方陣が重なって現れた。一部は、さっき、僕がシェリーと試した術式だが、明らかに部屋の壁の継ぎ目を頂点とした魔方陣が見えた。それも何度も同じ古い魔術が使われている。そして、多くの術者の中にオクタエダル先生の真名紋があった。
———真名紋とは、魔法を使った後に残る魔法残滓にある術者の真名を表す模様。指紋のように、模様から真名を割り出すことは出来ないが、真名紋は術者一人一人異なり、術者を特定することが出来る。魔法残滓の真名紋は、ジェームズが発見し、既に事件の捜査に活用されて、これまで迷宮入りだった魔法による犯罪を解決に導いている———
オクタエダル先生もここに来て、古い魔術の呪文を使っている。その呪文がこの部屋の秘密を解く鍵だろう。しかし、何の呪文なのだろうか。この魔法残滓の魔方陣は見たことがない。
半歩進んだが、また、止まった。
◇ ◇ ◇
———トワイライトタイム。ロイヤルブルーの空に山々の稜線が浮かび上がり、遠く、シン王国教会聖都の光が美しく浮かび上がる。空にも星々が輝き始め、湖の聖素を多く含んだ水もキラキラと青い光を放つ———
奇跡のような美しい景色は、見ている目に映らず、虫たちのその生命を謳歌している鳴き声は、聞いている耳には聞こえなかった。
古い魔術までは突き止めたが、その後全く進展しなかった。仕方なく、ここミクラ湖畔の工房に帰ってきたのだ。
大きすぎる期待と、それに応えられないもどかしさ、そして、出来ない事への焦りと重圧。暑くも無いのに出る冷や汗。こうすれば良いのだと決心しても考えが堂々巡りし、眠れない日々。僕はこんな気分になったのは初めてだった。
「なあ、
と足音を立てること無く、アーノルドがやって来て声をかけてくれた。武術の達人は足音が殆どしない。
「アーノルド、有り難う」
と僕は振り返らずに答え、自分の足下を見た。
「アルカディアで、ヒーナが掠われた時みてぇに、一人で考えるなって」
とアーノルドは、僕の横に立ってシン王国教会の塔に灯った光を眺めながら呟いた。
「アーノルド、君にはいつも助けられる」
と暗くなった足下の砂を少し蹴りながら答えた。
「ヒーナもシェリーも心配しているぜ」
と首を回して、アーノルド自身の肩越しに後ろを見ながら答えた。多分二人も後ろで心配そうに見ているのだろう。
「悪いことをした。みんな有り難う」
と僕はぼそっと呟いた。
「ところでよ。明日は面接だろう? 錬金術師の。シェリーが打ち合わせしたいってよ」
とアーノルドが、リストを出してくれた。
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