第四話 事務仕事

「シェリー、あと何人だい? 」

と僕は、机にうつ伏せになって聞いてみた。


 最近、錬金術を応用した生活用品が売れて品薄状態だ。デーモン王の動乱のあとの復興景気ってやつだ。一方で、僕はアルカディアの再興で手が回らない。


 この所、経営を任せているトムからは、 

「ご主人様、今です、今! この好景気のうちに事業を拡大するべきです」

と言って、雑貨品をもっと作れと言ってくるのだ。


 どっちが主人か分からない。


 それで、生活雑貨を作ってくれる錬金術師を応募した。今日は既に十四人を面接したけど、二人くらい、まあまあで後は、今ひとつ人物ばかりなのだ。


 中には、ファイアボールも出せない錬金術師もいて、申し訳ないとこっちが謝って、ご退出して貰ったときもある。


「あと、五人です」

と髪の毛をアップにまとめ上げて、黒縁眼鏡に濃紺のジャケットとタイトスカート、ハイヒールを履いた、いかにも秘書という感じのシェリーが答えてくれた。


「さっきみたいに、空気壁をリクエストしたのに、地面に穴を開けて、自分で落ちちゃう様な人属はいないよね」

と片肘をついて頭をのせてシェリーに聞いた。


「さー、それは分かりません。ご主人様の眼鏡にかなう錬金術師はなかなかいないと思います」

と眼鏡をクイっとあげて、答えてくれた。


’シェリー君、君の目、悪いわけないはずだ。なんで眼鏡なんか掛けているだ? ’

と心の中で思った。


 それは口には出さずに、

「じゃあ、次を呼んでくれ」

と椅子に座り直し、簡単に服の皺を伸ばして呼び入れるように頼んだ。


 ちょっと癖のある髪の毛に丸い顔、そばかすが、まだ残っている男の子が入ってきた。何かおどおどして、頼りない感じだ。


 シェリーがその子に椅子に座るように促した。


「ジェ …… ジェフリー・マレッシュです。十九歳です」


 えっ、十九歳なの? と思ったが、まあ、ロッパには色々な種族の混血がいるからな。子供のような大人もいるかも知れない。その代表は双子の聖霊師様と最高司祭様たちだけどね。


「そう、君の履歴書を見ると、鉱物変換が得意らしいね。一つ何かやってみてくれないかな」

とお願いした。


「あっ、はい。では、ここで金属を作ります」

と言った。


 へー、本当の錬金術だな。でもここでは、変換対象の素が少ないから、金属質の物を作るのは難しいぞ。おや、それでも錬金陣を出したね。あまり大きくは無いけど、しっかりとした正確な錬金陣だ。確かに変換式だね。


 すると、ドカっと音がした。


巨大な岩が、床をぶち抜いた。金属? 鉄鉱石のようだ。


 するとジェフリーは、

「あっ、申し訳ありません。穴を開けてしまいました。申し訳ありません」

と何度も謝ってくる。


「いや、良いんだ。大丈夫だから。じゃあ、次はお願いしていた、製品を見せてくれないかな」

と、僕は、頭を床に付けそうな彼に声をかけた。


 そう、僕の代わりに錬金術を応用した生活雑貨を作って貰わなければならない。だから、面接の時に何か持ってきて欲しいと受験者にはお題を出している。


 それで、ジェフリーが出してきたのが、手のひらに乗る四角い箱のようなもの。


「これは何だい? 」

「音楽を奏でます」

「楽器? 」

「いえ、楽器ではありません」

と言うとジェフリーは、箱に向かって

「クレイトン交響曲第四番第一楽章をフルオーケストラで」

と話しかけた。


すると、


🎶 🎶 ♫ ……


と部屋の中で大音響が鳴り響いた。


 おお、本当にオーケストラの前で聞いているようだ。部屋のあっちこっちで光りの波紋が出て音が聞こえる。箱から音が出るのではなく、空気を直接、振動させているだね。


「うん、良いね。僕はこれは良いと思う」


一人は決めた。


   ◇ ◇ ◇


「ご主人様、お疲れの所、申し訳ありませんが、トムから至急の稟議書が回ってきています」

と採用した四人の錬金術師達に製品の製造方法の説明を終えて、ホッとしているところにシェリーが書類の山を持ってやって来た。


「げっ、多いな」

「ご主人様がアルカディアに調査に行っている間に溜まった物です」

とシェリーは事もなげに答えた。


「シェリーさ、ささーっとやってくれない。ほら、ささーっと」

とお願いしたが、

「駄目です」

とけんもほろろに突き返されてしまった。


「しょうが無いな。気合い入れてやるか」

と僕は、書類に目を通し始めた。


 え、何々、ミソルバ国王は、増資したいだって。今、雑貨店は繁盛しているからな。相変わらずあの国王は抜け目ないな。比率は据え置きか。まあ、良いかな。トムに会議の調整をして貰おう。


 それから、次は、物流のための輸送隊を組織したいって。メリーって妙なところに目が行くだよな。そのために、護衛を雇いたいと言う事か。うーんいきなり十隊は多いな。先ずは五隊から始めて貰おう。エルメルシア王国、ファル王国、シン王国、ミソルバ王国を巡回するのが良いじゃないかな。


 決済書だな。あれ、シン王国の支店の売り上げが落ちているな。確かにここは、動乱から免れたから、復興景気は無いけどな。明日、王都に行ってみるか。


 それから ……


 最後はエシャリー号の進捗報告か。これはマリオリさん肝いりで、国庫から建造費を充てて作っているロッパ初の大陸間を飛行できる飛空船だ。僕はメルの飛空船を参考にして、エンジンの部分の基本設計をした。

 これまでもロッパには飛空船が有ったけど、国王の乗り物という感じで、速度も遅いし、メルのように外海を越えて飛べる代物では無かった。ところがマリオリさんは、ヌマガーに攻められたとき、その機動力や攻撃力を見せつけられて、今後世界は飛空船の時代がやってくると兄上を説得して作り始めた。


 第一回の試験飛行も一応終了したようだが、長時間の飛行で、エンジン出力が落ちる時があるって? 実験データを見ると、うーん、何故だろう。


 僕は設計図を取り出して、

「僕が命ずる。その真価を現せ」

と声に出して、設計図を作動させた。


 すると、設計図に錬金陣が現れ歯車の様に動き始めると、空間にエシャリー号の図面が立体投影された。本当はアルカディアの設計図もこれと同じように動くと思っていただけどね。


 僕はエンジン部分に指を近づけて、拡大し、試験データを見ながら状況を確認した。


「うーん、温度が上がると、風紋石と火紋石のバランスが崩れるな。何故かな」

と考えているうちに夜は更けていった。


   ◇ ◇ ◇


「ジェームズ、ほら起きて。着いたわよ」

とヒーナが耳元で声をかけて揺さぶってきた。


 眠い。結局、徹夜してしまった。出力低下の原因は分からずじまいで、また一つ頭の痛いことが増えた。図面では分からないので、第二回試験飛行をかねてシン王国に来て貰うことにした。


 アーノルドじゃないけど、本当に禿げそうだ。


「アア、起きた」


 店を見回してみると、客は …… ちょっと少ないかな。


「旦那様、良くお越しくださいました」

と店を任せている支店長が出迎えてくれた。


「どうだい? 景気は」

と気さくに声をかけると、

「ええ、以前に比べると少し売り上げが落ちてます」

「何か原因でもあるのかい? 不良品があったとか」

「いえ、あの斜向かい。アルバの商人の雑貨店です」

と指差さずに顔だけ向けてその店を指し示した。


「アルバ? どんな物を取り扱っているのかな」

と僕もその店を凝視しないようにして質問した。


「メル大陸の物産品です。ロッパでは見ないような品物が並んでいて、客を取られてしまっています」


 うーん。ライバル出現か。確かにアルバは、ロッパでは数少ないメルの飛空船の係留地だ。これは気が抜けないぞ。


 僕たちは、店の奥に移動して、ソファーに腰掛けて話を続けた。


「分かった。このことはトムには知らせた? 」

「はい、総店長には既にお知らせしています」

「アルバの支店長は何か言っているか? 」

「アルバでは、出店していないとのことです」


 地元で出店せずに、聖都に第一号店か。アルバは競争が激しいから、確かに土地代が高い。実際、アルバの支店の利益率はあまり良くない。


「分かった。これまで通り、僕たちの店はお客様第一でやってくれ。僕もトムと相談してみるよ」

と支店長を励ました。


 そこへ、

「ねぇ。ねぇ。ジェームズ、これ頂くわ」

とヒーナが何やら、両手一杯に抱えて、店頭から僕たちのいる店の奥へやって来た。


「ヒーナ君、僕の店だけど、お代は頂きますよ」

と少しビジネスライクに言葉を掛けた。


「分かってるわよ。それとー、斜向かいのあの店に行ってみるわ」

と僕に持っていた物を押しつけて、スキップしながら出て行った。


 すると入れ替わりに、店頭から僕を呼ぶ声が聞こえた。アーノルドだ。


あるじ、レイジから速達だぜ。アルカディアで何かあったのかもな」

と魔法便を指に挟んで差し出してきた。

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