第二話 虎口を逃れる

 窓越しに殺戮の女神を確認して、

「構わない。このまま離陸しろ。魔法使い諸君は、魔法障壁と空気壁を作り、本船を守れ」

と私は船長と同志たちに告げた。


 私とカリオナ、そしてアルザックは女神の追撃を逃れて、何とか空港に逃げ込んだ。まさに私の首に女神の刃が当てられたとき、魔導車を運転しているアルザックが、女神を銃で撃って牽制してくれたのだ。


 間一髪とはこのことだった。


 女神の後ろに回った魔導車から銃弾が発射され、それを避けるために女神は剣を咄嗟に回してそれを弾いたのだ。


 さらに数度、銃の発射音がしたが、悉く剣で弾き落とされた。


 殺戮の女神は、大きな声ではないが、はっきりと聞こえる言葉で

「貴様!」

と呟いたあと、魔導車の前に現れてフロントガラス越しに剣を突き刺そうとした。


 しかし、アルザックは、一瞬早く魔導車を後ろにバックしてそれを躱し、助手席の扉を私のほうに向けたまま旋回して、

「閣下、伏せて」

と短い指示が飛んできた。


 咄嗟に地面に這いつくばる様に伏せると、また、何発か銃弾が発射され、剣で弾かれる音がする。そして、錬金術の防壁と空間干渉が、私と魔導車の周りに現れ、それを見た女神は大きく後退した。


「閣下、ご無事でしょうか? 」

と銃を右手に飛んできた若いアルザックに私は助け起こされた。


「ああ、彼奴から離れよう」

と叫んだ後、魔導車の助手席に転がるように飛び乗ったのだ。


 今でも、あの時のことを考えると冷や汗が出る。


   ◇ ◇ ◇


 空港に着いたときには、既に三ツ目や機械化魔獣が取り囲み、攻撃しているところだった。そこを、アルザックの見事な運転技術で掻い潜り、飛空船に転がり込んだところだ。


———風紋石と火紋石を応用した、飛空船のエンジンが始動し、ユックリと離陸し始めた。すると三ツ目のゴーレムから、飛空船に向けて光線が発射された———


 ガガガ

———光線の一部が飛空船に命中し揺れた———


「光消滅錬金陣を使う。全員、目を瞑れ! 」

と私はブリッジから、乗員全員に聞こえるように声を大きくして警告した。


 そして、

「カリオナ、頼む」

と私はそばにいたカリオナに頼んだ。


———飛空船の周りには、錬金陣を張るための三十二機のマーカーポイントが飛んでおり、それを頂点にして立体的な錬金陣が現れた。そして錬金陣の外側に浮遊する塵や埃が輝き始め、光子に変換されて辺りが白くなった瞬間、ゴーレム達は溶けて消滅した———


 しかし、

 ガガガガガ

———エンジンの一つが火を噴く。飛空船が激しく揺れる———


「ちっ、やはり女神様は、簡単には行かせてくれないか。諸君、狼狽えるな。魔法障壁を保つように。それから艦内の錬金術師達は、すぐに作業用ゴーレムを使って修理を試みろ」


ガガガ

———さらに大きく揺れる———


「グレンダー、最下層デッキに微小虫が侵入した。ぎゃー」

と船内の通信機が悲鳴を上げた。


「聖素水を流せ。早くしろ」

と乗員に命じたが返事がなかった。


 考えるまでもなく、私はその脚で最下層に向かった。階段を降っていく間にも、助けや悲痛な叫びが通信機から入ってくる。そして最下層に着くと、黒い液体が次々と人を襲っているの見た。それは、蠢いて触手の様になり人を捕まえては取り込んで溶かしていく。そして、触手の一つが私をめがけて伸びてくる。


タンタンタン


 私の護衛のアルザックが聖素弾を打ち込んだ。しかし液体の一部が消滅しただけで、さらに多くの液体が触手となって襲ってくる。


 私は、転がりながら

「聖素水のバルブ」

と少し離れた所のバルブに飛びつき、そして開いた。


 すると聖素水が降り注ぎ、黒い液体は湯気を出しながら消え始めた。


———黒い液体は、微小虫と呼ばれる非常に小さなゴーレムで人属や魔族の肉を食いちぎり分解していく。小さい虫が集まっているため液体に見え、捕食された生き物は溶けるように見える———


「ブリッジ! 全速離脱!、ロッパ大陸に向けて飛行せよ! 総員、対ショック防御体勢を取れ」

と私は船内に聞こえるように、艦内通信機を使って命じた。


 低い音が鳴り響き、私の身体は壁に押しつけられて身動きが取れなくなった。


   ◇ ◇ ◇


 私たちは、なんとか殺戮の女神の虎口を脱した。


 錬金術師たちに飛空船の修理を命じた後、アルザックを私の部屋に呼んだ。彼は私の護衛ではあるが、こんな形で引き釣り込んでしまった。彼の上司に許可を取っていないし、なんと言ってもアルザック自身の意向を聞いていない。メルに留まりたいなら、途中の連合軍の基地で降ろそうと思う。それに彼の運転技術と、あの殺戮の女神相手に銃で牽制、彼には何か特別なスキルがあると踏んでいる。


「グレンダー、アルザックを呼んできたわ。全く、彼と言い、私と言い、貴方といると命が幾つあっても足りない気分よ。議員会館の机にふんぞり返っていれば、こんな目には遭わないのに」

と言いながら、カリオナは、ソファーに座った。


 何時もの悪態には気にせず、私は船に乗せてあった、キャンディーの小箱を

「以外と、いけるぞ」

とカリオナの前に置いた。


「あら、頂くわ」

と言いながら、箱ごと手に取り、抱え込んで、一粒口に放り込んだ。


「カリオナ、私にも、もう一粒くれないか」

とキャンディーの箱に手を伸ばすと、カリオナは、さっと箱を引いて、

「駄目よ! それより、アルザック 一粒どう? 」

と箱をアルザックの方に差し出した。


 そんな、私とカリオナとのやり取りを見ていたアルザックは、不思議そうな目で見つめてきた。まあ、私達関係を知らない人属は、大体こんな目でみる。


「おい、勘違いするな。カリオナは、こじゅう……、いや私の義姉であり友人だ。今君が思っている様な間柄じゃ無いぞ。それに彼女に取っては、上院議員なんて肩書きは、鳥の羽より軽いものだ。だから何時もため口なのさ。なあ、カリオナ」

と右頬をキャンディーで膨らませているカリオナに言った。


「小姑で結構よ。それから、上院議員の肩書きを軽くしているのは、グレンダー自身じゃない。凡そ上院議員としての振る舞いはしていないわ。あんな前線に来るなんて普通じゃ無いわよ」


 カリオナの口からカリカリと音がしてきた。キャンディーをかみ始めたようだ。


「そう言うな。議員会館の椅子に座っているのは性に合わないだ」

と私はキャンディーを諦めて、部屋の隅のティーポットからお茶を注ぎながら答えた。


「なあ、もし良ければだが、君の事を教えてくれないか、アルザック。ただ単に運転が上手いという事ではないだろう? 女神に弾を撃ち込んで、機先を制するなど、普通の護衛兵には出来ない芸当だ」

とカップを持った右手を膝において聞いた。


 アルザックは、少し躊躇して天井を見上げた後、

「時間が引き延ばされて、周りがユックリと動き始めて、何かが教えてくれんです」

と答えた。


「何かって、人? 」

とカリオナが聞いた。


「顔は見えないですが人の様です。それが数秒先の事を手で示したり、ささやいてくれます」

「貴方、精霊召喚士かしら。それとも精霊と契りを結んだのかしら」

カリオナは、興味深そうに少し前のめりになって聞いた。


「いえ、どちらも違います。真名は覚えてませんし、精霊と契りも結んでいません」


 私は、お茶を少し啜った後

「君は何処かの王族の血を引いているか? 極まれに魔法ではない特異能力を持った者が現れる。それが多いのは王族だ」

と聞き返した。


「祖父の代に…… ロッパから来たと聞いています」

とあまり話したくない雰囲気で答えた。王族の血筋については答えていない。


「ロッパ大陸か。まだ古式ゆかしき騎士制度が色濃く残った大陸と聞いている。そうか分かった。話を変えよう。君の任務は空港までの護衛だったか? 」

と話題を変えた。


 すると、少し塞ぎ気味だった顔が一転して

「私の任務は、閣下をお守りすること聞いております。何時までとは期限を切られておりません。是非これからも、お供させて頂きたく、どうかお願い致します」

とはつらつとした声と真剣な顔で訴えてきた。


「そうか。私としても君のような護衛が居てくれると心強い。しかし、命をかけた任務になるかもしれないぞ。それでも良いか? 」

と念をおした。


「心得ております」

とソファーから立ち上がり、敬礼をした。


「あら、特務隊にニューフェースが加わったのね。久しぶりに四人になったわ。」

とカリオナは嬉しそうに答えた。

 

 私は、

「魔法便で、君の上官に連絡しておく。これからもよろしくな」

と答えた。

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