誘い

「志桜里、そろそろ難波に会う時間だ。難波に会いに行こうか」

「うん。そうだね」

公園に着いていた僕たちは、車から降り難波の元へと向かった。

 いつもなら、この公園は子供たちで溢れかえって、元気なはしゃぎ声が聞こえてくるのだが、今は子供の声どころか虫の鳴く声すらも聞こえてこなかった。

 爆発が起きたのはここから数キロの場所だった。何とか難を逃れた住民は、何が起きたのか分からないままに騒ぎ逃げ惑っている。

 その声が遠く離れたこの公園まで聞こえてきていた。

「誰も居ないね。いつもなら子供たちの元気な声が聞こえるのに」

しかし、僕が気付いていないだけだった。

足下が血の海になっていたことは気付いていたが、それが全て子供たちの亡骸だということに。

 僕はこの計画の恐ろしさを目のあたりにして恐怖を覚えていた。そして、難波を止められなかった悔しさでその場に立ちすくんでいた。志桜里は恐怖に駆られていないのか、そのまま難波と会う場所へと歩んでいた。

「志桜里は平気なのか? こんな残虐な場所を見ても……」

「平気でいられるわけがないじゃない。それでも何度も未来を視ているうちに、これ以上犠牲者をださないためにも難波君を止めないとって思ったの」

志桜里の言う通りだ。志桜里が強く言うのも分かる。

僕たちは難波を止めるために残虐な場所を見ながら足を前に運んでいた。

 進んでいると前から一人の男が現れた。しわの取れた黒いスーツ、青ネクタイの長さは揃い、これから会社の重要な会議に主席するような格好をした難波だった。

この前会ったときから五日しか経っていないのに、難波は服がぶかぶかになるほどに痩せていた。頬は痩せこけ、目の下にはクマ、そして髪の毛はボサボサになっていた。新しい兵器の開発を一日返上してやっていたのだろう。

「久しぶりやな久遠、志桜里。志桜里から聞いたと思うが素晴らしい計画だろ。まあ、志桜里から聞かんかったらここにはおらんか。それにしても、なんで志桜里を連れてきたんだ。いくら久遠たちが不老不死だっていっても、久遠なら志桜里を連れて来らへんと思ったんだけどな。まあいいや、そんな事より久遠、俺の仲間にならんか?」

 志桜里から僕と難波が同じ考えだとは聞いていた。

そして、難波がこの問いを投げかけてくることは安易に分かった。

 僕は、すでにその問いに対する答えを決めていた。

「ごめん難波、その計画には参加できない。確かに難波と僕の考えは同じなのかもしれない。でも……」

「久遠、ならなんで駄目なんだ?」

「僕は難波の友達じゃない、親友なんだ。親友が悪いことをしたらそれを止めるのが普通だろ。友達ならその場から逃げて見なかったことにすることもできる。だけど、僕は難波の親友なんだ」

「そっか……残念だな。志桜里は?」

難波は志桜里にも聞いていたが「無理だよ、そんな計画には参加できないよ」と、言っていた。僕たちの返事を聞いた難波は「そうだよな」と、小さく呟いていた。

難波は世界に面白味を見いだせない僕だけは、仲間になると思っていたみたいだった。

「そうなると計画を遂行するには久遠たちが邪魔になるよな。ここで死んでもらおうかな」

志桜里は何も言わずに僕の手を引いて乗ってきた車へと向かった。難波が後を追って来ることはなかった。その気になれば体の内側から破壊して殺すことができたはずなのに。

難波の言葉は軽かった。本当に殺す気があるのなら殺意を込めて言うはずだが、どこかその言葉には悲しさが入り混じっていた。

「難波は僕たちを体内から破壊しようと考えなかったのかな? どっちに転んでも急いでプラナリアの薬を作らないと。切り札となりうるものだからね」

「難波君は私たちを殺したくないんじゃないかな。私たちと同じように、難波君にとっても数少ない親友なんだから……。そうだ竜也くん、プラナリアの薬に名前はないの?」

未来の僕がなんて名付けたか聞こうとしたが、今進んでいる未来は僕だけにしか視えていないことを思い出した。ようやく僕は、虚像干渉がただ単に過去や未来を視たり変えたりできるものではないと確信した。

虚像干渉で視える世界は、一つの未来だけではなく幾つか存在することに気付いた。難波には僕だけが中央国立公園に来る未来、志桜里には僕と裕衣が中央国立公園に行く未来、そして未来が視えない僕。いろんな未来がある。虚像干渉にもパラレルワールドがあるということだ。

僕はこの力が虚像干渉を持つ全ての人間が使えるものだと思っていた……

「まだ名前は付けないかな」

僕はそう言って、車を走らせた。

僕たちは母の家に戻り、誰にも見られていないことを確認して地下室へ行った。息子はしっかりと留守番をしてくれていた。

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