第4話

「煙幕玉は助かったよ……。それで、策ってなんなんだ?」

魔物に襲われた男を助けるため、アルドは一度高台から降りたものの、魔物の耐久力が強く、押され気味だったため煙幕玉を使って一度高台に戻ってきた。

「そうね、あれを見て」

大人びた女の子は声をひそめて下にいる魔物を指さす。

魔物は何故だかひどく苦しんでいるように見えた。先程アルドに攻撃された時は、まるで

ハエでも払うようだったのに、だ。

「あれは……、もしかして、煙幕玉の効果か?」

アルドも声をひそめながら答える。

「ええ……念のため、大型の魔物が嫌がる匂いをつけておいたの。役に立って良かったわ。でも……」

大人しめな女の子が言い淀む。

「どうかしたのか?」

アルドは女の子の態度に不安になり聞き返した。すると、女の子の代わりに臆病そうな男の子が、

「あの匂い、僕知ってる。大型の魔物はたしかに嫌がるけど、下手をしたらかなり暴れて逆に手をつけられなくなるから、あくまで一時凌ぎの手段にしか効果がないんだ。狩人の間でも逃げる時に使うものだよ」

と代弁する。説明を聞きながら様子を見ると、たしかに魔物は苦しんではいるがだんだんと気性が荒々しくなっていく。しかもここは村の近くだ。もし魔物がやけになり、文字通り猪突猛進に村に向かってきたらその巨体を止める術はアルドも持たない。

「くっ、困ったな……」

アルドが唇を噛むと、大人しめな女の子が申し訳なさそうに俯いた。

「ごめんなさい、私があんなもの調合してしまったから……」

その目には今にも涙が溢れそうだ。アルドが君のせいじゃない、と言う前に、活発そうな男の子や大人しめな女の子が、

「いや、お前のせいじゃないよ。お前がいなかったら、今頃アルドは退散も出来ずにその場に止まってなくちゃだったんだぜ?」

「そうよ、それに……反省会はあと。ここから村は近いわ。つまり、こっちにくる可能性がある以上確実にここで仕留める必要がある。私に作戦があるわ。まずはそれを聞いてくれる?」

と励まし、大人しめな女の子を精神的に支えた。

「ははっ!言いたいこと全部、言われちゃったな。でもその通りだよ。あいつを村に通すわけにはいかない。みんなであいつを倒そう!」

最後のアルドの掛け声に、大人しめな女の子が頷き、まずは大人びた女の子の策を聞くことになった。


魔物が今いる場所は、高台の下にある一本道をくぐり抜けた左手、蛇頭メズキータに続く入り口付近にいた。右手にはアルドたちがいたような自然の高台がもう一つある。

アルドを先頭に、全員が一本道を進んで左手の魔物に遭遇する。

「グオォオォ…………!!」

アルドを見るやいなや、すぐさま興奮状態の魔物は威嚇し、突進を仕掛けてくる。

「今だ!」

アルドは手に持った煙幕玉を叩きつけ、その間に子供たちは右手の高台に登る。

「作戦通り頼むぞ……!」

アルドは先程の作戦会議を思い出しながら祈るように呟いた。


「さっきの煙幕玉、あれは毒でもあるのよ」

作戦会議で、大人びた女の子ははっきりと告げる。

「毒?でも、そんなに効かないんじゃ?さっきだって魔物が興奮していたし」

アルドが反論すると、女の子はしっかりした口調で説明した。

「ええ。でも、一度しか浴びせてないんでしょう?あの匂いは、魔物が長く嗅ぐとやがて痺れて動けなくなるの。みんながそれを知らないのは、まだ魔物が興奮状態にしかならないくらいの量しかあげてないから。一時凌ぎの手段にしか使わないって言っていたし、知らなかったのは無理ないかもね」

「で、でも、なんでそんなことを知ってるんだ……?」

アルドの当然の疑問に、大人びた女の子はやや目を逸らすと、

「む、昔、魔物を見てみたくて、寝ている大きな魔物に近づいて色んな薬を試したのよ……。それで痺れちゃうことがわかったの」

「……本当にやんちゃだったんだな……」

命知らずとはこのことをいうのだろうと呆れと感心が入り混じった心情でアルドは女の子を見つめた。活発そうな男の子でさえも、

「うはあ、無茶やるなあ……」

とぼやく始末だ。 

「いいの、今みんなの役に立ってるでしょ!」

と大人びた女の子はむきになったが、それをいわれると確かに反論はできない。

「気を取り直して……。まずは、囮役の誰かが今持ってる煙幕玉を一つ投げて、その間に残りのみんなはボウガンを持って右の高台にいく!その際、囮役の人は怖いだろうけど、着実に効果を出すために1個の煙幕が消えかけたらもう1個って感じで、うまく右の壁の方まで誘導してほしいの!」


その言葉を思い出しながら、アルドは2つ目の煙幕玉を取り出した。5つあったが、初めに男の子がダメにし、もう2つは既に作戦前と作戦後に1つずつアルドが使ってしまったため、これを使えばあと1つとなる。

「くらえっ!」

メズキータの入り口と高台の中間くらいまでに引き寄せてから、煙幕玉を叩きつける。

「グ、グオォオォ……!」

なにやら、煙幕玉の毒が効いてきたらしく、さっきより興奮がおさまり苦しんでいる様が顕著になってきた。

「本当に効いてる……!!」

アルドは女の子の策に改めて感嘆しながら、まずは第一関門突破を心中で喜んだ。そして、脳内で次の作戦を大人びた女の子の声で再生した。


「次に、囮役の人は3つ目の煙幕玉を壁ぎりぎりで引きつけてそこで叩きつけてほしいの!いくら普段から壁にぶつかっても平気な魔物でも、弱っているところじゃダメージにしかならないし、更に毒を持ったら効果は抜群でしょうね!」


『引きつけるって、かなり命懸けだな!?』

魔物と対峙しているアルドの率直な感想である。

苦しんでいることは苦しんでいるし、最悪の場合剣があるが、下手をすれば自分ごと壁に叩きつけられかねない。一瞬の隙も命取りになると悟り、アルドは身構える。

2個目の煙幕が消えかけ、敵を捉えた魔物が目掛けて突進してくる。その瞬間を、

「今だ!」

見切った。壁から横に飛び、魔物が壁に突っ込む瞬間に壁に煙幕玉を叩きつける。

「グゥ…オォオオ……!!」

今度は声だけでも本当に弱っていることがわかった。だが確認している暇はない。アルドはそのまま魔物の横をすり抜け高台に上がっていった。


「今よ!」

アルドがその場を離れた瞬間、上では女の子たちが弓担当の活発そうな男の子に合図を出した。活発そうな男の子は、

「いっけぇーー!!」

と叫びながら矢を放つ。その先は、魔物の脳天を容赦なく直撃した。魔物はそのまま痙攣すると、地響きを立てながら横たわり、そのまま動くことはなかった。


大人びた女の子は、作戦開始前、男の子たちにあるものを渡していた。

「はい、これ」

渡していたのは小瓶だった。琥珀色の透き通った色は、まるで蜂蜜のようだった。

「なんだこれ?蜂蜜か?」

活発そうな男の子はアルドと全く同じ感想を言いながらそれを受け取る。大人びた女の子はすまし顔で、

「なめてみる?」

「え、いいのか?」

「いいわよ?死ぬけど」

「は?」

「猛毒だもん、それ」

その返答に、大人びた女の子以外全員が凍りついた。

「猛毒って……そんなものどこで?」

ようやく我に返ったアルドが聞くと、彼女は呆れたように瓶を指さした。

「なによ、もう……色でわからない?私の研究したがっていた虫はなんだっけ?」

そこでようやくアルドも納得する

「そ、そうか、コハクムシ!」

「ええ、これは結構な猛毒よ。正確にはその羽の部分だけど。下手に扱ったら死ぬのはこっちだから、せいぜい矢の先を触れる程度の方がいいでしょうね?」

「……これって魔物が好きな虫じゃ?」

「ええ、私もそう思ってたわ。毒があることも知っていたけど、どうやら魔物たちは爪で羽を剥がして食べる習性があったみたいね。さっきの観察で、羽だけ残骸で残されてたからそれがわかったの」


「やったあああ!」

動かなくなった魔物を前に、子供たちの歓声が広がる。アルドもその横で先程の女の子の話を思い出していたが、

「……ん?」

ふと、思ってしまった。

大人びた女の子の持っていたあの毒は、既に作戦会議中には小瓶に収まっていた。作る機会があるとしたら男が魔物に襲われたことを知る前だ。ならば。

「なんであんな毒を作っていたんだ……?」

思わず、大人びた女の子を見つめる。女の子は、目線に気づくと人差し指を唇に当て、

「しいっ」

とミステリアスに笑った。

全員で村に帰ると、子供たちの保護者がそれぞれ迎えに来ていた。子供たちはそれぞれ大人の腕に抱かれ、満足そうに自分のできたことや功績を話し出す。

活発そうな男の子の母親が言う。

「アルドさん、子供たちを守ってくださってありがとうございました!魔物も倒していただいて……!」

「いや、それはみんなでやったんだ。ごめんな、魔物に関わらせたくないって言っていたのに、約束を破っちゃったよ」

アルドは頭を下げると、活発そうな男の子は、

「何言ってんだよ、俺、アルドと一緒で楽しかったぞ!優しいし!あんなにスリルある冒険もできた!」

「そうね、頼りになったわ。囮役、引き受けてくれてありがとう」

と、大人びた女の子と共に感謝を示した。

大人しめな女の子や臆病そうな男の子も、

「お陰で自信がついたよ!謝らないで!」

「僕の作品、褒めてくれて嬉しかった!アルドが一緒に戦わせてくれたから、僕のボウガンも使えることがわかったし!」

と口々に訴える。

「みんな……」

アルドはこの光景を見て、改めて胸が熱くなるのを感じた。

「子供たちの言う通りじゃ、わしらは子供たちが危ない目にあうことばかりを恐れておった。じゃが、子供たちは自分たちの仕事だけでなく、村のことまで考えて行動ができていた。十分、力を見せてくれたわい」

薬師のお爺さんもそう頷き、子供たちは嬉しそうに照れる。そこまで言われては、アルドも自分を責めることはできなかった。

「しかし……」

大人びた女の子の兄が、妹に詰め寄る。さっきまで家族を迎えていた温かな顔は、厳しいものに変わっていた。

「な、何よ……?」

「コハクムシの毒は、出しなさい」

その言葉に、女の子は絶句する。

「それを調べたからにはあるんだろ、その猛毒。子供が持っていいものじゃないぞ!」

「ええっ、そんなあ!ひどいわ、兄さん!もう少しそれ使って研究したかったのに〜!!」

大人びた少女の大人気ないセリフに、周囲は笑いの渦に包まれた。


                〈完〉




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力を見せろ!狩猟祭! 赤黒レンズ @yu1me6yo8mi0

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