第3話

集合場所にはもう子供たち全員が集まっていた。活発そうな男の子がアルドを見るなり一直線に駆け寄ってきた。

「あ、アルド、遅いぞ!」

「もう全員いるわよ?」

大人びた女の子が付け足す。

「悪い悪い、じゃあ、持ってきた情報を一人ずつ共有していこうか」

アルドは謝りながらも全員に声をかけた。

「えーと、まず、俺な!」

と、活発そうな男の子が前に出る。

「結局、かーさんもねーちゃんも他のみんなにも当たったけど俺のやれそうな手応えのあるやつはなかったよ。仕方ないから、今回は釣りで大物を捕まえるって決めた」

「そうか……それは残念だったな」

アルドが正直な感想を言うと、男の子は

「ま、仕方ないさ、運だ運!」

と先程までの必死さを消し、笑っていた。

「じゃあ今度は私ね」

と間髪いれずに大人びた女の子が前に出る。

「私は兄さんに頼まれて、コハクムシっていう強い魔物が好む虫について調べるよう依頼されたわ。もう準備はできているからいつでも行けるわよ」

と、自慢げな声でそう宣言する。彼女の得意げな姿に、

「うわあマジかよ、いいなー」

活発そうな男の子はそうぼやいた。

『いや、あれは依頼されたっていうより無理矢理探しだしたんじゃ……』

とアルドは心の中で突っ込んだが、口に出すのは控えることにした。わざわざこの女の子の自尊心を傷つけることもないだろう。

「じゃあ、次は私ね」

前の二人よりずっと小さい声で、しかししっかりと大人しめな女の子がそう言って前に出る。

「私は、お爺ちゃんに頼まれて薬草を取りに行くの」

「薬草ならいつも畑に取りに行ってるじゃない」

大人びた女の子がそう言うと、大人しめな女の子はゆっくり微笑んだ。

「あなたと同じで私も依頼されたのよ。イゴマに自生する珍しい薬草は、採ったらすぐに枯れてしまうから、調合までして持って帰ってくれって。だから、私も調合道具を持ってきたの」

「そうだったんだ!」

女の子同士で笑いあう中、いよいよ立場が危うくなってきた活発そうな男の子は、先程の笑顔を消し、焦りを見せていた。

「ううっ、ほんとに去年と変わり映えないの、俺だけかよ……」

そううなだれると、何か思いついたように臆病そうな男の子に歩み寄る。

「お、お前は俺の味方だよな?ほんとにやることないよな?」

だが、臆病そうな男の子はかなり気まずそうに一歩引き、

「い、いやごめん。僕も、自分の作った武器の最終調整があるから、やることはある、かな……」

下を向いて小さくボソボソとつぶやく。それでも活発そうな男の子は諦めきれなかったらしい。なおも食い下がった。

「い、いやでも、それ親とかに頼まれたわけじゃないだろ?」

「頼まれた、とは違うかな。だけど、最終調整の腕次第で父さんに売り物にしてもいいって言われたから、実質試練かも……?」

「っていうか、ふつーに一番試練らしいじゃんか!なんだよそれ〜!」

活発な男の子はみんなが自分と同じように暇を持て余しているとたかを括っていたらしく、悔しそうに叫んだ。そんな様子の男の子に、アルドは慰めの言葉をかけた。

「まあまあ、まるでやる事がないってわけじゃないんだ。釣りだって大物を釣ってみせればいいじゃないか」

「うー……。こうなったら、今までで一番の大物を釣ってやるー!」

活発そうな男の子はまるで自分の中の不満をエネルギーに変えるかのように大きく意気込んだ。アルドもこの調子なら大丈夫そうだと判断し、

「ハハッ、その意気だ!じゃあ、みんな、出発しよう!」

と声をかけると、子供たちは全員頷いた。その表情は始めに会った時と別人のように凛々しかった。


アルドたちの目的地は、村の目と鼻の先にあるイゴマの釣り場だ。自然の高台を上ってまたすぐ下ると、大きな丸池に出る。アルドはここを拠点として子供たちの活躍を見守ることにした。

「さて、着いたけど、まずは注意事項な。オレは基本ここにいる。護衛のために、俺から見えないところには行かないこと。魔物にあったら、すぐにオレを呼ぶこと。怪我とかした場合はすぐに言うこと。この3つは守ってくれ」

「あ、あの……」

子供たちが全員同意する前に、大人しめな女の子が声を上げた。

「うん?どうした?」

「私、念のためこれを作ってきたの。みんなこれを持って」

そう言うと女の子は、ポケットから手の平に収まるくらいの大きさの白い球を出して、アルドを含む全員に配った。

「これは何?」

臆病そうな男の子が代表して聞くと、大人しめな女の子は答える。

「これは、煙幕玉。もし万が一アルドの間に合わないところで魔物に遭遇してしまった時に投げて逃げられるわ。調合したのは初めてだし、知らない材料もいくつか使ったから自信はないけど、水に濡れない限り不発はしない……と思う」

「そんなものまで作れるのか……?」

今日は子供たちのことで驚くことの多い日だと思った。薬どころか護身道具まで、しかも人数分を作れるとはつくづく才能があると感心した。

「……。」

「うん?どうした?」

見ると、何故か子供たちの元気がない。いや、より正確に言えばどこか気まずそうな、言ってはいけない何かが子供たちの中で飛び交い、お互い目を合わせては逸らした。

「え、どうしたんだ?急に押し黙って……。何か心配ごとが浮かんだとか?」

流石におかしいと気がつき、アルドは適当に思い当たる理由を言ってみる。しかし違ったようで、臆病そうな男の子あたりはびくりと肩を震わせた。代表となって発言したのは、活発そうな男の子だ。

「え、えーと、アルド、怒らないの?」

「え、何が?」

どこかに怒る要素があっただろうか。思い返してみても、ただ女の子が親切に全員に護身具を渡してきてくれただけだったため、アルドはわけが分からず首を捻る。

「えっと、だから、今あの子がみんなに煙幕玉を渡したでしょう?それってつまり、アルドの腕を疑ったんじゃないかって怒られると思ったのよ」

大人びた女の子が思い切ったように説明をして、アルドはようやく合点がいった。子供たちは、アルドの剣士としての腕や矜持のことを慮ってくれていたのだ。大人しめな女の子も、怒られることを覚悟して作ってきたに違いない。だが、アルドにとってそれは怒るに値することではないため、ゆっくりとかぶりを振る。

「そんなことじゃ怒らないさ。この子はこの子なりに、みんなを守る手段を考えてくれたってことだろ?むしろすごいと思ったよ。そんなことまでできたんだな!」

このアルドの言葉に、今度こそ子供たちは安心しきった顔になり、褒められた大人しめな女の子は嬉しそうに今日1番の満面の笑みを浮かべ、

「うん!ありがとう!」

と元気よく返事をするのだった。


気を取り直して、早速子供たちは各地に散らばった。もちろん、アルドの目が届くところまでだが。アルドは池からやや離れたところで子供達を見て、活発そうな男の子は池の前で魚と一本勝負を始め、大人びた女の子はアルドと男の子の周りで草や木々を調べ始めた。臆病そうな男の子は池から対極の場所でボウガンをいじり、大人しめな女の子は高台で早速見つけた薬草をすりつぶしていた。

アルドもただ見張っていたわけではない。女の子たちからは薬草の種類や動物の生態系を教えてもらい、臆病そうな男の子からは弓の引き具合を見るよう頼まれたので協力して引いた直後の正直な感想を伝えた。途中活発そうな男の子が池に落ちて早速煙幕玉をダメにしていたが、特に怪我もなくそれ以外の変わったこともなく時間が過ぎていった。


「よし……もうそろそろ頃合いかな?」

日が落ちかけているところを見て、アルドは全員に声をかけた。子供たちは言いつけを守ってアルドの側を離れなかったため、すぐにその声に反応できた。

「オレは大丈夫かな!一時はどうなることかと思ったけど、去年よりも一回りも大きい魚が2匹も釣れたんだ!」

活発そうな男の子が自慢げに魚を見せびらかす。それに負けじと、大人びた女の子が言い返した。

「私だって、兄さんに頼まれたことはちゃんと果たしたわ!コハクムシの生態、まだ調べたりない所はあるけど、知りたかった謎がいくつも解けたわ!スッキリしたー!」

「ぼ、僕も、これを父さんに見て貰えば、完璧かな!」

臆病そうな男の子も達成感に満ちた顔をしていた。アルドはその様子を見てから、最後の一人、高台にいる大人しめな女の子に声をかけた。彼女は何もせず、蛇頭メズキータの方角をじっと見つめている。

「おーい、そろそろ戻るけど、大丈夫か?」

しかし、帰ってきたのは了承の返事ではなく。

「あ、アルド!人が!村の人が、襲われている!!」

女の子の悲痛な叫びにアルドたちは飛び上がった。

「何だって!?」

急いで高台を駆け上がると、その向こう側で最初にアルドたちに声をかけた魔獣の男が、かなり獰猛な、猪型の魔物に襲われていた。

「く、くそっ……!!」

男は、かなり逃げたか攻撃されたか、疲れ切っているのが目に見えていた。そのため、数回放たれた魔物の攻撃を、最後によろけて避けられなかった。

「ぐあっ!」

男は吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。アルドは

「お前たちはここで伏せて隠れていろ!オレはあいつを倒してくる!」

そう宣言し、高台を降りて行って魔物と男の間に割り込んだ。

「す、すまねえ、ヘマこいちまった……」

弱々しく謝罪する男に、アルドは敵を見据えながら答える。

「とりあえず、今のうちに逃げてくれ!お前はオレが相手だ!」


〜戦闘終了〜


かなり弱らせたはずだが、魔物はアルドが思っている以上の力を持っていた。男はアルドが魔物を引きつけているうちに退散し、コニウムに連絡を入れている頃だろう。

アルドと魔物の戦いは続いている。2、3度斬撃を入れたがあまり効果はなく、逆に一撃を入れられてしまった。

「ぐっ……!なんてタフなやつなんだ……!」

高台で見ていた子供たちは、ハラハラしながらその様子を見ていた。

「アルド!」

不意に、頭に声が降ってきた。大人しめな女の子のものだと思われる声の主は、魔物と戦う剣士に1つの指示を出した。

「煙幕玉を使って、こっちまで来て!」

「策があるわ!」

別の高い声は大人びた女の子だろう。とにかく、このままでは埒があかないため、アルドは指示に従い懐の煙幕玉を地に叩きつけてその場を離れた。




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