第2話

それぞれ、子供たちは村の周りに散っていった。先ほどまでまるで元気がなかったが、この調子なら立て直せそうだと安心したアルドも、後ろから様子を見ようと子供たちを一人ずつ見て回ることにした。

(ゲーム内では順不同)

村の南側、井戸の方に何やら活発そうな男の子と若い女性と中年の女性が話し合っていた。

「いた……!何を話しているんだろう?」

アルドは早速近づいて様子を伺う。活発そうな男の子は、女性二人に勢いよく詰め寄っていた。

「だから、何かないのか?足りない素材とか、取ってきてほしいものとか」

「取ってきてほしいもの、ねえ……」

「う、うーん……」

中年の女性は考え込んで頭の中で探しているようだったが、若い女性の方は、聞かれてやや虚をつかれたような態度だ。すぐに隠していたが、目が少し泳いでいた。何かあるとアルドは直感で思ったが、考え込んでいた中年の女性は何かを思い付いたように、

「じゃあ、村の倉庫の方から普通の鉱石を少し持ってきて貰おうかしら?」

と頼んだ。しかし、村の中の倉庫というお世辞にも狩猟祭には相応しいと言えない内容であるため、

「ええっ?」

と活発そうな男の子は思わず不満げな反応をした。

『……え?』

側で様子を伺っていたアルドも、予想とは違う提案に驚く。少なくとも若い女性の方は何かあると思っていた。だが、彼女は何も言わない。男の子は当然、納得いかずにかぶりを振る。

「いやいや、それはないでしょ!ねーちゃんもかーさんも狩猟祭したことあるなら分かるだろ?俺たちが求めてるのはそういうんじゃなくて、村の外の話で何かないのかって言ってるの!」

この二人の女性は男の子の家族のようだ。食ってかかる男の子の肩を母親が両手で抑え、

「それだって立派な仕事だよ?狩猟祭は、採集や狩りをして身近な人にあげる、大人たちがする仕事の手伝いができる証明なんだからね。それに大きい小さいなんかないよ。全部大事なんだ」

と説き伏せる。

「で、でも、これはちょっと……」

まだ納得できていない男の子に、今度は姉が

「母さんの言う通りよ。それに、まだすぐには思いつかないの。とりあえず、してほしいことはあるからそれをやってくれたら姉さんも母さんも助かるなあ」

と更に説得する。そこまで言われてようやく、男の子も

「もー仕方ないなあ。ちょっと一走り行ってくるから、その間に何かないか考えといてくれよな!」

と無理矢理自分を納得させた様子で、畑の方へ駆けて行った。それをみた母娘二人は、安心したように顔を見合わせる。

「なあ……ちょっといいか?」

一部始終を見ていたアルドはそんな母娘に声をかけた。

「あの子たちの狩猟祭の護衛をしてるんだ。それで様子を見てたんだけど、何かあの子に隠してないか?」

突然の人間の挨拶にも驚くことなく、落ち着いて母親は答える。

「……バレちゃったのね。確かに、欲しい素材はあるわ。でも、あの子に知られたくないの」

「……それはなんでだ?もしかして、子供じゃ取りに行くのが危険とか?」

アルドの予想は当たったらしく、姉がゆっくり頷く。その顔はやや曇っていた。

「ええ。私たちが今欲しいのは凶獣か、それくらいの魔物からしか手に入らない皮なのよ。靴とか、鞄とか、それなりに耐久性のある素材がいいの」

「でもそれを言ったら、あの子は頑張って挑もうとするだろうから言わなかった。その気持ちだけで十分だし、何より狩猟祭と言っても、あの子の命の方がよほど大事だもの」

「それは、そうだよな……」

母親が目を伏せながら説明を引き継いだ。アルドも困った、と俯く。この二人の心配はもっともだ。試練のようなものとは言え、まさか子供の命と祭を天秤にかけることはできない。かと言って、このままでは男の子も納得できないだろう。どうしたものかと考え込むが、そこで姉の声が振ってくる。

「でも、あの子もすごいわよ。鉱石って言っても、時には小型のタンスくらいの大きさの石を一人で持って来れるんだから」

「ええっ!?そんなことができるのか!?」

せいぜい人の手首くらいの重さの石だと思っていた。あの小さい身体のどこにそんな力があるのかと思っていると、母親も

「そうね、でも今回は普通の鉱石だから、あの子には役不足。でもね……」

とそこで一旦話を切り、改めてアルドの方に向き直ると、

「旅人さん、まずは息子たちの護衛を引き受けてくれてありがとう。だけど、くれぐれもこのことは、あの子に言わないでいただけますか?今、外も凶暴な魔物が出ているというし、命に関わるようなことをさせたくないんです。」

と訴えた。

まだアルド自身の中で男の子をどう説得するかという答えは出てないが、この母親の頼みを無下にはできない。ゆっくり頷いて、

「分かった。あの子には言わないよ。オレは他の子の様子も見てくるから、何かあの子にもできそうなことを探しておいてくれないか」

アルドの提案に、母娘はそれぞれ頷いて答えるのを確認すると、彼は踵を返して他の子供のところへ向かった。


次に、アルドは大人びた女の子が鍛冶屋に入っていくのを思い出し、そちらの方に向かってみる。すると、木の扉越しにすら聞こえるほどの声で、女の子と男性らしき魔獣の口論が響いていた。

「ねえ兄さん、それはないでしょう?私の知識は兄さんだって他のみんなだって認めてくれているじゃない」

「いや、そうだけど、それとこれとはまた別だろう。今それを振るう機会がないってだけで……」

「これなら、去年の釣りの方がまだやりがいがあったわ!」

内容はわからないが、口論自体はやや男性が押され気味らしい。アルドもタイミングを見て店に入った。

「あっ!い、いらっしゃい!」

丁度良いタイミングと思ったのだろう。女の子を無視し、若い男性はアルドに振り向く。

「ああ、いや……オレは今日の狩猟祭のため護衛を引き受けただけなんだ。その子の様子を見に来たんだよ」

「ああ……そうだったんですね」

店に用があるわけではないと知ってあからさまにがっかりした男性を無視し、女の子はアルドに訴えかけた。

「あっ、聞いてちょうだい、アルド。ひどいのよ。兄さんたら私が使えないから別のところに行け、ですって!」

「いや、人聞きの悪いことを言うんじゃない!今お前ができる手伝いがここにはないと言っただけじゃないか!」

妹の主張に、兄は反駁する。どうやらここでも子供の手伝いの件で揉めているようだが、話を聞いてみないことには始まらない。

「ま、まあまあ……。具体的に、なんで言い争いをしてたんだ?」

アルドの問いかけに、女の子の兄が答える。

「そうですね、実は妹はこう見えて動物や魔物の生態に詳しいんです。僕は狩りをして生計を立ててますが、まだ芽角を迎えたばかりの妹の観察眼と知識によく助けられていました。身内贔屓かもしれませんが、自作で図鑑を作ったりもしていたので、一つの天稟でしょうね」

「へぇ……それはすごいな!」

兄妹とは言え、現役で狩りをしている男性に知識を頼りにされている上、図鑑まで自作しているのなら能力はかなりのものだろう。だが、男性は憂い顔で

「妹は天才です。ですが、今僕が狩る必要のある獲物はもう自分がよく知り尽くしてる相手なので、妹の出番はないんです」

そこまで聞いていた女の子は不満顔で口を挟んだ。

「あら、あるじゃない。今日出た凶暴な魔物……。私、あいつの生態系は十分に分かってるわけじゃないわ」

「そんなの僕が許可すると思うのか?知識も力も伴ってようやく勝てる相手だ。ただの好奇心のみじゃいつか待つのは身の破滅だぞ!」

「でも、知りたいのよ!勉強は大事だって兄さんは言ってくれるじゃない!それにアルドという護衛もいるわ!」

「だからそれとこれとは話が別だと……!!」

『なんだか堂々巡りになってきたな……』

側で聞いていたアルドの感想である。口論の理由はよく分かった。だが、女の子に言うべきことは言うつもりだった。

「君、今回はお兄さんの言う通りだ。オレだってみんなを守りきれるって確約できるわけじゃない。魔物になんて遭遇しないに越したことはないんだからな」

「で、でも……」

兄どころか護衛のアルドにも反対されると、流石に弱ったのか大人びた女の子は俯き、声が弱々しくなる。アルドも少し考え込むと、

「そうだな……強い魔物、じゃなくて珍しい魔物、っていうのはないのか?」

と聞いた。

「めずらしい……?」

その言葉に、女の子は顔を上げた。何かを期待するようなそんな眼差しだった。

「そう。君が魔物の知識でお兄さんを助けてるっていうなら、君すらまだ知らないような滅多に人前に表さないやつもいるかもしれない。そういうのに心当たりはないか?」

「……!!」

女の子ははっとしたように一瞬考え込む仕草をすると、

「たしかに……あるかもしれない、ちょっと私の記録を見てくるわ!」

そう言いながら店を飛び出して行った。アルドはその背を見送りながら

「やれやれ……あの調子なら大丈夫そうだな」

と安心したように息をついた。その後ろから兄が話しかけてきた。

「あ、あの、ありがとうございます。僕一人では説得は大変だったでしょうから」

「まああの子と協力して狩りをしていたんなら、納得してもらうのは骨が折れるだろうな……」

子供は大人以上に何をするか分からないため、言い聞かせるのは苦労するだろう。妹は兄の役に立ちたく、兄は妹に危険を冒してほしくない。その気持ちは、アルド自身にも妹のフィーネがいるため痛いほど分かった。

『オレもこんな時、フィーネを説き伏せる自信はないな……』

そんな事を思っていると、また兄がぽつりと話し出した。

「……実は、僕の方でも素材がない、といえばないんです。多分この時期、どこの家でも手強い魔物から採れる素材が足りないと思います。今は魔物たちが時期的にあまり村の近くまで来ないので。だから、そこは僕たち狩人の腕次第ってやつなんですが、正直狩猟祭に重なってほしくはありませんでした」

「あんたがこの店にいるのは、狩ってきた獲物を買ってもらうためか?」

「ええ。妹にもこの時間はここにいると覚えられたので、さっきみたいにつかまりました。でも、これでもだいぶ大人しくなったんですよ。昔はよく村を抜け出して僕や大人にたいそう叱られてましたから」

「逞しい子だな……」

二人で雑談していると、息を切らしながら大人びた女の子が店に飛び込んで来た。

「兄さん!アルド!あったわ!」

先程の暗い表情から一変、興奮した顔で男たちを見回す。その雰囲気から何か良い話を見つけたのだろう、今すぐにでも話したいと全身で表していた。

「お、落ち着け。何があったんだ?」

兄がたしなめると、妹は一呼吸置いてから一気にまくし立てた。

「兄さん、凶獣の餌について知りたがっていたでしょう?私も知らないし。以前、コハクムシという綺麗な小石程度の虫が関係していることは分かったけど、それがどう繋がるかはどうしても解明できなかったの。なら、今回はその虫について調べようと思うわ!それなら、直接魔物に近づくわけじゃないし、その情報は兄さんにもきっと役立つ。ね、悪い話じゃないでしょう?」

小さな女の子の大きな勢いに聞いていた二人は思わず面食らったが、主張自体はなかなか理にかなっている。アルドは女の子の強力な熱視線から目を逸らして兄の方に向き直ると、

「え、えーと、オレは良いと思うけど、あんたのほうは?」

とりあえず聞いてみた。兄も、

「あ、ああ……まあ、そういうことなら。よかったよ、丸く収まりそうで」

ぱあっと妹の顔が明るくなる。

「ほんと!?じゃ、私今から色々準備してくるわ!何か他の頼みたいことはない?」

「そうだな、無理をするなということと、アルドさんのいうことをよく聞け、かな」

「んもう、分かってるってば!じゃ、アルド、また後で合流するわー!」

兄の落ち着いた回答に女の子は少しふくれると、またすぐに店を出て行ってしまった。

「ははっ、なんとか解決したな!二人が納得できてよかったよ」

その様子を見ながらアルドは笑う。兄も、

「ええ、今更ながら、妹をよろしくお願いします」

と初めて穏やかに笑った。


大人びた女の子の方も解決したので、残るは二人だ。流石に全員の行った方向を見たわけではないので、アルドはまず北西の方角に向かってみた。すると、一軒の民家の前で何やら大人しめな女の子とお爺さんが話し合っていた。

「ふむ、そうじゃのう、ならこれとこの薬草も畑の方から取ってきてくれんかの?」

「……これで良いの?本当に?」

「ああ、お前さんのおかげでな。毎日しっかり手伝いをしてくれとるから助かっているよ」

「……分かったわ。行ってくるわね」

そういうと、女の子は畑の方角に一目散に走って行った。だが、その横顔を一瞥してアルドは女の子がどことなく寂しそうな表情をしていることに気がついた。そういえば、今お爺さんにしていた挨拶も元気がなかった。

『もしかして、ここでもかな?』

そう思い、話を聞いてみようとお爺さんに声をかける。

「ちょっと良いかな?オレはあの子たちの護衛を頼まれてるんだ。もしかして、お爺さんも欲しいものがあるけどあの子に言えない、って事情を抱えてるのか?」

この質問にお爺さんがいや、とかぶりを振りながら穏やかに答えた。

「わしはこの村で薬師をしていての。あの子は普段からわしの手伝いをしてくれる子なんじゃよ。心配せずとも、わしらが取り扱う薬で足りないものはないよ。ただ……」

「ただ?」

「あの子は毎日わしの仕事を見てるからの、普通の大人よりよほど薬に詳しいんじゃ。だが、村の薬は足りておる。せっかくの狩猟祭で、あの子の得意分野を発揮するところがないのが惜しいと思っておるのよ」

「ああ、なるほどな……」

「それに、ここだけの話じゃがな」

お爺さんは声をひそめて、低く話し出す。

「最近出てきた魔物……あやつもまた部位によっては良い薬になるんじゃ」

「ええ?そうなのか!?」

アルドも驚きはしたが声は抑えてある。お爺さんはそのまま話を続けた。

「幸い代替薬はあるしそんなに急ぎで採る必要はない。しかし、あの子が聞けば無茶をしでかすかもしれん。あの子は大人しそうに見えて芯は強いからの」

「あ、ああ……」

お爺さんはそこまで話すとようやく息をついた。アルドはお爺さんの呼吸が整うのを待ってから、声をかけた。

「じゃあお爺さん、この村の外、でもあまり離れてないところで採れる普段取らない薬草をあの子に伝えてもらえるか?」

「普段採らない……?ああ、なるほど、それであの子に納得してもらう作戦じゃな?そうじゃのう、少し難しい試験と思って考えてみるか」

「ああ、ありがとう、助かるよ!」

全て言わずともお爺さんは理解してくれ、アルドは満面の笑みになる。その後ろから、女の子が薬草を3〜4房持って駆けてきた。

「お爺ちゃん、採ってきたわ!アルドと話していたの?」

「おお、そうじゃよ、お前をよろしくと挨拶してたんじゃ。……よし!きちんと言われたものを採ってきたの、偉いぞ」

「えへへ……」

お爺さんに頭を撫でられ、女の子は嬉しそうに微笑む。その光景を見て、改めてアルドはこの子たちにとって良い狩猟祭にしたいと思った。二人に一旦この場を離れることを告げ、アルドは最後の一人のところへ向かった。


臆病そうな男の子はイゴマ側ではなく、蛇背ガバラギ側の入り口近くにいた。今度は男の子以外誰もおらず、当の本人はその場に座り込んで一心不乱に何かを作っておりこちらに気づく気配がなかった。アルドは邪魔をしないように後ろから伺い見る。しかし、自身の大きな影が隠しきれず、男の子は

「誰!?」

と怯えを隠しきれない声を上げながら後ろを振り向いた。

「あ……ごめん!邪魔するつもりはなかったんだけど」

すぐに謝罪し、弁解する影の正体に男の子は緊張の糸が切れたようにため息をつく。

「アルドか……。びっくりした、集中してたもんだから……」

「うん、だから邪魔しないように近づいたつもりだったんだけど。ところで、何を作ってるんだ?」

アルドが注目しているのは男の子が手に持つ木彫りの人形だ。他にも、男の子の周りにはこれから加工されるであろう木や、木屑がそれなりに落ちていた。彫刻刀も男の子が持っている他にも何本か転がっている。

「妹への誕生日の贈り物。本当は一個だけのつもりだったんだけど、近所の人たちに、うちにも作ってくれって頼まれてて」

「へぇ、たしかにうまいな。その人形も、オレには作れないよ」

猛禽類を象った木彫りの人形はまだ未完成のようだがよくできている。


(デュナリスを仲間にしている場合)

……というか、どこかで見たことがある。アルドはそれがデュナリスの相棒、ブランであることを思い出した。

「それのモチーフ、もしかしてブランか?」

思わず聞くと、男の子は驚いたように

「えっ?知ってるの?」

と聞き返してきた。

「ああ、オレの仲間にデュナリスってやつがいるんだけど、そいつが連れている魔物のだろ?」

「ええっ、アルド、デュナリスさん知ってるんだ……。旅の葬儀士だから滅多に村に来ないけど、優しい人だよね。ブランは可愛いし覚えちゃった」

「すごいな……ブランによく似てるよ」

「アルド、デュナリスさんの友達なら、今度仕事のついでに寄ってって伝えてよ!僕の作品、見せたいんだ」

男の子の楽しげな表情に、ついアルドの口元も緩む。

「ああ!きっと伝えるよ!」


(デュナリスが仲間になっていない場合)

だが、ここいらでは見かけない動物だ。なんとなく気になり、

「それ、何をモチーフにしているんだ?」

と聞いてみる。

「ああ、これ?これは、もうきんるい?ってやつの仲間の魔物なんだ。よく村に来てくれる葬儀士のお兄さんが連れているんだよ」

「葬儀士……」

聞き慣れない職業だが、名前からして葬儀を司るのだろう。男の子はそのまま話を続けた。

「この子は賢いし、飛んでるところもカッコいいから以前、そのお兄さんが仕事に行ってるときに近くで観察したんだ。どうしても作ってみたくて」

「オレはその魔物を知らないけど、その人形は作りも細かくて綺麗だと思うよ」

アルドは正直な感想を告げた。男の子は嬉しそうに、照れながら何かを思いついた。

「うん、ありがとう……あ、アルド!」

「ん?なんだ?」

「もし、これからの旅先で葬儀士のお兄さんに会うことがあったら、伝えといてくれる?コニウムで僕がその鳥の人形を作ってること!」

「ああ……もちろん!」

その時の男の子の顔は、本当に楽しそうで。そのささやかな頼みを、アルドは快諾した。


「じゃあ、君はやるべきことは見つかったのかな?」

正直、村の状況から四人全員が役不足になる可能性を大いに考えていたが、もしかしたらその必要はないのかもしれないと、期待を込めての質問である。

しかし、次の男の子の答えで、その期待は裏切られる。

「いや、実をいうと妹の誕生日はまだ先だし、村の人から頼まれてたミュルス姉ちゃんの獣の形態ももう大まかには掘り終わってるんだ……」

「そ、そうなのか……『※』」


※(ミュルスのクエストをしている場合)

『頼まれた彫刻ってミュルスのあのウサギ姿だったのか……』


※(ミュルスのクエストをしていない場合)

『ミュルスの魔獣形態をオレは知らないけど……。なんでそれを選んだんだ……?』


色々と思うところはあったが、つまりこの男の子も実質やることがないことが分かり、アルドは肩を落とす。それを雰囲気で察したのか、男の子は申し訳なさそうに、

「いや、あるんだよ?やりたいことは。でもそれこそ危険だって父さんに止められてて……」

とする必要もない言い訳を始めた。アルドも顔を上げ、

「……親が止めているのならやめたほうがいいとは思うけど、一応聞いておくよ」

と話題を振ってみた。すると男の子は頷き、

「そのまま待ってて!ちょっと家から持ってくるから!」

と走り去ってしまった。


「……もうそろそろ帰ってきてもいい頃だと思うけど……」

アルドの感覚でもう10分ほど経った。あともう少し待ったら探しに行こうかと迷っていると、

「お待たせー!」

と、男の子が走って行った方角から声がした。

「おお!何やってたんだ……って、なんだそれ!?」

男の子の手に持つものに、アルドは思わず声を張り上げた。男の子の方もそんなに驚かれると思っていなかったのか、慌ててアルドに詰め寄って抗議する。

「わわっ……!アルド、大声を出さないで!父さんに内緒で持ってきたんだから……」

「ご、ごめん。でも、内緒のものならオレがそっちに行けば良かったんじゃ……?そんな大きいボウガン、持ち出したらそりゃ怒られるだろ……」

「いや、ただ見せるだけなら父さんも怒らないよ。それをいじろうとするから怒るんだ」

「いじるって……」

ぼやきながらアルドは男の子が持ってきた武器、ボウガンをまじまじと見つめた。大人が狩りで大物を獲る時に使うようなその弓は、どう見ても子供が使えそうな大きさではなかった。

「君はもしかして、このボウガンを使うのか?」

「ううん。流石にそれはできないよ。僕がやるのは弓の調節かな」

「調節?」

「これ作ったのは僕だから」

「ええっ!?この弓を、君が?」

初心者用の簡易な弓ではなく、上級者が使うような代物だ。アルドは弓使いではないので詳しいことは分からなかったが、彫りも細かく、弦もしっかり張っている。いい弓だと直感で分かった。

「うん。うちは鍛冶屋でさ、今まで初心者用の簡単な弓とかは僕も作れてたんだ。でも、そろそろ大人が作っている本格的なものを作ってみたくて。見よう見まねでやってみたんだ。それがこれ。父さんにはまだまだかなわないし、見習いのそんな半端もん店に出せるかって怒られたけど、上達はしたなって認めてもらえたから、せめてこの武器をもう少し調整して完成させたいんだ」

「そ、それで未完成だったのか?」

どう見ても完成された立派な弓だと思っていたので、逆にどこが未完成なのか気になった。アルドの素直な反応に、男の子は肩をすくめて笑う。

「いや?もう完成はしているよ。でも最終調整と、試しに引く人がいないんだ。父さんも、父さんと使い手の許可がなければお前の弓は使わせないって言うし。万が一弓が狂って使い手や周りの人の迷惑になったら目も当てられないって言われちゃったんだ」

「うーん、そういうことか。でもオレは弓は使えないからなあ……」

「まあこればかりは仕方ないよ。だから今回は、最終調整を自分の手でやって父さんに認めてもらう、が僕の目標かな」

「はあ……じゃあ、別に黙って今ここに持って来なくても、お父さんに話して最終調整をさせてもらえば良かったんじゃ?」

アルドのふと思いついた疑問を、男の子はつまらなそうに払拭した。

「いや、どうせ今年は自分ができそうで、楽しそうで、しかもありきたりじゃないものなんてなさそうだったから、こっそり最終調整をして父さんを驚かせて納得させるくらいのことはしたかったんだよ。いつもここで作業してるし」

「まあそうだよな……」

アルドはその達観した意見に同意せざるを得なかった。

「でも、僕は嬉しかったよ、アルドが来てくれて。じゃあ、僕は一足先に集合場所に行ってるね」

男の子が散らばった木や彫刻刀、それとボウガンを持って家に戻っていく。アルドはそれをぼうっと見送った。

これで一応全ての子供たちの様子を見てきたが、子供たちの満足する情報を集められたとは言い難い。強いて自分の腕にかなったものを見つけられたといえば、この臆病そうな男の子くらいだろうか。話を聞いていくうちに、子供たちの得意分野がわかってきたが、薬師のお爺さんが言っていたように、それを生かす場を用意するのが難しいということもわかった。

「……とりあえず、これで全員の様子は見れた。さっき決めた集合場所に戻ろう」

情報の共有のため、アルドはイゴマへの入り口近くに足を運んだ。
























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