6 それもまた魅力か

 セントラルヒーティングが盛り上げたストの機運は配電盤にも伝播したらしい。さすが暖房、熱を上げることに関してはプロフェッショナルだ。なんてジョークを言うのも空元気。

 復旧には時間がかかる、と分かった瞬間、ほとんどの人が寮を出ていった。友人のところを頼ったり、グランダッドに居座ったりするつもりだろう。


「セントラルヒーティングの次は配電盤か……なんかちょっとおかしくない? こんな立て続けに壊れるなんてことある?」


 ベッドの上で毛布の塊と化したウルフは応答しなかった。二日酔いにプラスして暖房と電気が失われて、不機嫌が頂点に達したらしい。

 僕は諦めてメモ帳を見返して、書き落とした情報が無いかチェックしていった。夜よりはかろうじて明るい今のうちにやっておかないと、何も出来なくなるからね。

 それで、ふと思い出した。


「あ、そうだった。ねぇウルフ」

「……」

「グレムリンって知ってる?」

「……」

「昨日偶然会った人がさ、君に伝言だって。グレムリンが二匹、この辺りに潜んでいるから、見つけたら捕まえて連れてこい、くれぐれも殺すな、って――」


 突然ウルフがガバッと起き上がったものだから、僕はびっくりして振り返った。彼は口元を押さえてへたり込んでいた。頭痛を忘れて激しい動きをしたからだろう。


「ど、どうしたの? 大丈夫?」


 顔色が悪い分コントラストが強まって、彼の目は余計に黒々として見えた。


「……その、話は、誰から……?」

「だから、昨日偶然会った人だって。名前は知らない」

「どんな人でした……?」

「えーっと、男女の二人組で、男の方は僕らより少し年上の感じ。焦げ茶の髪をポニーテールにしてて、目は青くて、なんかチャラそうだったな。女性の方は三十代で、ベリーショートで――あっ、そうそう、ものすごく綺麗な緑色の目をしてたよ。あんなはっきりした緑色、なかなかお目にかかれないと思う」

「……決まりだ。これは私の仕事ですね」

「え?」


 ウルフはさっと立ち上がると、ジャケットとコートを羽織って、マフラーを持ち、どんどん部屋を出ていってしまった。慌てて後を追う。


「君の仕事? あの二人は何だったの? グレムリンって何?」

「グレムリンというのは第一次世界大戦の時にイギリス空軍の中で作りだされた比較的新しい妖精の一種で、電子機器などにトラブルを起こすことを生き甲斐にしています」

「ってことは……」

「ええ、ここ最近の一連の故障、すべてグレムリンの仕業かもしれません」


 きちんと見てみないことにははっきりとは言えませんが、とウルフは真っ白い顔を毅然と上げながら続けた。


「君が会った二人は魔法庁の人間です。グレムリンなど、人に迷惑をかける妖精は魔法庁の魔性生物課によって管理されています。そして魔法使いには、それらCカテゴリの魔性生物に遭遇したら即座に捕らえることが義務付けられています。だから、私の仕事になるわけです」

「そういうのって魔法庁じゃなくてもするんだ」

「ええ、すべての魔法使いの義務ですよ。それに、もしこの寮内にいるとしたら、たとえ役人といえども部外者が立ち入るのは難しいでしょう。大学内への魔法使いの立ち入りには特殊な許可が必要になりますから」


 そう言いながら、なぜかウルフは外へ出た。


「配電盤のところへ行くんじゃないんだ?」

「ええ。別にどこでもいいんです。どうせ誘き出すので」


 と、ウルフは寮全体を見渡せるところで立ち止まった。「調べろsearch」と呟く。探査魔法だ。魔力の痕跡とかを見るために使う魔法らしい。目元に金色の光が瞬くのがちらりと見えた。

 そのままゆったりとした調子で寮の周りを歩き出す。目は外壁や地面を嘗めるように見ている。

 建物の裏側に差し掛かったところで、ふと彼は足を止め、息を吐いた。


「見つけた。確かに、グレムリンの足跡ですね」


 ウルフが指さした辺りには、これといって残っているものはなかった。何も植わっていない花壇が、昨日の雨でぬかるんでいるだけ。


「通ったその日だったら普通の方にも見えるんですけど」

「そうなんだ」

「ええ。グレムリンは飛べないので。……ところで、殺すな、と言われたんでしたね?」

「うん、そう言ってたけど」

「なら罠がいりますね」


 そう言ってウルフは踵を返した。

 学寮を出て、普段は曲がらない角を右に折れる。道幅はぐっと狭くなり、舗装はがたがたですごく歩きにくい。ウルフは歩き慣れているみたいにどんどん進んでいく。僕は転ばないように下を向いて、彼のコートの裾についていった。

 着いたのはコーナーショップだ。偏屈な爺さんが一人でやってる陰気な店で、いつ潰れるかって何十年も前から賭けになっているらしい。それで泣いた教授がたくさんいると聞いたことがある。


「君も賭ける?」

「結果を知ってる賭けに乗ることは出来ません」

「え、知ってるの?」

「どっちになるかは秘密ですけど」


 彼は悪戯小僧のように笑って、中へ入っていった。

 小さなショップの中はどこか埃っぽくて、僕の嫌いな感じをしている。通りに面したガラスは曇っているし、電気は半分しか点いていない。棚に並んでいる商品はかろうじて新しいと分かる綺麗な包装をされているけれど、それだってなんとなく淀んで見えた。

 ウルフは真っ直ぐレジに向かった。


「こんにちは。捕獲用の籠を貸してもらえますか」


 白髪白鬚の爺さんは横目でじろりとウルフを見上げた。僕は今まで(怖くて)この爺さんをまともに見たことがなかった。野放図にされた眉毛は長く伸びて、鼻の先に乗った小さな丸眼鏡に届きそうになっている。広い額は大きく前に出っ張っていた。

 爺さんは骨と皮しかなさそうな手で新聞を畳みながら、しゃがれた声で言った。


「種類は」

「中型で、植物ならなんでも」

「期間は」

「一九一〇年代のチューインガムがありますか? あるなら一両日中に」


 爺さんはボソボソの髭を何度か揺らすと、ふとカウンターの下に頭を潜り込ませた。それがまたひょっこり戻ってくると、その手には蔦かなにかで編まれた四角い籠があった。素材が違うだけで、仕組みはよくある捕獲器(餌を食べようとして中に入ると扉が閉まるやつ)と同じようだった。

 その籠と古ぼけたチューインガムをカウンターに置くと、爺さんは無愛想に、


「銀五枚」


 と呟いた。

 ウルフがポケットから出した貨幣は、今までに見たことのないものだった。それは薄暗い店内で、ほのかに発光しているように見えた。


「ありがとうございます。では、また」


 爺さんはふんっと鼻を鳴らして、また新聞を開いた。

 寮へ戻る途中「今の店なんだったの?」と問い詰めたのだが、ウルフは白々しく「別に、普通のコーナーショップですよ」と言うだけで、何も教えてくれなかった。どこに捕獲器を持っていて、一九一〇年代のチューインガムを売ってくれる普通の・・・コーナーショップがあるっていうんだよ。

 ウルフは寮の裏手で、封を切ったチューインガムを籠の中に放り込むと、それを花壇の脇に置いた。そしてそこに手を置いたまま、


「小鳥は囀り、木立は遮り、子供は冴えない影をむ」


 と呟いた。

 手の辺りからキラキラと金色の光が発生した。いつも見るのより数倍強い光だ。光の粒子はパラパラと散らばって、籠の周りにまとわりつき――次の瞬間、籠が消えた。

 僕は目を疑い、何度か瞬きをして、何度も擦った。

 籠が消えた。消えた!


「丸見えの罠に引っ掛かるやつなんていないでしょう?」


 驚きを隠せない僕を見て、ウルフは満足げだ。僕はすっかり感嘆してしまって、呆けた声を出した。


手品マジックみたいだ……」

魔法マジックですよ、比喩でなく」


 一瞬頭の中がこんがらがって意味が分からなかった。が、理解した途端、僕は噴き出していた。僕らはそろって馬鹿みたいな笑い声を上げ、次の瞬間ウルフが呻き声とともにうずくまった。二日酔いのことを忘れていたらしい。

 彼には案外、抜けたところもある。


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