第6話 茉白

 病院から、連絡があった。


「どうした」


 同僚。偽物の煙草を手繰たぐる手が、止まる。


「彼女が。昏睡だそうです」


「お前。感情が顔には出ないけど、雰囲気には出るんだな。初めて知ったよ」


 彼女。消えてなくなるような、雰囲気。こんな日が、いつか来るのを。知っていたような、分かっていたような、そんな気がする。


「病院の病棟の場所は訊いたか?」


「いえ」


「連絡しな。それぐらいは教えてもらえるだろ」


 言われるままに。電話をして、病棟を訊く。すんなり教えてくれた。


「最上階だそうです」


「駅前の病棟なのか。それとも三日目村病院か」


「三日目村病院です」


「そうか」


 同僚。偽物の煙草を、吸って吐く。煙。ミントの匂い。


「あの村の最上階。俺も入院したことがある。送り火が綺麗に見える場所だ」


「そうなんですか」


 同僚。病院とは無縁の、生活をしているのだと思っていた。


「むかしの仕事でな。火災現場から逃げ遅れて、肺を焼かれた」


 ミントの匂い。気分が、どこか落ち着く。


「この煙草もどきは、そのとき処方された、気休めの医薬部外品なんだよ。少しでも肺の状態を良くしようってな」


 偽物の煙草。箱から出た、一本。差し出される。


「やるよ」


「ありがとうございます」


 手渡されたそれを、吸わずに胸ポケットにしまう。


「吸わねえのか」


「死ぬ直前になったら、吸います」


「お前。死ぬつもりだな」


「ええ」


 彼女が、そこへ行くのなら。

 自分も、一緒に行こうという気分になっていた。

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