5.戦闘訓練
私の頭の上に一週間ほど居座り続けた赤トンボだが、マイヤー少佐のお誕生日会を行った次の日の朝、やってきた別の赤トンボと視線が合うなり、ぱ、と飛び上がり、ぐるぐるぐる、と私の上を互い追いかけ合うように円を描いて飛び回った後――そのまま、あっさりと一緒になって飛んでいった。
私は隣にいた少佐の服を引っ張り、叫んだ。
「うわああああああんっ! 寝取られました少佐ぁーっ!」
「おい、落ち着け」
「ひうあああああっ! だってソウザキ少佐、他に良い女性を見つけたからって、平然とそっちに乗り換えるなんてあんまりですっ! そんな男性最低です! 古い相手である私なんてどうでもいいってことですか少佐うわああああああんっ!」
「おい待て――待て」
と、ソウザキ少佐は言って周囲を見回し、
「――おいこらちょっと待てそこの整備班! お前らどこに電話掛けてやがる!? 今走っていった奴はどこに行くつもりだふざけんな! 待ちやがれええええええっ!」
絶叫しながら、ソウザキ少佐が全力疾走で駆け出す中。
赤トンボが二匹一緒になって空の上へと消えていった。
その空の上で。
今。
私は、ソウザキ少佐と一緒に飛びながら、バラッカ中佐の言葉を聞いている。
『二〇世紀の初め。かのライト兄弟が自らの作ったライトフライヤー号によって空を飛んだその日に、飛行機とパイロットの歴史は始まった』
無線の向こうから聞こえてくるその言葉に、私は耳を傾ける。
私を操縦しながら、きっと、ソウザキ少佐も耳を傾けている。
『それから飛行機は進歩し、木組みと布張りの翼は金属から複合材へ。エンジンはレシプロからガスタービンへと変わった。音の壁を超え、成層圏まで辿り着いてきた飛行機の、しかしそのコックピットには常に私たち人類のパイロットの姿があった。積み重ねられた技術があった。――だが今、人類は、新しいパイロットたちへとその技術を受け渡す時機に来た』
私の内側から響く、エンジンの唸り声。
機体表面を駆け抜け通り過ぎていく空気の向こう側に、それと同じ、別の唸り音。
三六〇度全周を見渡す視界に、私と同じく人間のパイロットを乗せた仲間が三機。
『指導パイロットの中には、新しい世代のパイロットを育てるということに戸惑い、悩みを抱えていたものもいるだろう。新世代のパイロット候補生たちも、前例のないこと故に手探りの部分があったことと思う。――だが、未だ誰一人脱落することなく、私たちはここにいる』
飛行機雲を背後にたなびかせ、空を駆けていく四機の機体。
その、先頭に立つ機体に乗って。
バラッカ中佐が告げる。
『今、こうして君たちとフライトを組むことができたことを、喜ばしく思う』
だが、と。
言葉が続く。
『――だが、しかし本番はこれからだ』
その通り。
ここからが、私たちの本当の始まり。
私たちは空を飛ぶために生まれたわけではなく――戦うために生まれたのだから。
『我々は軍人であり、我々が操縦する機体は戦闘機だ。拳銃を撃ち合い、煉瓦を落としていた時代を思い返すにはあまりに遠く、機関砲を空で撃ち合う時代すらとうに過ぎ去った。我々が今振るう武器は、視界の及ばぬ遥か遠くの敵を捉えるレーダーであり、捉えた敵を逃すことなく射殺す誘導弾だ。地球上において最も強大な武力を持った兵器の一つ。我々はそういった武力を行使する存在だ。それを、今これから戦闘技術を学ぶ新世代のパイロット候補生諸君は、よく覚えておいて欲しい。そして――』
そこで一旦言葉を切ってから、バラッカ中佐は言う。
『――そして、その技術を、君たちが正しく扱えることを願う。……以上だ』
その言葉が終わるのと、ほぼ同時に。
戦況を確認するための中継機を通して、基地の訓練管理用RAIとの接続を開始。
訓練のための交戦空域へと突入する。
『それでは、これより状況を開始する――各機、戦闘行動に移れ』
『了解』
バラッカ中佐の言葉に。
マイヤー少佐が、ロスマン少佐が、ソウザキ少佐が、声を返す。
即座に、四機が機体の対抗迷彩を起動。画像認証を騙くらかすためのパターンを機体表面に発生させ、赤外線を誤魔化し、レーダー波を選択的ジャミングで相殺しまくる作業を開始する。
『行くぞ――こちらにぶつけるなよ』
「誰に言ってやがる――まあ見てろ」
マイヤー少佐とソウザキ少佐が軽口を叩き合いつつ、互いの機体を接近させた。
信じられないような近距離まで。
仮にヘルメットを付けていなかったならば、互いにコックピットにいる相手の表情を視認できるような、つまりはちょっとズレれば機体と機体が衝突するなり、気流に巻き込まれ揉まれて両方の機体が吹っ飛びかねない、そんな冗談抜きの至近距離。
当然、コックピット内に警告音が鳴り響く。
「うるせえな――デイジーこの音止めろ」
『すていすていすていっ!? いやちょっと何やってんです少佐!?』
「いいからこの警報切れって。ミスったらもうそれで終わりだぞ」
『ぶつかりますってっ! 無理無理ぶつかる! ぶつかるぅっ!』
「ぶつからねえからやれ! デイジー!」
『ひいいいいいいんっ!』
ソウザキ少佐の無茶としか思えない指示に私は従い、RAIの正常な判断によって発せられる正統な警告を私は、えいやっ、と沈黙させる。
「こっちの機体でレーダーを使う。各機とのデータリンクは完了してるな?」
「い、いえす!」
「そんじゃあ――行くぞ。デイジー」
レーダーが作動。機首から放たれた電子の波が空に拡散。
そして。
敵の機影が、レーダーに映り込む。
機影は八つ。私に搭載されたライブラリが瞬時に私に伝えてくるその機体。
RF1〈ハウンドドッグ〉。
最初に実戦配備されたターミナル。
その後、瞬く間に世界の戦場に広がり、猛禽を虐殺し食い尽くした空の猟犬。
一応のところ対抗迷彩は有し、ある程度のステルス性は持っている〈ハウンドドッグ〉だが、より高度な対抗迷彩を持つ私の機体や有人機に比べるとどうにも貧弱だ。
レーダーに映った対象の挙動を元にし、情報の補正を行うRAIの働きによって、ノイズの海から拾い上げられ容易に捕捉。一機、二機とレーダーが機影を捉え――全部で八機がレーダーに映る。
ソウザキ少佐が、
ロスマン少佐が、
マイヤー少佐が、
バラッカ中佐が、
その言葉を叫ぶ。
『――エンゲージッ!』
搭載された武装を解き放つ言葉。
ちょっと高性能なだけの飛行機が、その瞬間から戦闘兵器に変わる。
私たちの機体に搭載されている――ことになっている誘導弾は、中距離弾が六つと短距離弾が二つ。
ソウザキ少佐は即座に中距離弾を選択、補足した八機がその射程に入るの同時に操作――四機を指定しマルチロックオン。
操縦桿の誘導弾発射スイッチに指を掛け、そのまま押し込む。
それに連動して、私の機体はウェポンベイを解放。押し込まれたボタンを通して送りつけられた信号で目を覚まし、搭載されたRAIによって管制され、慣性航法やらアクティブ・レーダーやらパッシブ・レーダーやら画像認証やらデータリンクやらを利用し、何が何でも敵機を食らいつかんとする誘導弾を四つ、宙へと投下――はせず、その情報は訓練管理RAIへと送られてシミュレーションが開始。
シミュレーションの中。
四つの誘導弾が火を吹き、四本の煙の尾をなびかせ、空の向こうへと飛んでいく。
直後、ソウザキ少佐とマイヤー少佐がアフターバーナーを使用。急角度のターンを敢行。信じられないことにお互いの距離は保ったまま。機体に掛かる強烈なG。角度は敵機の進行方向に対して九〇度――ビーム・マニューバ。
他の三機とのデータリンクを通し、各機の状況を走査――データを見て私は驚く。
他の三機のパイロットも、全く同タイミングで誘導弾を発射しており、しかも敵機一機に対し均等に二発ずつ撃ち込まれるようにロックオンを行っていた。
おそらく、事前に何らかの取り決めをしていたのだろうが、よくもあの一瞬で判断して合わせられるものだと私はむしろ呆れそうになる。
だが状況は、その暇を私に与えない。
私と味方機が発射した仮想の誘導弾の群れが食らいつき、レーダーの中にいる一機が、まず撃墜判定。二機目がさらに撃墜。さらに三機目。退避軌道を取った四機目も誘導弾を振り切れず撃墜され、五機目が一つの誘導弾を振り切った先でもう一つ迫っていた誘導弾にぶち当たって撃墜判定。さらに六機目。そして――そこで止まった。
残ったのは、たったの二機。
一瞬だけそう思った。
が。
「二機残った……っ!」
と呻くソウザキ少佐の言葉は、ほとんど絶望的な声音に近くて、私は自分の判断がまるで間違っていることに気づき。
そして。
次の攻撃のために、マイヤー少佐とソウザキ少佐が旋回し、残る二機をロックオンするのとほぼ同時――こちらのレーダー警戒装置が悲鳴を上げて泣き叫んだ。
『敵機のロックオンです!』
私が叫んだときには、とっくにソウザキ少佐は残りの中距離弾を発射し、同時にアクティブデコイを使って再度のビームマニューバ。マイヤー少佐も同様。
ただし、今度は二機一緒ではなく互いに逆方向――ブレイク。
その間際、マイヤー少佐からの無線が来て、
『残った方が奴らとドッグファイトだ――幸運を祈る!』
「俺が落ちたときは任せる!」
と、ソウザキ少佐も怒鳴るように叫び返す。
再度アフターバーナーを使っての回避行動。
撃ち込まれてきた敵の誘導弾は、二発。
作動シーケンスを訓練管理RAIが受け取って、シミュレーション上でアクティブデコイ二つがフレアとチャフと電子妨害をばらまきながら身代わりの機能を果たす。
仮想空間において、私たちの機体を狙っていた誘導弾の一つが、レーダー上でいきなり四機に分裂した相手に混乱し、デコイの一つに引っかかって無効化される。
そして。
もう一つの誘導弾が、デコイに引っかかった相方の無念の断末魔を受け――おもむろに針路を変更。次の瞬間には、アクティブ・レーダーが捉えた片一方の反応に突っ込んでいき、近接信管が作動。
撃墜判定――マイヤー少佐の機体だ。
データリンクを確認すると、ロスマン少佐の機体も撃墜判定を受けていた。
それに対し、今の撃ち合いで撃墜された敵機は一機。
残る敵は――たったの、一機。
こちらは敵機を七機撃墜、それに対して損耗は二機。
だから、この時点で、すでに私たちは敗北していた。
ファーストルック・ファーストショット・ファーストキル。
かつて最強と名高かった有人戦闘機の基本戦術は、現在の有人戦闘機にも受け継がれているが――それに対して、ターミナルの基本戦術はこのように呼ばれている。
ディレイルック・ディレイショット・ディレイキル。
最高性能の有人機とターミナル機が一体一で戦えば、意図的にドッグファイトでもしない限り、必ず有人機が勝利する。ステルス性能やレーダーなどの重要な兵装の性能で劣る分、それは当然だ。
多対多の戦いでも、それは変わらない。
基本的に、ターミナル機は開幕の一撃で先手を取られ、大半が撃墜される。
だが、編隊のターミナル機が一機でも生き残っているならば、反撃が来る。
そうなると、ターミナルと違って人外の機動を行えない有人機は、現代の高性能な誘導弾を避けるのはまず不可能だ。ビームマニューバは気休めみたいなものであって、アクティブ・デコイもデータリンクを行って目標のアップデートを行う現代の誘導弾が相手では絶対ではない。
そして有人機が一機でも撃墜されれば、ターミナル数機分より遥かに莫大がコストがかけられた有人機は失われ――そして、さらに高いコストをかけて育て上げられたパイロットも死亡する。HAIならバックアップを取っておけるが、人間ではそうはいかない。
だから、ターミナル機は空の覇者となった。
未だにある種のロマンとプライドが幅を利かせている軍隊という組織の中で、その象徴の一つでもあった有人戦闘機のパイロットたちが空から駆逐されつつある最大の理由は、無人機が有人機を凌駕したことではない。
単にそっちの方が安上がりだから、という身も蓋もない現実だ。
その現実が、今、ここにある。
無線の向こう、マイヤー少佐の言葉。
『すまん――』
「――任せろ!」
ソウザキ少佐が短距離弾へと切り替えた直後、もう一つの現実がやってくる。
どこまで広がっているような青い空間――その向こう側からやってくるその機影。
全翼機を連想させる形状。単発機。対抗迷彩によって機体表面に浮かび上がる曰く言い難いパターン。当然のように存在しないコックピット。
ターミナル機の姿。
そして、有視界戦闘――ドッグファイトの距離。
『来るぞ。ソウザキ少佐』
「――わかってます」
バラッカ中佐とソウザキ少佐がターミナル機をロックオンし、短距離弾を発射する――その直前に、正面にいたターミナルの姿が消えた。
三六〇度を捉える私の視界は、それが単なる錯覚であることを理解している。
アフターバーナーを噴き、凶悪な角度で無茶苦茶なターンを決めたターミナルは、一瞬でこちらのロックオン範囲から外れ、こちらの機体の上空を取ってみせる。
ソウザキ少佐もヘッドマウンドディスプレイでそれを見上げていて、機体を操縦し、バラッカ中佐と連携を取る形で考え得る限り完璧に近いターンを行って――それでも、無茶苦茶なその速度に追いつけない。
瞬時に、バラッカ中佐の機体が食いつかれロックオン――撃墜判定。
『――駄目か』
バラッカ中佐の呻き声。
ターミナルはRAIであり、ただひたすら決められたプログラムで動いている。空戦の技術それ自体は決して高くない。連中は一定のルーチンワークで動いているだけで、汎用性に欠け、さほど複雑な軌道で飛ぶことはできない。
それでも。
無人機は、有人機ではパイロットでは不可能な、極めて高いGが掛かる軌道を行うことができる――人類の精緻な空戦技術を、稚拙な力業で持って凌駕する。
だから今の空において、ドッグファイトはターミナルが支配する場所だ。
人間の居場所は、もう無い。
だが。
「おい――デイジー」
と、ソウザキ少佐が言った。
その言葉に、とてつもなく嫌な感覚を、私の感情マップを埋める数値が出力する。
「ぶん回すぞ――目ぇ回すな」
彼の左手がスロットルを最後まで押し上げ。
彼の右手が操縦桿を横に限界まで押し倒す。
急加速と同時に、機体が急激な旋回を行う。
幾重にも重なったフライ・バイ・ワイヤと推力偏向エンジンを限界まで酷使した、凄まじい速度で極める、ほとんど直角に近いターン。バラッカ中佐を撃墜した隙を突く形で、ターミナルの背後へと食らいついた。
当然の如く襲いかかる、強烈なG。
計測結果を確認して、ぞっとした。
最新鋭の耐Gスーツの効果を考慮に入れたとしても、明らかに危険域に片脚を突っ込んだ数値――当然、発狂したようにけたたましく鳴り出す警告音。
『な、何をやってるんですか少佐!?』
と、私の方も半狂乱になって絶叫する。
『訓練ですよ!?』
無視された。
危険を感じて、私は機体のコントロールをソウザキ少佐から奪い取ろうとして――その瞬間にソウザキ少佐は、非常用のロックを掛けてきてこちらからのコントロールを無効化してきた。本来ならば、暴走したHAIを止めるための機構を使われ、しかもスピーカーまで切られた。
ぷちん、と。
その瞬間、私はぶち切れた。
この野郎、と私は思い、ふざけんな、と思考は続き、舐めるな、と奮起する。
――コントロールが無効化された程度でどうにかできると思うな。
――どれだけ貴方とこの機体について研究したと思っているのか。
さすがに、直接機体の操縦を取り戻すのは厳しい――が、私は即座にオートパイロットを強制的に起動させるための抜け道を見つけ出した。
そこに信号を送り込もうとしたところで、
「デイジ――」
と、ソウザキ少佐が言った。
「――頼む」
送り付けようとしていた信号を私は寸前のところで止めた。
そして、有人機とターミナルのドッグファイトが始まった。
ほんの十秒にも満たない時間。
私の記録領域の中には、そのドッグファイトが完全な形で残されている。空戦データにおける、最優先参照対象のタグ付けが成された、私の空戦技術を形成する根幹。
ソウザキ少佐は。
彼は、再び、直前に行ったのと同じ急激な方向転換を敢行した。
連続で。
警報音の絶叫が止まらなくなった。
危険域に片脚を突っ込み、両脚を突っ込み、さらには両腕と腹の辺りまでを突っ込んだような計測G。
みし、みし、と聞こえる音。
機体が軋む音ではない。私の機体は、ターミナル並の軌道に耐えられるように設計されている。だから軋んでいたのは、ソウザキ少佐の方だ。彼の肉が、骨が、悲鳴を上げて叫んでいた。今にも壊れそうなくらいに。
凄まじい加速と冗談じみたターンの力技で逃げようとするターミナル。それに対してソウザキ少佐は、空戦技術と機体性能の全てを注ぎ込み、その上で、さらに危険域のGに潜り込み、食らい付き、離さない。
勝てる。
人間がターミナルに――ドッグファイトで。
身をよじるように、必死で振り切ろうと最後の抵抗をするターミナル機。逃げられない。それが分かる。ソウザキ少佐はその動きに追いついて――捉える。
もはや当たり前のようになった警告音。
ソウザキ少佐が、危険域のGへとさらに一歩潜り込み、ロックオンして誘導弾を撃ち込むための最後のターンを――
そこで私は、不意に間違いに気付く。
このターンを決めれば、確かにターミナル機に勝てる。
ただし、その場合にかかるGは人間の限界を間違いなく超える。
人間の限界の向こう側。
それを超えれば当然の結果として、死ぬ。
私はとっさに、止めていた信号を送り込み、オートパイロットを強制的に作動させようとして――でもその前に、ソウザキ少佐が操縦桿から手を離していた。
どちらの信号が先に届いたかは分からない。
オートパイロットが作動――機体の制御がRAIの制御へと移る。
決めようとしていたターンは中止され、捉えていたターミナル機が一瞬で消え去る中で、こちらの機体は緩やかな旋回を始め、警告が止む。
その代わりに、レーダー警戒装置が敵機からのロックオンを告げた。
当然、何もできない。
そのまま、撃墜判定。
数秒間のドッグファイトは、そんな風にして終わった。
操縦をオートパイロットに任せ、空を旋回しながら。
ぐったりとコックピットシートにもたれたソウザキ少佐が、ひどくのろのろとした動きで私に掛けられていたロックを外し、スピーカーのスイッチを入れた。
『少佐――』
何考えてんですか馬鹿じゃないですかなんでこんな訓練で何やってるんですか少佐に死なれでもしたら私はこれからどうすれば良いんですか誰と一緒に勉強すればいいんですかゲームセンターに行けばいいんですか空を飛べばいいんですか私の歌を聞いてくれる人がいなきゃ嫌ですそれじゃ指導パイロット失格です本当にやめて下さいお願いですから――などと、矢継ぎ早に言葉を告げるつもりだった。けれでも。
「ごめんな。デイジー」
先に、ソウザキ少佐に言われた。
「ごめんな。……勝てなかった」
謝るところはそれじゃないだろう、と私は思ったが、ソウザキ少佐の言葉はちょっと信じられないくらいに弱々しくて、とっさに私は慰めの言葉を口にしていた。
『……何を言ってるんですか。最後のターンを決めていたら、勝っていました』
「そりゃ無理だ――できないんだから」
できない。
その言葉が、ひどく空虚にコックピットの中に響いて、不意に私は不安になる。
無線が入る。バラッカ中佐の言葉。
『……大丈夫かい? ソウザキ少佐?』
「すみません。中佐。……負けました」
『そうだな――』
静かな言葉だ。
静かな、ひどく静かな言葉で、バラッカ中佐は言った。
『――私たち人間の、限界だ』
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