ひとりぼっちのフライバイ

エピローグ5

 セントラル同士の戦闘はチェスに似ている。

 当然、キングはセントラル機。

 そして、クイーンはターミナル機で、ナイトはターミナル機で、ルークはターミナル機で、ビショップはターミナル機で、ポーンはターミナル機――何だか無理矢理こじつけている気がしてきた。


 ともかくターミナルというのは、チェスにおけるキング以外の駒なのであって、キングであるセントラルを守るための盾であると同時に、敵のセントラル機を破壊するための剣でもある。

 そしてそこには当然、犠牲手というものが存在する。

 故に、


『四番機、十三番機ロスト!』


 というミドリ少尉の叫びを聞きながら、私はエレメンタル・コマンド。

 組ませるのは、一番機と十六番機。

 これは部隊やセントラルによって変わったりするのだが、私の場合、指揮下のターミナルには古い機体の順に番号を振っている。よって、十六番機はちょうど今回の任務で補充されたばかりの機体で、一番機は二年程使っている古い機体だ。

 二機に対し命令。


 ――ちょっとお前ら死んでこい。


 選出の理由。

 十六番機は今回が最初の使用で、初期不良が起こる可能性が高いため。一番機はここ二年間いろいろと酷使し過ぎた結果、いつ故障が出てもおかしくないため。

 経験上、私は古い機体と新しい機体はまず故障するものと考えている。古くもなく新しくもない機体――ちょうど八番機と九番機辺りの信頼性が一番高い。比較的。


 こういう考え方について、ミドリ少尉辺りは「中佐って意外とドライですよね……」などと言ってくる。

 気持ちは分かる。

 私は、度々、整備班のところに出入りしているから申し訳ない気持ちも割とある。しかし、それでも敵のセントラルにトドメを刺そうとしたところで故障されでもしたら普通に詰む。実際、そんな冗談みたいな理由で負けたことが何度かあるのだから仕方ない。


 私は天才ではないので、ドライだろうと無駄だろうとやれるだけのことはやる。


 そんなわけで、私の部隊で最古参のターミナルと新米ターミナルは、攻撃を行ってきた敵機に対し反撃の中距離弾を叩き込む。そのままレーダーをぶんぶんと振り回しつつ相手の部隊へと突っ込んでいき、敵の動きを探りつつ、敵機のレーダー索敵範囲の把握――そして、役割を終えて敵機の誘導弾で撃墜される。


『敵ターミナルを一機撃墜! 一番機、十六番機ロスト!』


 有人機の時代なら各方面から「おいちょっと待てよ」だの「貴方の血は何色なのか」だのと言われ様々な問題が発生したであろう戦術。

 しかし、セントラル同士の戦いではごくごく基本的な戦術であって、ターミナル一機一機を後生大事に抱えているようなセントラルは余程の変人か馬鹿だ。

 ターミナル一機一機を高速かつ大量の緻密なシングル・コマンドで動かし、凄まじい機動で飛び回らせる変態ならいる――っていうかチャーリーだ。少しは自重しろ「キング・セントラル」。


 私は、取得したデータをデンドロビウム7に、ほいや、とぶん投げる。

 そして、ほらよ、と瞬時にと返ってきた分析結果を元に、作戦を選択。


 レーダーに移る敵機を示す点は、最初に犠牲になった四番機と十三番機の情報では七、今突撃させた一番機と十六番機の情報では一二。さすがに分裂したわけではないと思うので、対抗迷彩の出力を上げつつ、機体と機体を接近させてレーダーを欺瞞しているのだろう。

 つまりは私と同じことをしている。

 エスコート・マニューバなどと今では言われている欺瞞機動――利用法は大分違っているが「彼」も使っていた。


 あの頃とは、空の戦場も随分と変わってしまっている。


 何にせよ、この中にセントラル機が隠れているはずだ。

 右端の二機が、他の機体から妙に離れているのが気に掛かる。あからさま過ぎて罠くさいが、それを読んであえてそこにセントラルを配置してくる狡い奴もいて油断できない。


 九番機と十六番機の尊い犠牲によって得たそれらの情報を元にして、残る十二機のターミナルを私は操作し、どの機体を犠牲にしてどの機体で攻撃してということを瞬時に判断して配置。

 私は七番機と一〇番機のエレメントを解体、両機に別々のシングル・コマンドを送っておく。一〇番機は囮。セントラルと誤認させるような場所と動きをさせておく。ルーキーなら引っかかってくれたりするが、ほとんど気休めのようなものだ。


 チャーリーのようにシングル・コマンドで配下のターミナル一機一機を精密に操るようなことは私にはできない――幾らHAIの処理能力が人間の比ではないとはいえ、マルチタスクにも限度ってもんがある。

 あれだ、右手と左手で別の仕事をすることができるからと言って、さらに右足と左足と口と目で別の仕事をしろと言われるとちょっと無理みたいなそんな感じ。

 遅延を起こし、ミスも増え、命令し切れず放置とか、それぞれのターミナルがどこにいるのかわからなくなってパニックになったりするのは経験から分かっている。

 私の場合は他の機体をエレメンタル・コマンドによって二機一組で操作する。

 それぐらいが丁度良いのだ。

 中には「だって面倒だし」などと言い、フライト・コマンドで四機一纏めで大雑把に動かすアリスみたいな奴もいるが、天才の言うことなので無視。


 互いに殴り合う準備を整え、先頭のターミナルが互いをレーダーに捉え合う。

 一斉に鳴り響く、各機のレーザー警戒装置。

 ロックオンと共に放たれる誘導弾の雄叫び。

 ミドリ少尉が叫ぶ。


『敵ターミナル二機――いえ、三機撃墜! 二番機をロスト!』


 三機落として、一機を失った形。相手のターミナルの数を十六と想定した場合、お互いのターミナルの数は、こっちが十一で相手が十二。

 優勢だ。

 数の上では劣勢でも、こちらが相手の陣形のどてっ腹を突くような状況。

 私は四番機と十三番機を、そして一番機と十六番機を捨て駒にして失った訳だが、それによって得られたアドバンテージでこの状況を作った。


 ターミナル機というのは、基本的に誘導弾なんかと同じ消耗品だ。


 駒を捨てることを躊躇っていてはチェスの試合に勝てない。それと同じように、ターミナル機を捨てることを躊躇っていてはセントラル同士の戦闘には勝てない――一応のところ弁解させてもらうと、搭載されているRAIの学習情報バックアップはちゃんと取ってある。昔と違って、使い込んだRAIの重要性も、今はちゃんと理解している。


 ちなみに、チャーリーの場合セントラルすら捨ててくる。意味がわからない。

 「キング・サクリファイス」などと私たちの間で呼ばれる戦術であり、チャーリーは自機のセントラルを囮にして隙を作り、そこに無数の遅延処理のシングル・コマンドを送り込んだターミナルを突っ込ませ壊滅させる、などというようなことを正気でしてくる。

 っていうか、実際された。

 決死の覚悟でドッグファイトに持ち込み単身防御を突破しセントラルに撃墜判定を食らわせて「よっしゃ勝ちました!」と思った直後に瞬殺された。ぶっちゃけ、チャーリーもアリス同様トラウマ製造器だ。本気で自重しろ。


 まあ、チャーリーほどでは無いにせよ、私も思い切りの良さには自信がある。伊達にセントラル・パイロット最古参の一機として経験は積んでいない。


『敵ターミナルをさらに二機撃墜! 十五番機をロスト!』


 これで十対十。

 数の上では並んだ。そして、この先は、さらに私の優勢で進んでいく。

 ただし――今、こちらの側面から向かってくる二機を凌ぎさえすれば。


 先程、妙に離れた位置に配置してあった右端の二機だ。その時点で気に食わないと思っていたが、会敵直後にさらに気に食わない動きをしてきた。

 ぐるり、と。

 大きく迂回して側面に回り込む動き。

 正面から本隊でぶつかるのと同時に、側面だの背後だのから別働隊で奇襲を掛ける――などという方法はルーキーなら一度は考える戦術で、そして挫折する戦術だ。

 どうしたってレーダーやら赤外線探知やらに捉えられる。実際、今こうして、こちらに向かってきている相手の動きは丸見えで、奇襲には全然なっていない。


 気に食わないのは、その軌道が一直線に私のセントラルへ向かってきていること。


 ――セントラルの位置を把握されている。


 悟られるようなヘマをしたつもりはないのだが、と思い、何か特殊なシステムでも装備してるのだろうか、と思い、それともただの勘か何かか、と思い――そこで思考をぶった切って現実に対処する。


 中距離弾の射程距離に入った時点で、囮に使っていた十番機を使って迎撃。二機の内一機を撃墜するが、返す刀で十番機がロスト。私は八番機と九番機で、残る一機に対してトドメを――刺そうとしたところで、見切っていたつもりの相手ターミナルの射程の外で、九番機がロスト。ブラフに引っかかった可能性を一瞬考え、違うと否定した後で理解――相手のセントラル機だ。


 馬鹿じゃないのか、と思った。

 よりにもよって、セントラルでこんなところに突っ込んでくるか。


 セントラル単騎で突っ込んでくるのはアリスも同じだが、あれは先制攻撃を仕掛けるのを前提とした戦術だ。

 さらに追撃は後続のターミナルに任せ、自機は即座に後退する。私の経験上、本当の意味で攻撃的なパイロットは大抵そうだが、アリスは後退のタイミングを掴むのがちょっと尋常でなく上手い。相手を殴るのをどこで切り上げるのが一番効果的なのか、を感覚的に理解している。

 こいつの場合、アリスのような攻撃的なパイロットとは違って、単に猪突猛進に相手に突っ込んでいくただの馬鹿という気がする。本当にルーキーなのかもしれない。


 そういう馬鹿は別に嫌いじゃない。

 しかしもちろん――容赦はしない。


 こちらも自機のセントラルで迎撃する。

 一〇発積まれているの誘導弾の内、中距離弾二発を使う。生き残っている八番機を誘導の中継点にして誘導弾の射程を延長。八番機自体も誘導弾を二発発射。

 計四発の誘導弾。

 瞬時にデータリンクで連携を取り合い、ロケットエンジンの咆哮と共に敵機を狙う追跡者の群れ。セントラルの機動でも避けることは厳しい。

 念のためビームマニューバを取りつつ、私は相手の動きを注視――どうやらアクティブデコイとアサルトディフェンサーを一度に切ったらしい、先に辿り着いた八番機の誘導弾を無効化する敵のセントラル。

 だが、遅れて辿り着いた私の誘導弾はどうする、と私は相手の次の行動に備える。


 敵機は避けなかった。

 気休めのビームマニューバすら取らない。

 誘導弾が、そのままレーダーの視界上にいる敵セントラルに――着弾。


 強烈な違和感が最初にあって、それを八番機が使った誘導弾が着弾寸前に送りつけてきたデータが現実とし、同様に私の誘導弾が送ってきたデータが確信させ――直後に、レーダー上の敵セントラルが分裂した。


 当然、本当に分裂したわけではない。

 八番機の光学視界のレンズをぎりぎりまで絞って、それを捉える。

 アフターバーナーを使い、死に物狂いでこちらに向かって突っ込んでくるセントラル機。そしてその背後に、誘導弾を食らい、黒煙を噴いて落ちていくターミナル機の姿。直後に撃墜される八番機。


 エスコート・マニューバでターミナルの存在をずっと欺瞞していて、この土壇場の場面でブレイク。誘導弾に対する盾として使った――たぶんそういうことなのだろう。信じがたいが。


 斬新な発想というよりは、普通に馬鹿じゃないかこいつ、と言いたくなるような戦術だ。狙ってやったかどうかもちょっと怪しい。隠し球として取っておいたターミナルを使う機会を逃し、ここで使うしかなかったという気配がちょっとする。

 そもそも盾として使うと簡単に言うが、誘導弾が盾を狙うかどうかも運次第で、首尾良く盾を狙ったとしても、エスコート・マニューバの距離では盾の破片を食らって一緒に撃墜される可能性が高い。

 実際、先程見たこちらに向かってきていた敵のセントラルの姿は満身創痍な感じだった。よく撃墜されなかったもんだ。私ならこんな運任せな戦術、絶対にやらない。


 しかし、運任せだろうと何だろうと、相手はその賭けに勝った。


 ビームマニューバが仇になった形だ。回避行動すら取らずに突っ込んできた無茶苦茶な相手に対して、反撃がどうしても一手遅れる。

 致命的な一手。

 相手はそのまま一直線にこちらに向かってきて、こちらを射程に収めようと接近――される前に、私は待機させていた七番機でロックオンを掛けた。


 舐めんな。


 運任せの戦術をちょっと決められた程度で、負けるつもりはない。

 なかなか面白い相手だったが――これで終わりだ。

 私は、七番機に誘導弾を発射させる。


 がきんっ。


 そんな音が聞こえた――気がした。

 直後、七番機が「あのー……」と言いたげに報告してくる異常。

 ウェポンベイの故障。


 ――あ、詰んだ。


 整備班に嫌な顔されながら再三チェックさせて自分の目でも確認したのに、と思った次の瞬間――自機のレーダー警戒装置が鳴り響いて絶叫し二発の誘導弾がこちらへと飛んできた。


 私は自動で発動しそうになる、二発撃たれるとあんまり意味がないアクティブデコイを、ちょっと待ってろと引き止める。決死のビームマニューバで振り切ろうとし、一発は振り切ったもののもう一発が振り切れない。そこでようやく、寸前で止めていたアクティブデコイを使う。

 が、距離がちょっと近過ぎる。

 やばい、と思って衝撃に備え、あとはもう神や仏やライトブラザーズに祈ることしかできず――そして、アクティブデコイに対して誘導弾が近接信管で作動。


 爆発の光と衝撃が――私の意識と機体とを、物の見事に吹っ飛ばした。

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