第47話 燃え盛る屋敷内にて

 屋敷の中は、煙がひどく充満していた。俺は布で口と鼻を覆う。


 屋敷の中も外同様に冒険者たちが倒れていたが、それが幸いで、煙を吸ったりしている奴はいない。


(やっぱり、中には伯爵領の冒険者しかいねえな)


 ルーフェたちをすぐに保護したいところだが……。


「……火球!!」


 遠くの方から、叫ぶ声とともに爆音が響き渡る。今のは、間違いなくルーフェの声だ。


 声のした方へ、火をかいくぐりながら進むと、壁に大穴が空いていた。


「みんな、早く、こっちだ!」


 ルーフェが女たちを誘導して、大穴から外へと出ているところである。


 俺は、ためらいなく叫んだ。


「……ルーフェ!!」


「……コバ!?」


 ルーフェはこちらに気づくと、あわてて駆け寄ってくる。


 スキルの反動で倒れかける俺を、彼女は受け止めた。


「……無事だったんだな」

「そっちこそ、来てくれたのか!」

「サイカさんに血相変えて頼まれてな」


 持ってきていたスタミナポーションを飲み、なんとか体力を回復させる。


「とにかく、まずはお前らの避難だな。……正門から少し西に離れたところに洞窟がある。バレアカン用の冒険者の居住スペースだったから、避難所くらいにはなるだろ」

「……わかった!連れて行く!」


「アンネちゃんは!?あの子がさらわれたって!」

「わ、私はここです!」


 声の方を見れば、何人かの女性に抱えられて、アンネちゃんが立っている。だが、顔色はひどく青い。こんな目に遭えば当然だし、今は煙で空気も最悪だ。


「まずは彼女を避難させよう。レイラさんも来るって言ってたから、ひとまずそれまでやすませてやってくれ」

「……コバはどうするんだ?」


「俺はラウルを探す。アイツが来てるはずなんだ」


「ラウルが!?」


 アンネちゃんが、驚いて目を丸くする。そしてすぐに苦しくなったのか、お腹を押さえてうずくまりそうになるのを、女性が何とか支えた。


「……会ってないのか!?この火事もあいつの仕業じゃ……」


 そう言いかけて、俺は目の前の女に視線が行った。


 彼女の使う魔法は、一体何だったろうか?


「……私だ。火は」


「なんで!?」


 俺は至極当然な質問をする。


「し、仕方なかったんだ!アンネがガルビスとかいう奴にさらわれそうになって、私もそのままさらわれて……」


 ガルビス。アンネちゃんをさらったのは、奴だったのか。


「とっさに魔導書は持ってきたし、捕まってもうまく縄抜けで北から逃げられはしたんだが……助けを呼ぼうとした途中で屋敷の見張り連中に見つかってしまって、やけくそ気味に火球を撃ちまくってたら、いつの間にかこんなことに……」


 ルーフェの説明に、俺は頭を掻いた。いろいろ叱りたいところ、褒めたいところはあるが、そんなことをしている場合でもない。


 ひとまず、ルーフェの頭をポンと撫でる。


「……よく頑張ったよ。それで、その見つかった奴らってのは?」


「わからない。途中で、叫び声がして、そっちに向かったから……」


 叫び声。となると、その時にラウルが来ていたのか。そっちの援護に向かい、そしてやられた……と考えるのが妥当か。


「とにかく、お前らは早く逃げろ。俺はラウルの所に行く」

「合流して、伯爵と戦うのか?」


「……いや」


 俺は汗をぬぐいながら、眉間にしわを寄せる。


「…………多分、俺はアイツを止めなくちゃならない」


***************************


 屋敷の中の火は、さらに勢いを増している。


 俺はともかくラウルの所在を探るために、屋敷の部屋を片っ端から探し回った。


 前は入れなかった伯爵の書斎も、ドアごとぶっ飛んでいる。中の書類がごうごうと燃えており、とても手に取れるようなものはない。


(……伯爵の不正の証拠は、灰と消えるわけだ)


 そこを通り過ぎようとしたところ、金庫があることに気づく。


 その金庫の蓋は、熱で壊れており、中から見覚えのある光が漏れていた。ついさっき見たものだ。


 俺は燃える書斎の中に入り、金庫に近づく。


 その中には、先ほど自分が使ったばかりの「時の水晶」が入っていた。


「……なんで、こんなもんがここに……!」

 金庫の中を見ると、領収証も入っていた。「宝物代 金貨8000枚」と書かれている。商人から買ったのだろう。しかも、税金で。


「……めちゃめちゃ高価じゃん!」


 ざっと、筋肉猪80体分。レイラさんは、なんでこんな物持っていたんだ。


 ……とにかく、今は都合のいい展開に感謝するしかない。


 俺は水晶を袋に入れると、ふたたび燃える屋敷内を駆け回り始めた。


 だが、屋敷中を駆け回っても、ラウルと伯爵の姿はない。いるのは、往々にして倒れている冒険者たちだけである。


(……ロウナンドもいない?)


 俺は駆け回りながら、この屋敷で最強であろう冒険者のことを考えていた。


 朝はラウルをボコボコにしたらしいが……。今のラウルは、おそらくスキルでえげつない強化が施されている。


「ラウルーーーーーーーーーーーっ!!どこだーーーーーーーーーーっ!!」


 俺は、燃える音に負けない声で叫んだ。


 その瞬間、横の壁が崩壊する。燃焼による崩壊ではなく、何かがぶつかったことによる崩壊だった。


 そして、ぶつかった何かとは、血まみれのロウナンドだった。そして、彼が抱きかかえて庇っているのは、恐怖によりすっかり青ざめたコーラル伯爵である。


「ろ、ロウナンド……!!」


「う、うう……」


 一目見ればわかる。かなりの重傷だ。だが、伯爵には擦り傷などはあるものの、決定的な傷はない。ずっと庇っていたのだろう。


「お、お前はドールのところにいた冒険者の……!」

「伯爵、アンタ……!」


「ま、待て!まずは助けてくれ!金ならいくらでも払うから、アイツを……」


 伯爵が涙ながらに叫ぶのを、ドスン、という音が遮断する。

 そして、すさまじい勢いで、鉄製の棍棒が飛んできた。それはロウナンドの身体を掠め、屋敷の壁に大穴を開けながら突き抜けていく。


「……ラウル……!!」


土煙の中から、何者かの影が近づいてきた。その様子に、伯爵は震えだす。


やがて、影は十何年も見慣れた姿となった。


「……コバか?」


 土煙の中から現れたラウルの姿は、おぞましいものとなっていた。


 スキルの影響で強化され続けたのか、身体が異様に大きくなっている。普段はロウナンドよりも小さいはずだが、ただでさえ大柄のラウルはもはや半巨人と言ってもいい。


 そして、全身にはおびただしい傷が付き、返り血で全身が真っ赤になっている。そして煙などの汚れがまとわりつき、黒ずみ、赤黒い肌となっていた。


 そして、血走った目に、八重歯をむき出しにした憤怒の表情。手に握られた金棒。


 その様相は、まさにオーガである。



「……ラウル」


「何しに来た……。どけ、そいつを殺す」


「落ち着け!アンネちゃんはもう助けた!無事だ!」


「そいつを殺す。邪魔すんな」


 俺は舌打ちした。こいつ、完全に視野が狭まってやがる。


 刹那、ラウルが急速に間合いを詰めた。気づいた時には、すでに伯爵の目の前だ。

 ラウルは躊躇いなく金棒を振り下ろす。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 轟音とともに、床が抉れる。ここは2階だ。そのまま下へと落ちる。


 伯爵は、かろうじてロウナンドが庇ったようだ。全員、受け身を取れずに床にたたきつけられた。


土煙で周りが見えない中、ロウナンドが俺の元に這いずってきた。


(……恥を承知で頼む。伯爵を連れて逃げてくれ)

(……何言ってんだ、アンタ)

(お前ではあのバケモノは止められん。俺が奴を食い止める。だからその隙に逃げろ)


 ロウナンドは小声でそう言うと、気絶している伯爵を俺に押し付けてきた。


 そして、ボロボロの身体を鞭打ち、立ち上がる。


「……頼むぞ」


 そして、土煙の中から現れたラウルにタックルを決める。


「行け!」


 ロウナンドの強い言葉に、俺はとっさに伯爵を抱えると、ルーフェの開けた大穴に向けて走り出した。


「待てコラあああああああああああああああああ!!!」

「行かせんぞおおお!!!」


 こちらを追おうとするラウルを、ロウナンドが必死に止める。その間に、俺は屋敷の外へと飛び出した。


 そして、森に入る。適当な穴を見つけると、そこに伯爵を隠した。


「……気絶してくれてたのは、まだありがてえな」


 わめかれでもしたら、こっちがたまったものではない。


 そして、燃える屋敷の方を見やる。


 ロウナンドはああ言っていたが、時間稼ぎも早々できないだろう。あそこまで強化されたラウルは、今まで見たことがない。あの重傷でできる時間稼ぎなど、たかが知れている。


 となると、すぐにこちらに向かってくるだろう。


 覚悟を決めなければならない。


 相棒と、本気で戦う覚悟を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る