第46話 アンネちゃん誘拐事件
俺はとりあえず自分の部屋に戻り、いよいよ眠ろうとしていた。布団を敷いて、枕に頭をもたげた、その時である。
「こ、コバ!!!大変だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「うわああああああああああああ!!!?」
俺の部屋の扉をぶち破って、男が飛び込んできた。俺はたまらず布団から跳びあがる。
「……さ、サイカさん……!?」
いかつい顔で息を切らしているのは、サイカ道具店の店長、サイカさんだった。いつもならこの時間は間違いなく寝ているだろうに。その顔からは血の気がすっかり失せている。
「アンネが……アンネが……!!」
「アンネちゃん……?なんかあったんすか!?」
「アンネが……さらわれた!!!」
俺はあまりの驚きに、言葉を失った。
「コーラル伯爵の手の者の仕業だ!しかも、アンネを庇おうとしたルーフェまで……!」
俺は舌打ちした。あの伯爵、そこまで妊婦にこだわってやがったのか。
いくらなんでも、予想外が過ぎる。
「……ラウルは!?アイツに言ったんすかこの事!」
「あたり前だろ!血相変えて出て行ってしまった!」
そう言って、サイカさんは俺の肩を掴んだ。
「頼む!ラウルを追って、アンネを助けてやってくれ!あの子はもう出産も近いんだ!おなかの子どもに何かあったら……」
肩を掴む手は、力強いと同時に震えている。
俺の眠気はすっかり吹っ飛んでしまっていた。サイカさんの手を掴み返す。
「……できるだけのことはします」
俺は手早く装備を検め、すぐに部屋を出た。
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目的地は一つ、コーラル伯爵の屋敷だろう。あそこならそう遠くない。ラウルがどれだけ前に出発したかは知らないが、走れば追いつけるかもだ。
それにしても、あの伯爵、キンタマ片方潰れてんのにここまでやるのか。
こそこそ彼の不正を暴こうとしていたのに、全部ぶち壊しだ。結局、ロウナンドとも直接対決しないといけないだろう。
(……今の俺で、そんなことできんのか……!?)
さっき俺はサイカさんと話をしてしまったから、それから3時間経過しないとスキル「単独行動」は発動しない。
その状態では、俺は現役を引退したラウルより弱いのだ。こんな状況で、そのラウルを一方的に倒したロウナンドと戦ってどうこうなるわけもない。
かといって、事態は急だ。一分一秒でも惜しい。
(合流してから、3時間逃げ回るか……?)
「コバ!」
俺を呼ぶ声がして、振り向くと、そこにはレイラさんがいた。
「レイラさん!」
「なんかとんでもないことになったみたいだね」
「何とかできません!?」
俺は駆け足で尋ねると、レイラさんは頷いた。
「あたしもさすがに今回は手貸すつもりで入るよ。準備あるから遅れるけど」
「ホントっすか!」
「……コバ、手出しな」
レイラさんが言うままに右手を出すと、小さい水晶の塊を手に置かれた。
「何すか、コレ!?」
「これを割ると、アンタの身体だけ時間が進むのが早くなる。いわゆる時の水晶ってやつだよ。なんかの時のためにとっといたんだ」
「つまり?」
「これを割れば、アンタのスキルが発動するはずだよ」
なんでそんなもん持ってんだろう、という考えが一瞬よぎるが、そんなことにツッコんでいる場合ではない。
「……あざっす!」
「気を付けなよ!ラウルを見かけたけど、あいつ、かなりヤバいことになりかねないからね!」
水晶を割れば、もう誰とも会話はできなくなる。レイラさんは俺が割る前に言いたいだけ言い切った。
「……うっす!」
レイラさんの言葉にうなずくとともに、俺は時の水晶を握り割った。
その瞬間、周囲の動きが止まる。
身動きを一切取ることもできず、俺はそのまま立ちっぱなしになった。
どうやら、時の水晶を割ると、割った者以外の時間が止まるらしい。
確かに、これなら俺は3時間孤独になるから、スキルの発動を大幅に短縮できるだろう。
しゃべることもできず、動くこともできない俺は、その間に集中を高めることにした。
呼吸を整え、目を伏せる。
やがて、3時間ほど立ち続けたころ、周囲の時が動き始めた。
俺のスキル、「単独行動EX」が発動する。
(……よし)
俺は頷くと、疾風のごとく駆けだした。
コーラル屋敷に向かう途中、俺は妙なものを目にした。
ショートカットのために森を突っ切っていたのだが、そこには普段見かけない影が数多くあった。
足を止め、周囲を窺う。
さらに、不気味なうめき声のような音がした。
俺は警戒しながら、陰に近づく。
人間が、血まみれで倒れていた。
しかも、全員見たことのある顔だ。こいつらは冒険者だ。しかも、今町にいるコーラル伯爵領の冒険者ではない。
借金に苦しむ、バレアカンの冒険者だ。
よく周囲を窺えば、あまりにも多くの冒険者が一様に倒れ、呻いていた。どいつもこいつもうずくまっている。
ステルスを切らさずに近づくと、どうやら傷を負っているようだった。傷は切り傷と打撲痕であり、重いのは打撲痕だ。切り傷は転倒などでできたものだろう。
俺は、少し嫌な予感がした。彼らを介抱してしまえば、せっかく発動したスキルが解除されてしまう。俺は彼らを置いて、先へと走りを進めた。
屋敷に向かう森を進む中、倒れている冒険者たちはどんどんと増えていた。
ある者はへし折られた木に引っかかり、またある者は踏みつけられて。
森を進むごとに、その光景はより凄惨なものへと変わっていった。
(……まさか……!)
俺の嫌な予感は、だんだんと確信に変わっていく。
森を進む途中、はぐれのゴブリンや狼などの死骸もあった。そいつらは、見事に頭が叩き潰されていた。
人間は殺さず、魔物は殺す。
このやり口は……。
考えが結論に至る前に、俺は屋敷の前に到着した。
以前来た時に見かけた、バレアカンの冒険者たちは一人残らず倒れている。どいつもこいつも、かろうじて息のある状態だ。
そして、屋敷からは、ごうごうと火が上がり、燃え上っている。
暗い冬の夜空で、まばゆく、禍々しい光を放っていた。
電流が流れて侵入を阻むはずの門は、無残に砕かれている。どうやら、ここから入ったことは間違いないだろう。
誰が入ったか?答えは簡単だ。
「……ラウル……!」
呟いて門へ歩みを進めると、血まみれの男が門だった柱にもたれかかっている。
ガルビスだ。見る限り、足と腕をへし折られたのだろう。かばうようにして、頭から血を流している。
(……昔の仲間相手にこれかよ……!)
レイラさんが言っていたのは、こういうことだろうとは思っていた。
ヤバいことになるとは、何もアイツがやられることではない。
むしろ、逆だ。アイツは相当怒り狂ったのだろう。敵味方の境界線が曖昧になるほどに。
ラウルのスキルは「一気呵成」。相手を戦闘不能にすればするほど、自分が強くなるスキルだ。
そして、ここに来るまでに倒れていた冒険者や魔物の死骸を合わせると、その数は100を軽く超える。
あれをすべて、一人でやったのだとしたら。
一体、ラウルの身体にはどれだけスキルによる強化が乗算されているだろう。
それこそ、筋肉猪をも上回るかもしれない。
俺は、息を呑んだ。屋敷からの熱もあり、足がすくむ。
筋肉猪の時も、結局苦戦したのだ。ましてや、相手は長年の相棒だったラウルである。
果たして、俺はアイツを止められるのか?
……いや。悩んでいる暇はない。
俺は、震える足に拳を叩き込んだ。
そして、まっすぐに燃える屋敷を見据える。
とにかく、中にルーフェやアンネちゃんがいるのなら、助けなければならない。
まずはそちらを優先しなければ。
俺は、倒れるガルビスの横を通り、燃え盛る屋敷へと足を踏み入れた。
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