第31話 田舎者、王都へ行く!
初雪が降り、いよいよ本格的に冬となろうかという時期、俺はソロクエストの消化に勤しんでいた。
単純に雪が積もると仕事がやりづらくなるからというのと、もう一つ理由がある。
「雪が降り始める前に、延び延びになっていたお引越しをします!」
先日、エリンちゃんに「空中庭園」に呼び出されたと思ったら、開口一番こう言われてしまったのだ。
筋肉猪と戦ったり筋肉猪と戦ったりで、全然手伝うことができなかったので、彼女の引越しも延期に次ぐ延期となっていた。本当に申し訳ない。
というか、別に俺の手伝いにしなくても、誰か別の人に頼めばよかったのに、どういうわけかエリンちゃんは片意地を張っていたのだ。
「次のお休みまでに!今受けているクエストは全部終わらせておいてくださいね!」
ずずいっと俺に顔を近づけるエリンちゃんの迫力に負け、俺は詰まりに詰まったスケジュールでクエストをこなしまくることとなった。
筋肉猪を倒した影響か、俺個人へのクエストが爆裂に増えた。もらえる報酬は美味しいんだけど、その分いろんなクエストを同じ日にこなさないといけないので、優先順位をつけるのも大変なくらいだ。
例えば今は、素材採取と討伐依頼合わせて36件。しかもこれを1日でやらないといけないのだ。終わらせて帰るころにはクタクタだが、ここまで待たせてしまったエリンちゃんの手前、俺は大人として頑張らなければいけない。
報酬は山のように入ってくるのだが、正直それすら鬱陶しかった。何しろ、硬貨の入った袋は重い。それを疲れ切った身体で、家まで持って帰らないといけないので、正直使うどころではなかった。
片付いていた俺の部屋は、あっという間に硬貨袋で埋め尽くされることとなった。
金に囲まれる生活はある種憧れだったが、寝返りを打つたびに硬いものが当たるので痛いし、ちょっと触ると一斉にジャラジャラとやかましい。
狭い1部屋に、山ほどの金はただただ邪魔であった。
「……どっか、金を預けられる場所ないかな……」
田舎町であるバレアカンに、残念ながら銀行はなかった。王都に行けばあるのだが。
「……ん?王都……?」
布団に寝っ転がりながら、俺はふと考えた。
ついでに、作っちまうか?預金。
でも、いざというときにないと困るしなあ。王都って結構距離あるし。
しかし、邪魔だしなあ。
いよいよ引越しの日取りは、明日に迫っていた。
***************************
自分の荷物を用意していたエリンちゃんは、ぶったまげていた。
そりゃあ、引越しの手伝いをする人の方が自分の倍以上の大荷物を抱えてくれば、そうも思うだろう。
しかも、俺一人じゃ運べないから、力仕事を丸投げする用のラウルと、お店に置いていくのは不安だから、とルーフェまで着いてきた。
「なんか、もう……なんでなんですかぁ!?」
エリンちゃんはどこからツッコんでいいやら、わからないらしい。ごめんね。本当に。
「いやあ、クエストの報酬の使い道がなくてさ。ついでに王都の銀行に預金しようと思って」
「俺はその手伝いな」
「わ、私は手伝いその2よ」
エリンちゃんはラウルたちの方をじっと見やる。そして近づくと、ルーフェの方をまじまじと見つめ始めた。
「……知らない顔ですね」
「ああ。最近サイカ道具店で雇われた人だよ」
「る、ルーフェです。よろしくね」
彼女が殺人容疑を掛けられている、という話は、ドール領内ではトップシークレットだ。一般人であるエリンちゃんが知るはずもない。
おまけに領主さま曰く、「この件をコーラル伯爵は公にしたくない」という。つまり王都にも追っ手をしのばせるようなことはなく、あくまで捜索はドール領内にとどめているようだ。
つまり、王都に着いてさえしまえば、ルーフェは思う存分羽を伸ばせる。
今回、そういう打算も含めて連れてきたわけだ。
「……そうですか。じゃあ、こっち手伝ってください」
エリンちゃんは彼女をひとしきり見ていたようだが、信用してくれたようだ。というか、ラウルへの信頼がマイナスなせいで、他への評価が相乗的に高くなっているだけかもしれない。
そんなわけで、山ほどの金貨と少しの家財を、王都に運ぶ一大イベントが始まった。
初っ端で躓いたのは、荷馬車選びである。
いかんせん、俺の荷物が重すぎて当初予定の荷馬車では運べないと言われてしまったのだ。
「これだけのものを運ぶなら、丈夫な馬が2,3頭は必要だよ?」
御者のおっちゃんに言われて、そんな荷馬車を探してみると、ありはしたが予算を平気で超えることになってしまった。
「……わかってるよ、馬車代は俺が出すから」
荷物の袋を一掴みして、御者に渡す。その中には銀貨がぎっしり、のべ100枚詰まっていた。邪魔なので「釣りはいらねぇ」と言っておく。
なにしろ、同じような袋があと50はあるからな。
そうして、重い荷物を抱えた馬車は、ノロノロと動き出した。
馬車での移動で、予定では夕方には着くのだが、こんなにのんびりしていて大丈夫だろうか。そんな心配をしていたが、御者は「予定通りになりそうです」と言ってくれて、一安心だ。
馬車の中では、エリンちゃんが読んでいる本を、ルーフェが後ろから眺めている。一方ラウルは何しているかというと、やることがないからか金貨の袋で筋トレをしていた。
「……おい、ラウル」
「なんだよ?」
「ルーフェを連れ出すとき、大丈夫だったのか?」
俺はラウルの隣に座り、当人に聞こえないように話しかけた。
「心配いらねえよ。追っ手はいなかったぜ。お前は?」
「……俺の警戒の限りでは、いない。でも、スキル発動してるわけじゃないから、何とも言えないな」
今回はスキルを使おうにも使えない状況に近い。追っ手がいても、実力者なら気づかない可能性がある。気を抜くわけにはいかない。
「……心配性になったなあ。前は、お前の索敵が肝だったのに、そんなこと言われちゃ不安になっちまうよ」
「悪かったな。……これ、持っとけ」
俺はこっそり、ラウルの後ろ腰に剣を差し込む。
「おいおい。……どうせなら、両手剣がよかったぜ」
「無茶言うなよ。俺がそんな重い物持ってくるわけないだろ」
ひとまず用心は欠かさない。そのことをラウルと確認し、俺は気配を探りながら馬車が揺れるのを感じていた。
まあ、結局取り越し苦労だったけれど。
「「「「でっっっっっっっっけえええええええ!!!!」」」」
田舎者4人が大きな声を上げたのは、王都の城門である。その大きさは、バレアカンの町の入り口の門など比較にもならない。むしろ、なんでこんな大きさなのか。
「巨人でも来るのか?ここは」
ラウルが見上げながら言うほど、門は大きかった。それに付随して、周囲の壁も巨大である。
ひとたび中に入れば、気持ち悪いくらい人であふれかえっていた。冒険者もちらほらと見受けれらるが、そのどれも高価そうな装備を身に纏っている。
「こ、コバさん!あれ!見てください!」
エリンちゃんが袖を引っ張るので見てみると、大きな魔導帽子をかぶった、黒いローブのような服を着た者たちが集団で歩いている。
「あれ、魔導学院の制服ですよ!」
なるほど。つまり、あれが未来のエリンちゃんの姿というわけか。
そういえば、王都に行くことになれば、エリンちゃんとはご近所付き合いができるということか。
知り合いといえば、前のパーティの2人くらいだと思っていたが。存外、知り合いには困らないかもしれないな。
まあ、それでいくか行かないかを決めるのは別の話だ。
「……とりあえず、銀行に行こうか」
俺の提案に、3人は頷いた。
ラウルが運ぶ荷車には、山のような硬貨が存在感を放っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます