第32話 エリンちゃんの受難

国立銀行王都西支店には、毎日多くの客が来る。


 銀行があるところだと毎日激務なのはいつもの事なのだが、この支店が特に忙しいのは王都の冒険者たちが軒並み使っているから、というのが実際のところだ。


 国立銀行は王都に合計で5店舗あるが、西支店では主に冒険者を中心とした戦略を取っていた。


 冒険者ギルドへ積極的に営業を行い、報酬の金貨を融資する代わりに、銀行からの依頼を独自に受けてもらう、というように、ギルドとの信頼関係も厚い。


 さらに、長年の営業の結果、王都でギルドに登録するためにはこの銀行への口座開設も条件となっているくらいに、冒険者への影響力も強まっていた。


 そんなわけで、西支店は今日も冒険者たちでひしめき合っていた。


「うへえ……やっぱ人多いなあ」

「当たり前ですよ。何せ花の王都ですからね。聞いた話だと、この銀行の受付嬢さんの年収、ギルバートさんの年収と同じくらいらしいです」


 まじかよ。金銭感覚おかしくなりそうだな。


 俺はそう思って受付嬢を改めてみる。なんだか、内心馬鹿にされている気がするなあ。田舎者だし。


「何やってるんですか。ほら、行きますよ!」


 エリンちゃんがずかずかと受付へ向かう。俺はちょっとしり込みしてしまったが、意を決して向かう。ちなみにラウルとルーフェは外で待っていた。


「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか?」


 にこやかだけど一切感情のない笑顔で、受付嬢は応対してくれた。


「あの……預金口座を作りたいんですけど」

「新規開設ですね?どのようなご利用目的でしょうか?」

「え?」


 何言ってんの?預金だって言ってんだから、目的は預金だろ。


「お客様によっては、資産運用のための口座開設などもございますが」

「資産運用?」


「余計な事しなくていいですから!普通預金です、普通預金!」


 一瞬固まりかけた俺を、エリンちゃんが助けてくれた。俺一人で行かなくてよかった。もしかしたら、なんか変な口座作ってたかもしれないな。


「普通預金ですね、かしこまりました。それでは手続きをいたしますので、こちらの用紙に必要事項をご記入ください。あと、冒険者登録されているなら冒険者カードをご提示ください」


「コバさん、そこ違いますよ。そこに書くのは親の住所です」

「え、何で?うち関係ないだろ」

「銀行ではお金も借りたりできますから。返済に当たり、親元を押さえておくんです」


 俺は、受付嬢さんとエリンちゃんに言われるがまま、口座の申込用紙に記入を進めていく。

 何しろ、こんな手続きらしいことをするのはギルドで登録して以来だ。なんだか、妙に緊張してしまった。


 しばらくして書いた申込用紙を受付嬢さんに渡すと、穴が空くくらいに見つめている。なんだか恥ずかしい。なんか不備があったのか心配になる。


「はい。手続きは問題ありません。それでは、さっそく預金されますか?」


 受付嬢さんの言葉に、俺はほっとした。どうやら、不備とかはなかったらしい。


「ああ、じゃあお願いします」


「最低、銅貨1枚から預金できますが……」

「あ、じゃあ、ちょっと来てもらえます?」

「?……はい?」


 受付嬢さんは、外に出て、口を大きく開けていた。


 なにしろ、大男が背負う荷馬車に、金貨、銀貨があるであろう袋がどっさり乗っかっている。


 俺は、恥ずかしながら金額がいくらかも把握していない。大体1袋100枚、という言葉を信じ、中身を詳しく検めてはいなかった。最低限、中身が本物かどうかを確認はしたけど。


「……あの、お客様は、貴族の関係者か何かですか?」

「え?」


 俺は、ちらりとルーフェを見た。彼女は首を横に振っている。


「……いいえ?ドール領から来た、ただの冒険者ですが」


 筋肉猪を倒した、というのは、単純に言い忘れた。あんまり自分からそういうこと、言うの好きじゃないんだよな。自慢みたいで嫌われそうだし。


 茫然としている受付嬢さんに、なぜかエリンちゃんは勝ち誇った顔をしている。この子もこの子で、ちょっと変なんだよな。


「……しばらくお待ちください。何とか今日中に通帳まで発行いたしますので!」


 そういうのでしばらく近くの喫茶店でお茶して待っていると、突如銀行の店長がやってきて、俺に土下座してきた。


「大変申し訳ございません!預金通帳の発行に時間がかかりまして、翌日まで待っていただいてもよろしいでしょうか!?」


 なんでも、金貨と銀貨の量が多くて、数えるのが大変なんだそうだ。おまけに、銀行の行員の一人が数えている途中に金貨を落としてしまったらしく、1から数え直さないといけない、ということらしかった。


「ええ……俺はいいけどさ。ラウルとルーフェは?」

「明日中に帰れるなら、問題ねえぞ」

「わ、私も……」


 とはいえ、俺たちは帰る宿もない。


 3人そろって、エリンちゃんの顔を見る。


「……無理ですよ!?いくら何でも3人は!!」


 彼女は慌てて首を横に振った。


「ええ、いいじゃんよぉ、エリンちゃん」

「物理的に入らないですよ!泊まれても……2人です」


 彼女、男女別々って概念がないのは、俺たちと一緒に冒険してたせいかな。

俺も迷惑をこうむっている側だけど、そんなことを思っていた。


 エリンちゃんと冒険していた時は、4人で同じところで寝るなんてしょっちゅうだったし、なんなら彼女は夜営の準備も得意な方だった。


 何しろ、狭いテント1つしかなかったからなあ。


 でも、俺が見張りをしてると、なぜかテントから出てきてずっと手伝ってくれていた。俺は、ラウルとガルビスが臭かったからだろうと思っている。


「……じゃあ、俺とラウルでどっか宿取ればいいだろ」

「お、久々だなあ、一緒に寝るの」

「いびきうるさいんだよなあ、お前……」


 ラウルがなんかはしゃぎだして、俺が苦笑いしたところで、ひとまずそういうことになった。

 次はいよいよエリンちゃんの引越しだ。というか、こっちが本題。


 地図を広げてみると、魔導学院の近くにある宿に下宿を取ったらしい。その場所に丸が付いていた。


「ここからなら通学も楽です。家賃は少し張りますが」

「今いるところとは、反対の東側なのね」


 ここは王都の西地区だ。冒険者の生活に必要なものが集まっており、宿、武器、防具など、様々なものが取り揃えられるようになっている。


 一方で、東地区は学院を中心としている研究施設が多いようだった。地図で見る限りでも、魔法使いがわんさかいそうな雰囲気を醸し出している。


「西と東では、家賃も随分違ったのですが。学院に近い方を取ってしまいました」

「まあ、いいんじゃない?学院に近いなら、勉強もはかどりそうだし」

「そうなんですよ!冒険者の多い西地区って、絶対にうるさいと思うんです!」


 確かに、冒険者なんて町じゃやかましいごろつきだからなあ。エリンちゃんはその中にいたから、よっぽど嫌だったんだろうな。


「それでは、ちょっとお茶を飲んだら、さっそく荷物を置きに行きましょう!」


 エリンちゃんはそう言って、椅子から立ち上がった。


 ちなみに、支払いはここから各自で。俺、もう預金しちゃったしね。


***************************


 王都の西地区から東地区へ行くこと自体は、さほど時間はかからなかった。何しろ大きな荷物もなくなったわけで。


 中央にある王城を眺めたりしながら、俺たちはのんびりと東地区へと渡った。


 東地区はやはり魔導学院色が強く、王都に来た時に見かけた魔導学院の制服をちらほらと見かける。


 売っているものも、ほとんどが本やら杖やらという、魔法使い向けの物ばかりだ。


「魔法職は、こっちでそろえた方がいいのかもな……」


 やっぱり、この辺の魔法使いの方が田舎より優秀なのでは?田舎の奴って、大体独学だし。


「コバさん、なにじろじろ女学生を見てるんですか!」


 いつの間にやら遠くにいるエリンちゃんが声を上げる。やめてよその言い方。まるで俺が制服の女の子好きみたいじゃん。


 見れば、ラウルとルーフェは同じように物珍し気に周りを見ている。どうやら先走っているのはエリンちゃん一人のようだ。


 まあ、当然と言えば当然か。今まで我慢してくれてたんだもんな。


 年相応にはしゃぐ彼女を見て、俺は微笑ましい気持ちになった。


 その笑顔は、5分後、ひきつったものになってしまった。


「……な、何で……?」


 エリンちゃんがへなへなと地面に膝をついた。


 俺たちが着いたのは、彼女の下宿予定だったところである。


 だった、というのは、もうその建物はないからだ。


 そこにあるのは、真っ黒に焼け焦げた柱だったものであろう物体があるのみ。あとは瓦礫しかない。


「……いやあ、昨日住んでた学生が喧嘩を始めちゃって、互いに炎の魔法をぶっ放したもんだから、全焼しちゃったんですよ。ひどいもんだ……」


 その場にいた大家さんがぽつぽつと話してくれた。考えてみれば、この人も被害者である。


「ここの住人同士、折り合いが悪いやつが多くてね。しかも、事件は学院にばれてすぐに退学。故郷へ追放だってさ。こっちへの損害も払わずに逃げちまったよ……学生なんて、ろくでもない野郎ばっかりだ」


 ひどい話である。そして、エリンちゃんにとっても酷な話である。


「契約金……結構、したのに……」

「ごめんよ、賠償取れたら必ず払い戻すから……」


 放心しているエリンちゃんにひたすらに謝る大家さんに、俺たちはただ立って見ていることしかできなかった。

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