第28話 入院と来訪者②

 目を覚ますと真っ暗だった。どうやら夜になってしまったらしい。


 ひとまず灯りをつけると、大量のミルク瓶が片付けられている。看護師さんが片付けてくれたんだろうか。


 ざわついていた療養所が、嘘のように静まり返っていた。


(夜の療養所とか、結構怖いよなあ……)


 そうは思ったが、俺はなぜ自分が目覚めたか、その理由を自覚した。


「……便所、行きてぇ」


 催していて、目が覚めたのか。大人としての意地か、起きたら大洪水、なんてことにならなくてよかった。


 俺はベッドから起き上がった。ミルクの効果か、腹部の痛みはだいぶ引いている。これなら歩いても問題なさそうだ。


 ベッドから起き上がり、部屋を出ようとする。確か便所は、部屋を出て左の突き当りにあったはずだ。


 少し体を伸ばしてから、いざ行こうとした、その時。


 俺の部屋の窓を、ノックする音がした。


 俺は大きく体を震わせる。


 この部屋には窓が1つ付いているが、今は遮光の布で覆われていて、外の様子はうかがいしれない。というか、外は真っ暗闇のはずだ。


 夜中の療養所で外から急にノックする音とか、普通に怖い。


 しかも、ノックの音は1回で終わらず、何度も何度もやり続けている。次第に苛立ってきたのか、勢いも強くなってきた。


 俺は恐る恐る、遮光布に手をかけて、外の様子を見た。


 カンテラに不気味に照らされた男の顔が、はっきりと映っていた。


 俺は速攻で遮光布を閉めた。そして、いったん座って落ち着く。


 まずは便所に行こう。そうしたらきっといなくなっている。さっきのは見間違いだろう。


 そう言い聞かせて、俺はさっさと便所へ向かった。


 決して、このままもう一度見たら漏らしそうだ、という情けない理由ではない。


 小便を済ませて、俺は再び遮光布と対峙した。

 相変わらず、ノックする音がずっと続いている。


 そして、スキルが発動していることを確認する。眠っている間に、3時間は経過したらしい。これなら、倒せ……なくとも、なんとかやり過ごすことはできそうだ。


 一応武器として飾ってあった花瓶を後ろに隠してから、俺は遮光布を開いた。


 カンテラに照らされた、ラウルの顔があった。


「よお、コバ。夜に悪いな」


 俺はふっと笑って窓を開けると、単独行動のスキルを使った俊敏さでこいつの額にデコピンをお見舞いした。


「いってえええ!?」


 高速のデコピンで全く耐える準備のできていないラウルは、もろに食らってぶっ倒れた。

 うるさいよ。病院だぞここ。


「いきなり来たのは悪かったけどさ!デコピンしなくてもいいだろ!」

「心配すんな。お前だからやっただけで、他の奴ならこれだった」


 そう言って、俺は後ろから花瓶を取り出した。


「うわあ……」

「何しに来たんだよ」

「お見舞いだよ」


 俺は溜息をついた。確かに、昼は人がいっぱいいて大変だろうが、お前だったら普通に通すのに。


「ああ、俺は言っちまえば付き添いだよ。行きたいって言ったのはこっち」


 ラウルが促すと、暗闇の中からもう一人現れた。


 現れたのはルーフェだった。

 少し冷えるのか、両肩を抱いて立っている。そして顔も真っ赤だ。


「ど、どうも、こんばんは……」

「……わざわざ来たのか?」

「お、恩人がケガをして入院したというなら……お見舞いくらいしたいと思うのも、当然でしょ?」


 そう言って、そっぽを向いてしまった。ラウルの方は、にやにやと笑っている。


「さ、サイカさんたちにはちゃんと許可を取っているから、そこは心配ないわ」

「で、俺が護衛役としてついてきたわけだ」


 それはそれで、ちょっと心配だが。こいつ、変なことしてないだろうな。


「……まあ、寒いだろうし、入りなよ」


 俺は2人を窓から、病室へ引き込んだ。


「窓から侵入なんて、行けないことしてる気分だわ……」

「いけないことだからな」


 貴族育ちのお嬢様には、そんな経験する機会もないのだろう。俺たちなんて、田舎の村は子供はみんなの子供みたいなもんだから、平気で窓から家に入ったりして遊びに行ったりしていたが。


 それで、大抵家主にげんこつをもらうのだ。「ちゃんと扉から入れ!」と。


「しかし、何か元気そうだな?4日前あんなにボロッボロだったのに」

「ああ、それは……」


 ハートさんのミルクで。とは、正直には、ここでも言えないな。ルーフェもいるし。


「レイラさんがよく効く薬を持ってきてくれてさ」

「へえー。さすがレイラさんだなあ」

「……あの、レイラさんって食堂の人よね?」


 ルーフェの奇妙そうな顔に、俺とラウルは2人して顔を見合わせる。


「あの人は、いったい何者なの……?」


 まあ、普通はそう思うよね。俺らも最初そうだったし。

 だが、町に住んでいると、次第にこう思うようになるのだ。


「「……なんかすげえ頼れる食堂のおばちゃん」」


 ルーフェは、絶対に納得できないだろう。

 だが、これはギルド長ですら、そういうのだから仕方ないのだ。


「そういえば、クエストの報酬って、もうもらったの?」


 これ以上の話は無駄だと悟ったルーフェが、露骨に話題を変える。


「お、そうだ。それに懸賞金出るんだろ?金貨100枚!」

「いや、まだもらってない」


 俺はかえって来て早々ここに運び込まれたため、報酬の類は一切受け取っていない。一度来たマイちゃんから、「ひとまず療養を優先して」と言われている。


「そういえば、ここの治療費って誰もちなんだろ」

「お前じゃね?ギルドもさすがに、そこまで面倒見てくれないだろ」


 だとしたら、通常の報酬自体はほとんど残らないのでは?


「まじかよ……」

「まあいいじゃねえか。大金持ちだぜ?」

「つってもなあ」


「何か欲しいものとかないの?」

「そうだなあ、とりあえず短剣なくなっちゃったから補充して、あとスタミナポーションだろ、あと、弓矢もなくしたから新しいの買って……」


 結構な消費をしてしまったなあ、と改めて思う。筋肉猪は、まさに総力戦だったと言っていいだろう。


 ふと見ると、二人が変なものを見る目でこっちを見ている。


「……どした?」

「お前、お前さあ、なんで真っ先にそういう話になるんだよ?」

「あなた、もしかして冒険者の仕事が趣味なの……?」


 そう言われても。ほかに使い道が思いつかない……というより、先に使わないといけないものの方が頭に浮かぶだけだ。


「いや、他には……えーと……」

「ないんじゃねえか!」

「しょうがねえだろ、いざ使うとなると思いつかないもんなの!」


 少し声を荒げたところで、ルーフェが指を口に当てる。ここにはほかの病人もいるのだ。しかも真夜中である。俺とラウルは黙った。


「じゃあ逆に聞くけどさ、お前らは金貨100枚あったら何に使うんだ?」

「俺だったら、まず武器買うな。使うようじゃねえぞ、飾るんだよ」

「武器なんて飾って何になるんだよ。装備しないと使えねえだろうが」

「そういう用途じゃねえの、使うだけじゃねえんだよ」


「ルーフェは?」

「え、私?」


 俺らのような貧乏人と違って、こっちはお嬢様だ。貴族は金貨100枚あれば何に使うか、ちょっと気になる。


「そうね、私なら……それくらいなら、服を買えばなくなるかしら」

「何着買う気だよ……」


 しかし、服か。そういえば、いつも着ているのは同じ服な気もする。それに、外套なんかも、匂い消しと理由をつけて同じものを着続けているなあ。


 ちょっと新しいものを買ってみるくらい、いいかもしれない。


「服なら、機会があったらなんかいいの見繕ってくれよ。俺、おしゃれとかわかんないし」


「……えっ?私!?」


 ほかに誰がいるというのだ。ラウルなんかに頼むわけなかろうに。

 それに、勝手な想像だが、お嬢様の選ぶ服って、なんかおしゃれな気がする。


「で、でも、私、基本隠れてないといけないし……」

「まあ、ほとぼりが冷めたころでもいいからさ」

「そ、それってずっとこの町にいてほしいってこと……?いや、でも……」


 なんだか急にルーフェの様子がおかしい。妙にくねくねしている。目線も合わないし。

 ラウルを見ると、無性に背中を掻きむしっていた。


「……何してんだ?」

「うるせえ、ほっとけ!」


 その声が致命的にデカかったせいで、看護師さんに見つかり、二人は追い出されてしまった。

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