第9話・曖昧で甘い伝言はいつかの解釈

マルボナルドでの昼食も終わり、店を出て賑やかな音が飛び出しているゲームセンターの敷地に足を踏み入れる。

僕が心瞳くんとやってみたいゲームは、向かってくるゾンビ達を銃で撃ちまくるというゲームだ。

少し前、あるクラスメイトが楽しそうに話をしていたのを盗み聞いていた時、いつか僕にも機会があればと思っていた矢先に完璧な機会が今訪れた。

小さなアトラクションのような小さい空間に二人で入り座るのだけれど、


【ここだよ】


「ゾンビゲームじゃん」


「大丈夫かよ」


なんだかゾンビやらが苦手そうだと思われているようだけれど、こちらから銃で撃ちまくれるゲームは大歓迎。

というかゲームはなんでも好きだ…すこぶる弱いけれど。


「じゃあ入るか」


【うん!】


順番にお金を入れて、隣同士薄暗い空間に座ると大きなタイトル画面が進み後ろから始まりを知らせる重低音が流れる。

隣の心瞳くんを見てみると真顔でトボトボ歩いてくるゾンビに対し既に照準を合わせていた。


「左右に分かれて倒していくぞ」


心瞳くんの指示どおり僕は右のゾンビの脳天に玉を連射し撃ち込む。

両手を使って照準を合わせ人差し指でトリガーを長押しすると玉が発射され、撃ち込んでいると手元が揺れるので臨場感がかなりあってとても楽しい。


徐々にこちらに向かってくるゾンビの数が増え照準を合わせる速度と正確に撃ち込む能力が試される。

所々危ない場面もあったが心瞳くんがサポートをしてくれてお互いノーダメージで中ボスが始まる。


「デカっ」


最初に倒してきたゾンビとサイズ感がまるで別格でその大きさはまだ到達していない最終ボスを連想させたが、まだ中ボス。

中ボスゾンビは頭に大きな斧が刺さっているのが特徴的で、観察しながらいると片腕を破壊しきれず、ひっかくような攻撃を受けてしまう。


「先に四肢を破壊しないといけないっぽいな」


中ボスゾンビが先程と同じ低姿勢のモーションに切り替わるのを確認すると、直ちに右腕に連射しまくる。


【お願い壊れて】


左腕を先に破壊した心瞳くんは重ねるように僕と右腕を連射し、今度は両足を破壊し動けなくなったゾンビを二人で滅多打ちにした。


「体力少なっ…」


そこまで体力がなかった中ボスゾンビはもう破裂しており、さらに先へと続く道が開かれる。


徐々にコツを掴み始めた僕たちは、少しダメージを負いながらもステージ1のボス戦へと突入した。


中ボスの時よりも更に大きいゾンビは頭に古びた冠を被っており、剣と盾を構えている。

ゾンビが剣を振り上げる構えを取ると地面からゾンビの下僕達がこちらに迫ってくる。


「剣士か魔法使いかどっちなんだよ…!」


下僕ゾンビをすべて倒すとボスが前に出てくる。

剣がこちらに振り下ろされると画面がスローモーションになり、腕を狙っていく。

少しダメージを受けたボスゾンビは、同じ戦法で下僕ゾンビを出す。


「あとちょい…だ」


僕と心瞳くんのライフゲージも半分を切っており緊張感が強まる。

最後は二人一緒に照準を合わせ一気に削った。





接戦だったゾンビゲームを終えた僕たちは、下の階にあるドリンク店で少し休憩をしている。


「いや、あれはズリぃよな。」


「思い出しただけで悲しくなる」


【確かに、ステージ1にしては少し難易度高めだったかもね】


「もうステージ3だと思ってた……だってさ、誰がステージ1のボスに第2形態あるって思うんだよ」


【けど、僕は楽しかったよ】


「またリベンジだな」


心瞳くんの言った「また」という言葉が喉に詰まる感じになり、心瞳くんのドリンクを無意識に見る。

名前は忘れたけれど確かいちご味のドリンク、ピンクに近い赤は太めのストローによってかき混ぜられている。

僕は視線をいちごドリンクに合わせながら自分のドリンクを飲んでスケッチブックを取り出す。


【あとで、UFOキャッチャーしてみたい】


「なんだかやったことがないみたいな言い方だな」


【やったことないよ、それにマルボナルドも初めて食べたし】


「マジかよ、ていうかUFOキャッチャーよかマルボナルドが初めてってのが驚いた」


【大マジ】


「ぶっ……」


飲んでいる最中に吹き出しそうになる心瞳くん。どうやら僕が【マジ】を使ったことが受けたみたい。

笑いながら平常心を取り戻した心瞳くんは一息つくと目の前のドリンクを一気に飲み干し、僕も慌てて真似しようとしたら「お前はゆっくりでいいんだよ」と何故か半笑いで止められてしまった。


「後味が甘い」


呟いた自分の言葉が当たり前すぎて何故わざわざ呟いたのかと自問してしまう。

一緒に飲んでいる相手を待たず先に飲み終えてしまった俺は自分勝手だと思う。

白鳥が飲み終える間、特にやることもないので白鳥のドリンクに目をやる。

確かメロン味だっけ。注文の時俺の方を見てたから一緒のものを頼むのかと思ってたけど全然違った。

白鳥はたまに俺の事を。俺の目を。よくわからない表情で見てくる事がある。

心が読めないし、表情も読めないしで、とことんこいつは俺に本性を顕にしない。





ドリンク店での小休憩を終えた俺たちはもう一度ゲームセンターに戻ってUFOキャッチャーが並ぶ場所を徘徊している。

大型モールなだけあってそれなりに台の数はあるので選ぶのが大変だと思う。

他人事の様なのは、白鳥に台を選んでもらっているから。

こいつが初めてだとか言うものだから、好きな台を選んで欲しい、それだけ。

お前が気づいてるか分からないけど、最初俺の隣を歩いていたのに色々な台を見てくうちにお前は俺の前を歩いて、曲がる瞬間にキラッキラした目を周りに晒している。


「ほんと水分の多い目だな…」


自分にしか聞こえない声量で呟いてみる。

少しずつ歩くスピードを落とし始めた白鳥は店の奥にある台に足を止めてこちらを振り返る。

どうやらやりたい台が決まったみたいだ。

中の景品を覗いてみると、いろんな色をした小さなクマのストラップが山積みになっていた。


白鳥がワンコイン入れた瞬間だった。

山積みになっていたクマのストラップがひとりでにバランスを勝手に崩しコロコロと転がってきたのだ。


「「!?」」


白鳥の手のひらに乗せられた2つのクマのストラップを見る。

白色のクマと赤色のクマの紐が複雑に絡まっており一緒に落ちてきたみたいだった。


白色のクマのストラップを渡してくる白鳥はこちらを見上げている。

俺とこいつは頭一つくらいの身長差があるのでいつも下から見上げられる。

スケッチブックで会話しようとはせずに手元を差し出せと言わんばかりに目を光らせてくるので受け取ってやる。


「ツイてるなお前」


【ラッキーマンって呼んで】


白鳥はこういうところがある。何もない普通の会話に冗談をぶち込んでくるのだから吹き出さずにはいられない。

第一印象から全く言わなそうだったから、最初は驚いた。


「第一印象か」


俺の独り言に白鳥が頭を傾げている。

白鳥から見た俺の第一印象ってどんなだったんだろ。

軽く思い出してみるが普通の出会い方ではないと思う。

なんか気になってきたから、何かの拍子に言ってくれやしないだろうか。

俺からわざわざ聞くことはできないからさ。





夕日が電車の窓に差し込み心瞳くんを照らしている。

僕はポケットから奇跡的に手に入れたクマのストラップを取り出しゆっくり撫でる。

心瞳くんに赤色ではなくて白色のクマの方を渡した。

なぜなら赤色は心瞳くんを連想させてくれるから、これで忘れない。


マルボナルドを食べて、ゲームをして、クマのストラップを手に入れて……本当に今日は僕の人生で上位に入る程とても濃い一日だった。とてもとても楽しかった。


乗った車両には人が少なくて、数えられる人数しかいない。

こちらから反射して見える反対側の窓に隣に座っている半透明な心瞳くんが見える。

本当なら、今の気持ちを言葉にして自分の声色に乗せ君に届けれたらなとか思ってみる。







電車に座っている時に伝えれば良かった。

タイミングを伺いすぎて結局心瞳くんの家に戻ってきた。これじゃあいつまでも言えない。


「手洗ったら先にゲームしようぜ」


「あっ、完全に買い物忘れてた。晩御飯どうする?」


「俺はなんでもいいんだけど、なんか食べたいもんあるか?」


靴を脱ぎながら背中越しに伝えられた言葉達は予め決めていたみたいに空白なく、何かを必死で繋ぎ止めようとするみたいに見えた。


時間は必ず止まってくれやしない。

全くもって当たり前な事で、だけどそれはたまに残酷だ。

俺は何をしているのだろうと思う。

電車で座っている時だって、必死で頭回して言葉考えて、今は引き止めたがり。


────────全くもって俺らしくない。


後ろから靴を脱ごうとしない白鳥が小さく俺の裾を掴んでいる。

何か言いたいみたいだ。ここで俺はこいつに声がないのだと再認識する。

だけど白鳥はスケッチブックも愚かマーカーペンすら持とうとしない。

だけど言葉にしなくてもなんとなくわかる。ちゃんと俺に伝わっているみたいだ。

だって俺はこいつをまだ引き止めたいから。


「…もう風邪ひくなよ」


「またひかれたら、俺がお前ん家に行かなきゃいけねーから」


そう。白鳥が風邪をひいたらきっとまた担任は俺を呼んで書類を届けるように言ってくる。

だからもう風邪なんてひくなと心底思うし、そんな風に思う傲慢な自分もまた心底嫌になる。


筆談する気も何故か起こらず気づけば心瞳くんの裾を取っていた。

だけど心瞳くんは僕の心を先読みしていたみたいだった。

自分から言えなかった事を後悔する。

一緒にゲームしてご飯を食べたいだなんて声が今この瞬間戻っても言えやしないのだろうと強く思う。

やっぱりどれだけ時間が経っても迷惑だろうな勝手に思ってしまう僕は僕らしくて、だけどそれでいて安心もする。

短い間だったけど24時間、楽しくそばに居させてくれた心瞳くんにお礼を言わないといけないのだけど、筆談じゃ書ききれないし口パクで頑張ってみることにした。


白鳥につつかれ振り向くと、口を動かし俺に何かを言っていた声のない状態で。


────────ありがとう


また─────


最後の方は上手く自分で解釈出来たか分からないけど、曖昧でとても広い感情な気がしたし、一生懸命自分の気持ちを伝えようとしている姿がとても白鳥らしいと思っていると自然に口角が上がった。

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