第10話・相対してから早退

 月曜日、それは一週間で最も僕の苦手な曜日。

 理由は休み明けからの登校再開は全てのことが一旦リセットされたみたいな感覚があるから、だけど勿論これはただの妄想で人生は見えなくたって着実にどこかしらに向かっているのだ。


 当たり前のようにまだ誰もいない自分の教室に入る。

 始業式から学んで極端に早く学校に来ることにした。だって人にあまり会わなて済むから、けど先週はずっと心瞳くんと登校していたから少し違和感もあったけれどじきに収まると思う。


 勉強用ノートを取り出し乗せるように教科書を開き勝手に閉じてしまわないように上に筆箱を乗せる。

 中間試験に向けてのテスト勉強だけど、試験はもう少し先だ。それでも僕が勉強をするのはきっと習慣によるものだからノートを取り出した時点でルーティーンは止まらない。





 滑り込みで教室に入ると同時にチャイムが鳴る。

 月曜日だからか、まだ俺らが一年だからなのか、チラホラ空いている席を見かけながら自分の席につく。


「お……はよ」


 何故か視線を合わせることなく小さな声で朝の挨拶をかました俺は、スルーされていた。

 というか多分普通に聞こえていないだけ。

 白鳥はノートに何かのめり込むように書き込んでいて集中しているみたいだった。


【おはよう】


「おはよ」


 しばらくするとスケッチブックに書き込まれた文字をみて少し安心する俺。

 やっぱり俺のひ弱な声は聞こえていなかったみたいだ。

 朝だから声帯がまだ本調子じゃないという事にする。





 ────────次体育じゃん


 ────────ドッヂきたこれ


 ────────早く授業終われ


 無意識に入ってくる声々に次の授業が体育だと言うことを思い出す。

 正直ドッチボールはあまり好きじゃない。

 団体戦なのが嫌なんだ、この理論で行けばサッカーや野球も勿論好きじゃない。

 だから目立ちたくなくて適度にバレないように手を抜く。

 そうしてたら勝手に終わって給食の時間だ。



 授業が終わり教室から少しずつ女子が出ていくと教室に残った男(俺たち)は着替え始める。

 前の席の方でやたら騒がしい声がしていて、何事かと見てみると複数が周りを囲って円の中で脱がし合いをしており、本当に男って馬鹿なんだなと思った。


 体操着の白シャツを頭から通しながら、ふと白鳥のことを考える。

 今回の体育からガッツリ運動だけど白鳥は大丈夫か?色々とひ弱だから保護者目線で気にしてしまうのはあいつが体力測定で女子並、女子以下の記録を叩きだしたから気になるわけで……




「じゃあ今週から2時間ドッヂボールな」


「お前ら適当に2つのチームに別れろ〜」


 最初の柔軟をし終え、前の方にいる体育教師が指示を出すが、本当に色々と適当な奴なのだ。

 体力測定、柔軟のほとんどを生徒の自主性に任せ自分は腕を組みながらそれを見るだけ。

 体育教師ならもう少し動けよ。と思う。


 だが、そんな放任主義の体育教師の読みどおりなのか自然と個々で固まり始め自然と2つのチームに分かれていた。

 体操着を忘れた見学の奴らがこちら側にボールを投げ最初のジャンケンをするように言っているのが聞こえている。

 相手側のチームを順番に見ていると白鳥が居なかったので、こちら側かと近くを見渡すもどこにもいない。

 あれ、あいつ見学だったっけ?

 今度は見学側の方を見てみるも、やはり居ない。ここまで居ないと今から始まるドッヂボールの対戦より白鳥の行方が気になり始め、キョロキョロと怪しげに周囲を見渡すと背中に誰かとぶつかり振り返りながら反射で謝る。


「悪い」


 ぶつかった奴と目が合い時間が止まる。

 今現在探していた白鳥・麗音こと白鳥は俺の真後ろに張り付いていたらしい。


「そりゃ見つからないわな…」


 俺の一人ごとに首を傾げる白鳥だったが、何故背中に立っているのか聞こうとしているとこちらにボールが飛んでくる。

 幸いボールはかすかに違う方向へと進んで当たらなかった。

 開幕早々に外野へ飛ばされるのは面倒だ、ボールを投げる回数も増えるし何より目立ってしょうがない。


 背中にいた白鳥が隣にトコトコと来る。

 小さい歩幅は本当にトコトコという音を立てているみたいなのだ。

 こちらのチーム一人がぶつかりボールが白鳥の足元に引き寄せられる。

 数秒周りをみた白鳥は自分が投げるのだと悟り覚悟を決めて身に合わない大きなボールを両手で持つと腰の方に一度おろして投げの構えを取り、両手で前に投げようと振り下ろされたボールは後ろに戻って一直線に、集中してそれを見ていた俺の顔面に直撃する。


 ─────────え?


 ──────────何が起こったんだ?


「痛…くはないわ」


「痛っ」と言いかけたがボールは柔らかかった、白鳥が慌ててこちらに駆け寄って顔をいちいち心配な目で見てくるので半笑いで返してやる。


「ドッヂボールってのはこうやんだよ」


 見せるように少し離れたところから相手側に6割くらいの力で投げると思ったよりも、勢いよく飛び知らない奴の、みぞおちをクルクルと回転しながら床にボールが落ちた。


 ───────ボール速くね??


 ─────────うわ、ちょっと痛そう


 ──────────野球部か?


 ほぼ全員、投げた俺ではなく当たった奴の方を見ていたが一人だけ目をキラッキラさせてこちらを見る奴が隣に居た。

 自称ラッキーマンこと白鳥・麗音だ。

 アニメならこいつの目の周りに今黄色い星のエフェクトがかかっているだろう。


「ボールの投げ方分かったか?」


 大きく頷いていた白鳥だったが、その後も投げたボールは相手陣地に入ることは一度もなかった。



 退屈なドッヂボールもようやく終わり俺は食堂で買った唐揚げ定食を持って閉鎖された屋上に向かっていた。


「あれ鍵かかってる」


 白鳥が先に来てると思ったんだけど食堂にも見た感じ居なかったし、授業終了後一番に体育館から出ていくし此処にもいないし、ほんと謎な奴。


 一人フェンスにもたれながら無感情で唐揚げをひとつ口に放り込む。

 少し前だが、担任に頼まれ白鳥の家に書類を届けた次の日に褒美で屋上の鍵を貰ったのだ。

 何故、屋上の鍵なのかというとそれを使って白鳥と距離を深めてほしいとのことで、ちなみにその白鳥も屋上の鍵を持っている。


 距離を深めるとかそういうのは一旦なしにしても、学校の中で人が来ない特別な空間を手に入れられて素直に嬉しい反面、ひとりで昼食を食べている自分を客観視した。


「あんま美味しくねぇ」





 昼休み、保健室で麗音は昼食を食べていた。

 ベッドに腰掛けカーテンを完全に締め切った状態で唐揚げ定食を少しずつ食べている。


(なんでここで食べてんだろ僕…)


 ほんとに何がしたいのか自分でもわからない。突然、心瞳くんとの距離感について考えながらも体育の時間頑張って少し近づいてみたけど、途中から予兆なくやっぱり迷惑かもといつもの妄想癖が始まった…

 ここまで来たら発作に近いものがあると思う。


 ていうか、そもそも頑張るってなんだと自分で思う、普通にすればいいのに。

 だけど色々と下手くそな僕は人と関わらない方が一番迷惑をかけずに済む、それでもたまに人と話をすれば飢えた心は反応して、もっともっとと心が直に触れ合うところまで求めてしまう自分がいるから、そんな時は絶えずタイヤをパンクさせる勢いでブレーキをかける。


(僕の悪い癖だ…)


 流れ作業のように口に食べ物を入れて咀嚼、そして飲み込む。

 今日は一段と情緒不安定な心、こうなれば何も手につかない。

 考えること全てネガティブに変わってしまうスキル付き。

 多分午後からの授業も頭に入らない。


(早退しよう)


 昼食を食べ終え、早退する。と保健室の先生に言おうとカーテンを開けて出ると誰もおらずそのまま下駄箱に向かっていつもより重い足をなんとか頑張って動かし続けた。

 幸いにも人とあまりすれ違うことなく校門を抜ける事ができ、昼休み終了を知らせるチャイムが後ろから聞こえてきたけれど振り返らずに駅に向かって少しずつ歩いた。

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