第8話・我儘で呪われた声でも願って


 ベリーピンクブレイクを食してから一日が経った。

 いつも通り俺が朝食を作り、朝食後に俺が皿を洗って隣で白鳥が拭く。

 阿吽の呼吸と呼ぶべきか淡々と手際よく家事をこなす俺達。

 白鳥は何か作業している時、当たり前だが筆談は出来ないのでは必然的に今沈黙が訪れる。そう言えば今日は日曜日だった。

 正直学生身分の俺には土曜日と日曜日がそれほど大差ないように思える。


「食料切らしかけてるな·····」


 冷蔵庫の中は、ほぼすっからかん。

 これじゃあ昼食が作れないと思い、不意に外食をしようと思った。

 そして思ってから時間差なしで俺はそれを口にしていた。


「モール行かね?」


 台所で手を洗っていた白鳥が俺の声に反応して一度こちらを振り向くと、手を拭きながら口角を上げて頷いてきた。

 どうやら賛成らしい。という訳で俺と白鳥は近くの大型モールに向かう為、家を出た。





 駅のホームに行くとそれなりに人が居て座るところがなかったので、2人で電車到着後直ぐに乗車出来るように黄線の近くに並びながら立つ。

 家に居る時はマスクなんて付けていないので、白鳥のマスク姿に違和感を覚える。

 思えば外に居る時の白鳥はいつもマスクを付けているが、風邪予防だろうか。


「風邪予防か?」


【うん】


 口元を隠されるとスケッチブックと微かに見える目元からしかコミュニケーションが取れない。

 そしていつもの様にこいつの心の声だけが聞こないので本当のことかも分からない。が、なんとなく他の理由なんだろうなと思った。


 そこそこ人が多い電車が到着し渋々と乗り込む。けど、入学式の時の方が人は多かった。

 だが、人が多かれ少なかれ関係なく俺は心の声を拾ってしまう。


 ​​───────休日出勤ダルすぎ。


 ​───────待ち合わせまで後15分、間に合うかな。


 ​───────休日になんでわざわざ、ババァの家に行かねーとなんねぇんだよ。ダルすぎる。


 ​───────あの男、さっきから私の事見すぎ。あぁ、まーくんに早く会いたい·····


 白鳥の心に意識を置けばたちまち静寂が訪れるが、俺は極力それをしない。

 利用しているみたいで自分が嫌だからだ。

 だけどそんなことを言っても白鳥をふと見ている時や、見せられるスケッチブックを通して2人で会話している時、目が合う時など、瞬間的に俺は心を置いているっぽいので、そんな自分がたまに嫌になる。


 上を見ながら手すりを握っていると、電車が揺れて白鳥の頭が俺の胸に当たると直ぐに数歩俺から離れる白鳥。


 少し当たっただけでまたビックリしてやんの·····朝方、いつも眠りながら俺に抱きついてる事言ってやったらどんな反応すんだろう。





 目の前を先導して歩く心瞳くんの分厚い背中が見える。歩幅がまるで違うけれどチラリチラリとこちらを伺いながら歩くスピードを、遅い僕の方に合わせてくれる所に強い優しさを感じる。


「そろそろ昼時だし、先に飯にするか?」


【うん、そうだね】


 エスカレーターに乗り込み上階のフードコートに向かう。

 下の方から愉快な演奏が聞こえてきており、

 しばらくすると聞き覚えのない女性ボーカルが聞こえてきた。

 歌っている人の事は知らないけれど、周りに溢れんばかりの群衆を見ると人気な人なんだと思う。

 明るい演奏がモール全体に響いている空気があり、今は休日だ。と再度教えてくれている感じがした。


 フードコートは飲食店の数や種類がとても多く、どこで食べようか立ちすくんで迷っていた僕達だったけれど、結局学生と言えばのマルボナルドで食事をする事に決まった。

 そうは言っても、マルボナルドで食べるのは初めてなので、学生のうちに食べれることが出来て嬉しい。


 マルボナルドに言ったら絶対に最初に食べようと決めていた、フライドポテトに手を突っ込み勢いよく口にひとついれる。

 塩の味付けが完璧でコメントすることがまるで無い。美味しい、それだけ。


「美味しいんだな」


【うん!】


 外食は人の視線が気になるけれど、正面に心瞳くんが居てくれるのでまだ安心して食事をする事が出来た。

 僕より体の大きい心瞳くんは僕の2倍近くの量を頼んでいて、大口で美味しそうにハンバーガーにかぶりつく姿は見ていて気持ちがいい。

 そして、僕は何故かガン見している事をバレないようにチラチラ見ながらメロンジュースを喉に流し込む。


「久しぶりに食ったけどうめぇな」


 鉄雄はハンバーガーを咀嚼しながらフライドポテトを途中、数個口に入れこの後の事を考えるが、回り回った思考は今現在一緒に暮らす麗音の事を考えていた。


 てか、昨日は普通にこのまま家に残っといて貰った方が自分的には楽だと思ってたけど、

 俺の思考おかしいよな?多分。

 だってその理論で行けば期限なしで白鳥も住むってことだから、、、普通に同居だよな。

 俺は別に気にならない·····ことも無いけど。うーん·····この問題はどうしたものか·····


 同じ時間。鉄雄の正面に座る麗音もまた、全く同じ問題について頭を酷く悩ませている。


 今日は日曜日だ。明日からまた学校だし帰るタイミングをどうしようか·····

 このまま居たら、自動的に同居人になりそうだし。·····けど、うーん·····どうしたらいんだろ。いっそ帰れって言われた方が気が楽だけど鉄雄くんは言わなそう。


「おっ。心瞳じゃん、よっ!」


「​───────久我くがおま、」


「もしかして彼女さん?」


 突如、心瞳くんの顔に触れるギリギリまで顔を近づけて凝視している人は、何か確信した様子を見せると一度驚きながら、心瞳くんの耳に何かを囁いている。


「ばっか!クラスメイトだっつんだよ!」


「いやいや、だって5分くらい見つめ合ったままここだけ時が止まってたしさ」


「ただ食事してただけだから」


「ふーん(ただの食事ねぇ)」


「じゃあ、隣座ってもいい?」


「じゃあってなんだ!じゃあって!」


(こいつ·····!)


 返事を聞く前にズカズカと体をぶつけながら隣に座り始める。


「ざけんなっ」


 久我と呼ばれている男の人は心瞳くんと同じくらいの体格をしているけれど、明らかにタイプが違う印象を受けた。

 ほんのり日焼けした肌、若干のピンクが入った髪、センター分け、ピアス、香水の匂い。勝手な偏見なのは分かっていても彼からかもしだされる明るいそれらは、たちまちこの場に活気を与えた。


「俺、久我くが心太郎しんたろうって言うの。心瞳とは長ーい腐れ縁。」


 心瞳くんの首に腕を巻き付けながら、こちらに向かって太陽のような笑顔で自己紹介をされたので、ハッとしながらスケッチブックを両手で持って見せる。


【白鳥・麗音です。声が出せないので筆談です。よろしくお願いします。】


「了解!よろしく麗音ちゃん。」


 ちゃんと言われ少し頭がハテナになるが、それよりも筆談への疑問が一切ない事に驚いた。


「なるほどねぇ」


「んだよ、間近でジロジロみんな」


「いやぁさ·····なんか嬉しいわ俺」


「なにが」


「お前がまた·····」


「居た、心太郎。いつまでも帰ってこないから·····!」


 声色を変えて話し出した心太郎に耳を傾けていた鉄雄と麗音だったが、彼を探していた少女によって言いかけていた言葉が切れてしまう。


「へへ、ごめんごめん」


「じゃあ、また連絡するわ」


 突然現れてズカズカと隣に座り始めた迷惑以外の何者でも無い腐れ縁は、女に引っ張られ店から消えていく。

 今居るモールは大きいがこの辺ではあまりモール自体の数もなく、必然的に人はここに来るので顔見知りにも、もしかしたら合うかもと多少覚悟はしていたが、一番会いたくない奴に会うなんてツイてない。

 あいつのせいで無意識に色々思い出したくないこと思い出しちまった。


「っち」


 近くを指で小さくノックされて目の前にスケッチブックが立てられているので読み起こす。


【このあとゲームセンターに行かない?心瞳くんが良ければだけど】


【一緒にしてみたいゲームがあるんだ】


 過去の記憶に潜っていた意識が目の前にいる白鳥によって現実に呼び戻されると、俺は少しホットした。

 こいつ見た目の割にたまにアクティブだよな。お礼したいが為に群衆に無茶で飛び込んだり、出来ない料理をしてまでサプライズしてみせたり、落ち込んでるおれに気を使ってる今だったり。


「いいぜ、けど手加減なしだからな」


【うん!】


 僕は周りと違う。会話は基本筆談だし、時間を取るコミュニケーションなのでわざわざ人に話しかけてもらえる事さえ少ないし、自分からいけば気を遣わせて場の空気を重たくしてしまう。

 大袈裟かもしれないけど自分の家に戻れば、心瞳くんとは学校以外で話すことも無くなるかもしれない。そう沢山思ってしまう程、本当に他人との繋がりが難しい場所にいつも僕は独り居る。


 だから今は·····日が暮れるその時まで、まだ一緒に居たい。

 確かな言葉や、筆談じゃなくても一緒に心を通じていたい。

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