第4話・伝う涙

 人は想像もしていなかった現実と対面すると何かリアクションをとる前に、固まってしまうみたいだ。


 眠りから目が覚めたら、僕の視界を心瞳くんが占領仕切っている。


 勿論、今までもこういう状況に会った事がないから僕はどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

 とりあえず、僕は喋れないので心瞳くんの黒くて丸い瞳を見つめて見ることにしてみた。


「……(あれ、心瞳くんも固まってる?)」


 今に限らず目が合う事があった2人だったが、現状は今までと空気感が全く異なっておりお互いが感じている感情はどこか酷似していた。


(何故リアクションがない……)


 俺は人の心が読めるが全ての人間の心が読める訳では無かった事が昨日、白鳥・麗音と言うらしい目の前の奴と出会ってから判明した。


 元々人の心を読みながら自分の行動や言動を取捨選択してきたから、人の心が全く読めなくなると俺はフリーズしてしまうらしい。


 目が合った瞬間、叫声でもあげてくれたならこちらも説明しやすかったが、こいつは今声が出せない。が、それとは関係なしに何故リアクションが一切無いのか分からない。

 普通、叫ぶまではいかなくても何か行動を起こす所だと思うけど、こいつも俺と同じくフリーズしている。


(このまま黙りこくってたら日が暮れそうだな……)


「白鳥……俺な……(やばい何を言えばいいかわかんなくなってきたぞ。)」


 目が泳ぎ始めた鉄雄を見て、ようやく上体を起こした麗音は枕の横から自分の携帯を手に取り、メモアプリに文字を打ち込んだ。


【心瞳くん、おはよう。】


「へ?(お、おはよう??)」



 近くのスーパーから買い物を終えた鉄雄は再び麗音の自宅に戻って台所に立っていた。


「勝手に作ってるから寝てていいんだぞ。」


 ベッドの上で上体を起こしたまま、台所で器用にサツマイモの皮を剥いている鉄雄をぼおーっと見ている麗音。


(俺が言うのもなんだが、白鳥の奴色々とあっさりし過ぎだろ。)


 最初の第一声が【おはよう。】ってなんだよ。なんで俺が居ることが当たり前みたいになってる???

 そんでもって、今度は俺が事情を説明したらしたで【来てくれてありがとう。】って……

 疑問文はひとつも無いのか?

 挨拶や礼を言う前に何故俺が居るのか聞く所だと思う、普通は。


(それとも俺の普通が間違っているのか?)


 だが、見た感じ栄養価のあるものは食ってないよな。

 冷蔵庫の中なんか水しかなかったぞ。

 日頃何を食べて生活してるんだよ。俺もあいつと同じ一人暮らしだけど、冷蔵庫に水しかないのは流石にやばいだろ。

 このまま体調を崩し続けていれば、その度にこいつの家に来て課題やらを届けなきゃなんねぇのは面倒だ。


(適当に食事食わして元気になってもらう。)



 低いテーブルに、出来上がったサツマイモのポタージュスープを置くと近くの床であぐらをかく鉄雄。


「味は保証しないけど……水だけよりはマシだと思う。」


「……(美味しそう、生クリームもかかってて凄いオシャレ。)」


 サツマイモのポタージュスープからは出来立てを示す温かい湯気が上がっており、嗅覚を刺激する濃厚な匂いがしていた。


「冷める前に食えよ。(今更が過ぎるが、スープで良かったかな。)」


 一度こちらを振り向いた白鳥は口角をやや上げると、スープにゆっくりとスプーンを通し息を吹きかけながらおそるおそる口に運んだ。

 黙りっこかよ、まぁ声出ないのは分かってんだけど。これじゃあ味がどうなのかわかんねぇよな。


「……(、、、)」


(最近食べていたものを全部忘れるくらい、このスープが温かくて美味しい。)


 半分まで減ったスープをスプーンでは飽き足らず、お皿を両手で持って残りを一気に平らげる。


「はっや。(もう全部飲んだのかよ!?)」


【心瞳くん、おかわり頂戴!】


 床に片手をつけながら、空になった皿を見せる麗音からとてつもない執着心を垣間見る。


「お、おう。」


(つまりこれは好評だったって事でいいんだよな。)


 よく考えてみたら人に何か作んのはこれが初めてか、どうりで緊張する訳だな。

 急ぎで作ったスープだったけど、あんなかきこむ程美味かったのか。

 けど、食欲もちゃんとあるみたいだから、明日になったら普通の食事もいけるかな。



 夕暮れ時を2人に教える様に外からは、カラスの鳴き声が聞こえている。


(もうちょいで夜か。)


 鍋やお皿を洗い終えた鉄雄は手を拭きながらベッドの上で壁にもたれている麗音に近づくにつれ、自分の瞳孔は今開いているのだろうなという不思議な感覚があった。


「白鳥……」


「​───────どうして泣いてんだよ。」


 鉄雄の方を見上げるのと同時に、麗音からよどみのない透明な涙が1粒手の平に零れ落ちていた。


(あれ、もしかして僕泣いてる?)


 心瞳くんに自分の気持ちを言えば大袈裟だと思われるかもしれないけれど、本当に作って貰ったあのスープがとっても美味しくて、温かくて。

 こんな自分の為に作ってくれたんだって考えたら、なんだか溢れるように嬉しくなって、だけどなんだか少し寂しくもあって。


 僕の中の色々な感情があの不思議なスープによって、全て溶けて一緒になってて、だから今は表に出てきた自分の感情がどれなのか判別出来ない。


 どうしよう、なんて言えばいいのかわかんないよ。

 これで、引かれて話しかけられなくなったらどうしよう……

 何で泣いているのか聞かれたら、僕は何て答えたらいいのかな……


 震えた手で携帯に手を伸ばそうとすれば、それを阻止するみたいに心瞳くんが言葉を発した。


「あのさ……俺ん家来れば?」


(おいおい。)


「俺もお前と同じく一人暮らししてるから、親とか居ねえし。」


(俺らしくない。)


「ここよりは少しだけ広いし、体調が良くなるまで居ればいい。」


(居ればいい。ってなんだよ。)


「あれだ、一人だとまた俺がここに来んの面倒だし、いっそ一緒に居ればそのまま面倒も見てやれるだろ。」


(理由が無理やり過ぎるだろ、あぁバカ恥ずい。……もうどうにでもなれ。)


 そうだ、俺が今日変なのは全部こいつのせいだ。

 勝手に泣きっ面見せやがって、見せられた側はどうしたら良いのかわかんねぇよ。


 俺の勘違いかもしれないけど、俺がこいつの心を読めなくても、こいつに声が無くても、あの落ちた涙をみたらどうすれば良いのか直で分かった気がした。


(そう、分かったような気でいいんだ。)


 家の鍵をかけて服や教科書などが入ったスクールバッグを背負おうとすると、心瞳くんに鞄を取られてしまう。


「持つから。」


 大きい心瞳くんは、僕の小さな歩幅に合わせてくれて、そんな僕はたまに当たる腕に一喜一憂しながら2人でゆっくりと歩いた。

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