第5話・頑固なお前

 心瞳くんの家は僕と違って普通の一軒家だった。外観は車一台を止めれるスペースがあり車の代わりに赤いママチャリが止められている。

 本当に、傍から見ればそこには一般家庭がありそうな家になっていて、だけど心瞳くんはここで一人暮らしをしているのだ。

「見た目で判断をしてはいけない。」という言葉は建物にも使えるのだろうか?


「白鳥、楽にしてていいぞ。」


 あまり他人の家に入る機会がなく、自分の家よりも圧倒的に広く、目の前がまだリビングだけなのだという事に驚きを隠せない。

 本当に同じ一人暮らしをしている高校生なのだろうか?もしかしたら心瞳くんは大富豪で高校に行けなかったから、行こうと高校生のフリをしているのか!?


(想像力豊か過ぎだろ僕。)


 ソファに腰掛けているが非常に落ち着かない。そもそも楽になるってなんだろう。


【一軒家だったんだね、びっくりしちゃった。】


「この家は貰いもんだ。知り合いの所が仕事用で立てた家らしいけど、結局使う事が無くなり丁度良いからって理由で貰えた。」


(なんか凄すぎて言葉が出てこない。)


「未だに、自分でもメチャクチャぶっ飛んだ話だなと思う。」


【うん、ぶっ飛んでる。】


「だろ。」


 心瞳くんが微笑んで見せた。

 人が笑顔でいる時、これだけ冷静に顔を見ているのはどうなんだ。と、自分で思う。


「風呂沸かしてくるわ。」


 用事を思い出したかのように、椅子から素早く立ち上がると、リビングから出て行ってしまう心瞳くん。


 正面には4Kの高そうなテレビがあり、視界の隅で見えるキッチンも僕の所より広く、一人暮らしなのに4つの椅子まである木製テーブル。

 本人から一人暮らしの事を言われるまでは普通に一般家庭がある様にしか思えない、みたいなのがここには沢山ある。ふと現在の時刻が気になりテレビの上にかけられているシンプルな時計を見ると、時刻は19時を回っていた。



 浴室で目を閉じて無心で髪と頭を洗う。

 他人の家に侵入する時はどうしてこんなにも落ち着かないのだろうか。

 全てを一言にまとめてしまうのなら単に僕があまりこういう経験をないからなのだけれど。シャワーヘッドからぬるま湯を出し、白く泡立った髪を流していく。


 体も同じように洗い終えると、湯気が出ている浴槽に指先を入れ温度を確認する。

 暑すぎず、ぬる過ぎない完璧な温度だ。

 入れる温度だと確認したので左足を指先から順に少しずつ入れていき、続けて右足も入れ浴槽にもたれるようにして座る。


 ポカポカして気持ちいい。

 心瞳くんの家なのに僕が先に入っちゃって本当に良かったのかな?けど入っちゃったし。

 僕が入って汗をかいた湯船に心瞳くんが入っるって事だよね??なんか申し訳無くなってきた。


 先に入ってしまった事に対しての罪悪感を感じてしまった麗音は頭の中で謝り続けながら、のぼせるまで湯船にいた。



「じゃあ俺も入ってくるわ……あっ、テレビ見といて良いから。」


 風呂に入ると言ってリビングを出た心瞳だったが、言い忘れを伝える為扉から顔だけを出して言った。


 僕、今マスク付けてない……

 誰かに顔を見られるの凄く恥ずかしいのになんで付けてない事を忘れるんだろう。

 でも、確かに部屋で心瞳くんが居た時、付けていた筈のマスクが外れてたような……汗をハンカチで拭いてくれてたし、もしかしたら暑そうだった僕を見かねて外してくれたのかも。

 いや、そうだったとしても顔見られてる!

 今更恥ずかしくなってきたよ。どうしようって言っても見られたものは仕方がないよね。

 心瞳くんだけなら大丈夫だよね……うん大丈夫、大丈夫。


 誤ちを無理やり肯定した麗音は、洗脳するようにして大丈夫だと自分に言い聞かせていた。


(そうだ!テレビ。)


(見るのなんていつぶりだろう?とりあえずつけてみようかな。)


 ソファーで来た頃と同じ位置に腰掛けていた麗音は目の前に置かれていた細長く黒いリモコンを手に取ると、久しぶりに見たテレビのリモコンに付けられているボタンの数に驚きを隠すことが出来なかった。


 えっ、テレビのリモコンってこんなにもボタンあったっけ?

 はたから見たら僕のこの反応は、文明を初めて見た原始人だとか思われそうだけど。

 これ、どのボタンを押せば付くんだろう?

 何故か上からではなく下から順にボタンを押し始める麗音は最終的に上に付いている電源ボタンを押すとようやくテレビが付いた。


 現在の時間帯が晩御飯時なのか、つけた画面からテンションの高い料理番組が始まっていた。

 久しぶりのテレビとそのテンションの高い料理番組に興奮していた麗音は前かがみになって真剣に視聴していた。


「……(あんな高い位置から牛乳注ぐの!?)」


 料理をしていた高身長の男性が自身の頭上よりも高い位置から牛乳をボールに注いで、真顔で気にすることなく台所をはねた牛乳でドバドバと汚していた。



 その頃、テレビに夢中になっていた麗音とは正反対に静かに湯船に浸かっていた鉄雄。


 まだ緊張してるよなぁ、リビングに入った時の目の泳ぎ方なんか凄かった。

 あんだけあからさまに緊張されると、言えないけど俺も緊張するっての。

 そう言えば、あんま人を家に入れんのは無かったな。


 ふと湯船に長い髪を一つ見つけた鉄雄は下からすくい上げるようにして手に取ると、それを顔の近くに近づけた。


「白鳥の髪……」


 今思えばこの湯船には白鳥も入ってんだよな。って何考えてんだよ俺は。

 こんなの普通だろうが、温泉に行ったことない奴かよ。


「……(こんな事考えてんの絶対俺だけ。)」


 猛烈に羞恥心を抱き始めた鉄雄は顔の半分を湯船につけ、険しい顔つきになって口で水をブクブクとさせていた。



 お風呂から上がった鉄雄は首にタオルをかけながら、半乾きの髪を軽く手で触りながら真剣にテレビを見ている麗音を横から観察するように見ていた。


(表情が読めねぇ、ただ夢中で見ていることだけは分かるけど……テレビそんなに面白いかよ??)


 お互い緊張している時はゲームだ、ゲーム。

 同じ何かをすることで何かしらこいつの考えている事が分かるかもしれない。


「白鳥、ゲームしようぜ。」


 5秒ほど遅れて頷く麗音。


「ゲームやった事あるか?」


【アプリの奴だけど、動物を使うパズルゲームはたまにやってるよ。】


 動物を使うパズルってどんなゲームだよ!?

 そのアプリとやらも非常に気になるけど、まぁいいや。

 ​───────最初はレースゲームだ。


「おいおいどうした!?」


 レースが始まって途中、麗音はコントローラーを持ちながら体をくねくねとさせており、まるでゲーム内のプレイヤーのハンドルさばきと動きがシンクロしている様だった。


(曲がれ!!)


「!」


 カーブで体事捻った麗音は同じく隣でプレイしている鉄雄の肩とぶつかった事に全く気がついておらず、ぶつかった鉄雄の方は「いてっ。」と反射で声を出していた。


 隣でコイツがくねくねしてるせいで、レースに全く集中出来ない。

 てか、ゲーム中に体をくねらせるやつなんていんのかよ。


 肩がぶつかる度全く気がついてない本人と一番真剣にプレイしているその姿にジワジワと笑いが込み上げてきた鉄雄は突然吹き出してしまう。


「ぷっ……」


 勿論のこと鉄雄が吹き出した事も気が付かない麗音であった。


 ★


【​───────それは嫌かな。】


「なんで!?」


【心瞳くんにはベッドで寝てもらいたい、だってここは君の家だし。ソファには僕が寝るよ。】


「いやいや、お前は来客だ。ソファーには俺が寝る。」


【じゃあ僕帰るね。】


「は?」


 ダブルベッドで背中を合わせ横向きで眠るふりをする鉄雄。


 まさかのとんでもない頑固野郎だったとは……

 あの目つきじゃあ本気で帰りかねない様子だったし、俺が折れてこれで正解だったのだろうけど……なんだよあの顔!これじゃあ俺がアイツと寝ること誘ったみたいじゃないか!

 俺がソファーで寝る事に対して反対してくるなら、一緒に寝る選択を俺が提案するぐらいは予想しとけよ。


(なんでよりにもよって布団がないんだよ……)


隣で眠る麗音がやたら気になり意識が覚醒していたので内心、一睡もできないだろうと思っていた鉄雄だったが肉体的に疲れていたこともあり1時間もすれば寝息を立て眠りに落ちていた。

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