第3話・探求心の中の魅了

 高校生活が始まって2日目、僕は色々と失敗してしまったらしい。


「……(まだ頭痛いや。)」


 現在の時刻は午前8時30分、本当なら学校で席についていないといけない時間なのだけれど、僕は今マスクをつけて自分のベッドに居る。


 入学式に気張り過ぎたのだと思う。あの日同じ駅で左右に心瞳くんと別れ帰宅してからというもの、口に一口水を含んだ以外何も体に入れていない。


(どっちにしろこの状態じゃあ何も出来ないし、寝るしかないよね。)


 寝て起きたらスーパーに行こうと考えていると、自分が居ない教室の風景を想像してみる。


(心瞳くんは学校に来てるかな、大概の人は来てるか……)


 少し寒くなり、掛け布団を顔の半分まで持ち上げると麗音はゆっくりと瞼を閉じた。



 麗音が自宅で瞼を閉じて意識が消えかかっていた時、教室に到着した鉄雄はドアを開けて窓際の席に向かっていた。


(てっきり先に来てると思ったが。)


 スクールバッグを机の横にかけ机に伏せる。


(昨日、電車であいつが謝ってた事と関係あるのか?……いや流石に考えすぎか。)


 降車駅に着くまで顔を伏せて隠していたが、結局何がしたかったのか最後まで分からなかった。


(変な奴。)



 午後の授業も全て終わり教室を出て下校しようとした矢先に廊下で女担任に声をかけられる。


「心瞳くん、ちょっと今から職員室に来てもらえる?(逃がさないわ。)」


「は?(​───────俺捕まるの?)」


 色んな教師のデスクが見える職員室に入り、椅子に座る担任の足立あだち早織さおりを見下ろす様に立っている鉄雄。


(担任の足立だっけ?他の奴の心の声聞いたらドン引きだろうな。結構散々なあだ名付けられてるし。)


(。2日で聞き過ぎて勝手に覚えちまった。)


「これ、白鳥くんの家に届けて欲しいの。」


 課題などが入った茶封筒と白い小袋を受け取る鉄雄。


「課題と白鳥くんが好きそうなお菓子よ。」


 両腕を組みながら、わざと自身の大きい胸を強調させる早織。


「なんで俺なんですか……」


「一緒に登校していたでしょう?しっかり見えて居たわよ。(ていうか、なんでそんなに嫌そうなのよ。)」


(​別に嫌ではないけどな。)


「本当に嫌なら他の子にあたるけどね。(この様子じゃあ難しそうかな?)」


 上目遣いで鉄雄を見る早織だったが、それを関係なしに茶封筒やらを受け取ったタイミングで鉄雄は行こうとは決めていたが内心と表の反応が違うのが彼だった。



「ここか。(思ってたより別れた駅から近かった、今1人かな?)」


 早織に麗音の住所を聞いた鉄雄は、古びたアパートの階段を上がり、麗音の部屋の前に立っていた。


 太い指でインターフォンを鳴らすが5分待っても扉が開く気配が無いので、もう一度押してみる。


(本当にここで合ってんのかよ。)


 ポケットから住所と部屋番号が書かれた紙を取り出し再度確認するが、間違っている様子もなく、途方に暮れていると部屋の扉がやや開いている事に今更気づく。


「空いてるし……」


 中で物音がないか確認しながら、扉を少しずつ開け、今度は直接呼んでみる。


「白鳥。」


 インターフォンと同じく反応が無いので、扉を開け玄関に入った鉄雄は足元に合ったペットボトルを踏んでコケそうになってしまう。


「っぶね……!」


(空になったペットボトルがあちこちにあるな。どうする、荷物だけ玄関に置いてこのまま帰るか?)


 帰ろうか迷っていた鉄雄だったが、部屋の広さを見て一人暮らしだと悟り、足音に気をつけながら奥に進む。


「白鳥、課題とか持ってきてやっ……」


 言葉を発している途中で麗音の寝息が聞こえ、起こさないように声を戻した。

 なんとなく6畳程度の部屋を見渡すようにしていると、向かって左側にベッドが見える。


(やっぱりこいつも一人暮らしか。)


 部屋の真ん中に低いテーブルがあり右側は木製の本棚になっている。部屋は微かにカーテンの隙間から侵入している光によってなんとか周りの物とかが見えるくらいだったが、ベッドの頭に暖色の照明が点けられており、眠っている麗音の頭が見えていた。


 麗音の元へ自然と吸い寄せられていき、顔がある高さと同じになるように静かに床に腰を下ろす。


(呼吸も荒いし、すげぇ汗かいてるな。)


 マスクをして小刻みに早く呼吸をしている麗音を見かねてバレない様にそっとマスクを外してあげる鉄雄。


 横を覆っている黒髪に少しずつ手を通しながら左耳にかかった白い紐を外す。


(髪長いのな。)


 右耳は枕と密着しており、外すのに手こずっていた鉄雄だったが時間をかけ、なんとか麗音の顔からマスク外す事に成功したが。


(こいつ女だったのか?)


 マスクを外した麗音の顔を見て、性別が判断出来なくなっていた。

 考えながら自身の赤いハンカチを取り出し、優しく麗音の汗を拭き取る鉄雄。


 華奢だなとは思っていたが驚いたな。

 これは男って言われるより、女って言われた方が納得する気がする。


「……」


 こいつの顔を見ているだけなのに、どうして体の中から何か昇ってくるみたいに苦しいんだろう。

 ただ声が無く、眠っているだけの奴なのに。

 お前はこんなにも俺を悩ませ、そして息が詰まる程に苦しめる。


(今、お前はどんな夢を見てる?)


 このままこいつの顔をずっと見ていたら、分かるかな?


(心が読めない奴と初めて出会った。読めない、だから余計に知りたいと思ってしまう俺は、ちゃんといつもの俺だろうか。)


 眠り続ける麗音の顔のパーツ一つ一つを贅沢に時間をかけながら視線を向ける度、ドクドクと音を立てて鉄雄の心は魅了されていく。


 魅了された彼は、自分でも全く気が付かないうちに今の気持ちを言葉にしていた。


「​───────綺麗だ。」


 囁かれた言葉に反応を示す様に、ゆっくりと眠っていた意識を覚醒させ、瞼を開いた麗音と目が合う鉄雄。


「……(心瞳くん?)」

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