頂上決戦

「全星獣撃滅ッ! だが、警戒は怠るな! 完全に安全を確認し次第、シェルターへの隔離を解くッ!」


 凛とした声が戦場に響く。納刀する光は、その手を柄にかけたまま周囲を見渡す。


「手間取っちまったなあ」

「気を抜くなって言われただろ、バカ!」

「悪い悪い。でもお前もパワーアップしてんじゃん。頼りにしてんぜ、相棒!」

「えへへ、バカには僕がついてないとしょーがないもんねー! 頼られてやるよ、あーいぼっ!」


 今さら星獣、とでも言いたげな二人が追い付いた。調子に乗る龍征の顎を柄で突いて諌める。無邪気に頭を傾けるリヴァの頭を撫でてやる。頬を赤らめてはにかむこの子は今夜どうしてくれようか。そんな緩みを引き締めて見回りに動こうとした同時、通信が入った。しかも、これは。


「緊急番号……? 作戦本部外からどうして?」

『それは気にしないで頂戴♪ 桜よん!』


 技術主任の桜。光も龍征も、隠れた実力者であるオカマにとても世話になっていた。手ほどきを受けた。相談に乗ってもらった。導いてもらった。そうした一つ一つの行動が信頼の積み重ね。そんな前提は、しかしリヴァには通じない。


『想定より五分も早い。さすがは新生スタードライバーズねん。正直、天乃リヴァは精神崩壊を起こすものと踏んでいた。だからこの想定を崩したとすれば……それは天道龍征、お前だ』


 声のトーンが急転直下。リヴァが、その小さな身体を震わせていた。何かがおかしい。そんな違和感に身体が硬直する。記憶の暗雲が雷鳴を轟かせる。


『全く。融合者と化してからのお前の活躍は目ざましいよ。こんなことなら、やはりリスクを度外視してドライブ2をリヴァの体内に移植するべきだったよ。龍征、お前という検体がもっと早く手に入ればよかったのにな』


 そうだ。思えば、その通りだった。桜花道技術主任、彼が龍征の肉体の変化を把握していないはずがない。見逃しているはずもない。

 それは、リヴァが真実を見抜いて明かす前も、彼だけはそうだったはずなのだ。そんな当たり前な真実に、この場の誰もが至れなかった。全てはこの天才の立ち回り故か。本性を表わした研究者は、実験体に、無慈悲に告げる。


『もうデータは取り終えたから、お前は不要だ。ああ、凄まじい数値だったよ。実際、お前の大活躍は喝采ものだったろう? 活躍ってのは、士気を保つためには効果的なんだ。士気を落とせばどうしても行動は鈍る。一分一秒を争う状況では、それは致命的だ。俺や大道司のようにメンタルコントロール出来るやつばかりじゃないからな』

「桜さん、何を…………?」


 現実を、直視できない。

 頭で分かっていても、心が理解を拒絶する。


『時間稼ぎだよ。お前らが稼いだ五分十二秒を、今頑張って潰しているんだ。いらん種明かしまでしてな』

「主任、貴方は一体何を……ッ!」

「違うッ! 違うんだよ、光さん!」


 その身を抱き締めてリヴァが震える。どう見ても尋常ではない様子だった。光が、口を真一文字に結んだ。覚悟を、決める。狼狽える仲間に手を置いて、口を開く。


「本部に帰還する。天道、本部に至急通信を」

「繋がらない。なんでだ、繋がらない……ッ!」

「手を回されたか! おのれ、天乃に、本部に、何をした……ッ!」

『この声がトリガーだからな。今なら俺のことをはっきりと思い出せるはずだ』


 震える身体を、光が抱き締めた。そうしてリヴァは初めて気が付いたのだ。あの女丈夫も震えている。リヴァの肩に熱い拳が乗せられる。歯を喰いしばる龍征と目が合った。

 二人も、戦っている。だから、リヴァも向き合わなければならない。



「そいつは、パパが――――僕を裏で操っていた黒幕だッ!!」



 龍征は、呼吸を忘れていた。あの頼れる技術主任を、龍征は好いていた。なついていた。光だって同じだ。一緒にいた時間はずっと長いはずだ。それに、そして。父親。震えて、涙を流すリヴァを迎えたのは、通信越しに鳴った乾いた拍手の音だった。


『おめでとう。記憶の鎖は直に錆びて朽ちるわよん♪』


 爆発音。本当の戦場はここではない。あの方角は、特災本部。龍征がこの二ヶ月、確かに家だと感じていた場所が破壊されていく。その場に立たなければ戦えない。狡猾な黒幕の狙いはスタードライバーズを主戦場から引き剥がすこと。そして、突き付けられる決めの一手とは。


『さて。スタードライブシステムのセーフティは無事に発動した。クラッキングも滞りなく。特等席で終わりを眺めていることだ』


 虚脱感。強固なスタードライブシステムが、純粋な拘束具として三人を襲った。足を上げるのすら億劫になる龍征と光。必死で抗っているが、この状態では本部に駆けつけそうにない。二人は顔を上げて。


「え……なんで僕は無事なの」


 泣き腫らしたまま呆然と立ち尽くすリヴァと目が合った。


『……どういうことだ? な、これって』


 通信が途切れる。向こうで何らかのトラブルがあったのかもしれない。敵のトラブルはこちらのチャンス。光は拳を振り上げて叫んだ。


「駆け出せ、天乃ッ! お前しか動けない、お前がやるんだッ!」


 龍征が歯を食い縛って上体を起こした。


「絶対に追いつく! 絶対の絶対だ! だから大丈夫、行けッ!」


 想いを託されてリヴァが弾けるように駆け出した。託された想いと、自分の想い。全てに決着をつけるために、彼自身がその場に立たなければならない。そんな確かな予感を胸に秘めながら。







 決戦の場は地下深く。本部地下シェルター最奥に伸びる通路。その一本道の両端にはエレベーター、そしてその中央にある隠し扉に星獣の笛は安置されている。その隠し扉に寄りかかっていた男は、自分が乗ってきたエレベーターと反対側から降りてきた男を見た。


「早かったな、大道司」

「やはりそうだったか、桜」

「どこで気付いた? 咄嗟に電子ロックのセキュリティを切り替えるなんて、完全なアドリブでは無理だ。スタードライブのセーフティの細工もお前の手筈だろう?」

「ああ、その通り。お前なら、可能だった。内通者の可能性が挙がって、俺はずっとそんな妄想を抱いていた。そんなお前が内通者を特定出来ないって言ったんだ。お前に出来ないはずはないんだ。だから……お前しかいなかった」

「……大した信頼だな」

「お前が五年間も俺を、この国を欺いてきたのは、飽きっぽいお前にしては忍んだものだ」

「俺が興味を消してしまうのはな、それが簡単に出来てしまうからだ。やれば出来てしまうと分かった時点で、それは下らないママゴトに成り下がる。光ちゃんだってそうだろう? 天才はな、すべからく飽きっぽいんだよ」

「勉学に飽きて大学を辞め、闘争に飽きて特戦を辞め、男らしくあることに飽きてオネエになり、国に尽くすことに飽きて自衛隊を辞めた。飽きては辞めて、飽きては辞めて、そうやって人の道すら踏み外したか」

「凡人には分からないよ。天才は孤独なんだ。誰も隣に並び立てない」

「……俺はそれでも、お前の横に並び立ちたいってずっと思っていたさ」


 夢を追い続ける男が、その左拳を握り締めた。桜の目が見開かれる。義手というのはあまりに不気味な形状。戦うために特化した左腕。決戦用の義手を掲げる。


「因果だな。俺が暇潰しで開発したアーマーパーツで俺を阻むとは」

「それにしては、やけに俺の肩にぴったりだったよ」


 電子ロックが妙な重低音を上げた。隠し扉が開く。桜は中に入らなかった。一歩一歩向かってくる大男に背は向けられない。その左手に闇のような色合いのサバイバルナイフが握られる。この通路では銃器の使用は跳弾の危険がある。桜自身がそう設計した。

 だが、武器はこれ一つで十二分。技術主任自らが設計した、まさに彼自身の専用兵器。自らが必要とする機能のみを備えた究極の一品もの。


「最後に聞きたい。天乃リヴァ、彼は一体何者なんだ?」

「息子だよ。冴えない父親ごっこに飽きて、どうせならと実験動物にしたがな。素晴らしい駒だった。流石は俺の子だ」


 静かに立ち上がるものが目に見えるようだった。溢れんばかりの怒気が。男二人が向かい合う。


「お前は、今、何がしたいんだ」

「夢は大きく世界征服。それが今のマイブームだよッ!」


 宣言なく放たれたアーマーナックルを桜のナイフが受け止めていた。義手と同化した手甲が不気味に振動する。超振動による分子崩壊。だが、その開発は技術主任が行ったもの。当然サバイバルナイフの振動が相殺する。ナックルを跳ね上げ、懐へ。義手の付け根を強烈なハイキックで穿つ。


「かたッ」

「自画自賛か、嫌みなやつめ」


 右の拳。警戒して一歩下がった桜に、今度は左のアーマーナックルが迫る。サバイバルナイフを腹の前に構えて跳ぶ。まともに食らったはずが、数メートル後ろに着地しただけだった。これほどの攻防で刃こぼれしないナイフは流石だが、それ以上に桜の卓越した戦闘センスが荒業を現実にした。長らく一線を退いていた彼も、徐々に戦闘勘を取り戻していくだろう。

 それでも。戦いから退く理由にはならない。


「花道ッ!」

「厳造ッ!」


 互いの名を。しなる動きで大柄の大道司を翻弄する桜だが、その凶刃には血液の一滴すら付着していない。隻腕の男は食い下がる。その目に宿る炎は覚悟の灯火。


「お前は本当に不思議なやつだよ。どうしてそんなに真っ直ぐいられる。何がお前を駆り立てているんだ」

「人は誰だってそうだ! 譲れぬものを胸に戦っている! 貫く道を抱いている! それはなッ、信念っていうんだよ!」


 豪腕が桜に掠った。その力強い風圧に思わずぞくりとする。


「ああ、そうだよ。お前はいつだって俺に食らいついてきた。お前には才能なんてない。けど、お前は確かに俺の目の前に立ちはだかっている」

「お前の背中を追ってきた! こんなやつでも、すごいやつだって! 必死に伸ばせば届く、そうじゃないと全てが嘘だ! 俺はそんな努力を否定しない!」

「は、娘と違ってなんと凡夫! あの子も俺と同じだ。きっとこうなる。厳造、受け入れなければ全部が無駄だぞ」

「お前が親を語るなあああ――ッ!!」


 振り抜いたアーマーナックル。その脇腹をサバイバルナイフが引き裂いた。揺れる振動が傷口をかっ捌く。鮮血を噴き出しながら、それでも男は膝をつかなかった。雄叫びが聞こえた。桜は、笑っていた。本当に満足そうに。これをずっと待っていたと言いたげに。


「やっぱり食らいつく。だから俺はお前から離れなかったんだな」


 その両目に空虚な光が揺らいでいた。何かを見ようとして、何も映していない。人間とはこうも空っぽになれるのだろうか。大道司は拳を振るう。


「どうしてこうなった! 止められなかったのか! こんなになるまで! お前は! お前はッ!」

「すべてがおそい」

「ああ、そうだったかもなッ!」


 桜の足が上がる。義手の二の腕部位。腕ごと押し退けようとして、しかしその感触の軽さにほんの一瞬呆けた。冗談のような軽さでアーマーパーツが吹っ飛んでいく。結合部を外された、そう気付くまでほんの半秒。致命的だ。


「だから、全てのケリは俺がつける…………ッ!!」


 その右拳が、桜の顔面に突き刺さった。サバイバルナイフを手離し、吹き飛ばされる桜。大道司はその上に馬乗りになる。足技、手技、手練手管の全てがたった一本の豪腕にねじ伏せられる。顔面を歪ませて桜はその顔を見た。涙に顔を歪ませる男の、かつての同志の顔を。そんな光景に言葉が出ない。もう一度殴られた。ひどく空虚な時間。もう一発放とうとした大道司が、止まる。


「なんだ、それ、は…………」


 乾いた銃弾。切り裂かれた方と逆の脇腹を銃弾が貫通した。この至近距離ならば跳弾による被弾の危険性は限りなく低い。だから、この胸を貫く痛みは、貫通した銃弾は、桜の左胸を貫く弾丸は、彼が放ったものとは別の弾丸。


「――ぃ……か、あぁぁ…………ッ」


 思い当たる節は、一つだけあった。この隠し扉の向こうに潜伏させている協力者。星獣の笛の近くに配置させ、閉じ込められた彼と合流することで作戦は最終フェイズに移行する。天才、桜花道。彼の手腕に着いていける技術を持ち、なおかつ大人しく従わざるを得ないような小物。そんな最後の一人がロックの解除された隠し扉から出てきていた。


「しぃぃぃぃいいかああああああぁぁぁああ――――――ッッ!!!!」


 ジョン=シーカー。特災本部の技術副主任が星獣の笛片手に見下ろしていた。まだ熱を持つ拳銃を適当に投げ捨てる。星獣を操る戦略兵器を手にしたのだ。こんな鉄屑はもはや玩具でしかない。口からどばどば黒い血を吐く男の頭を、無表情で踏みつける。桜にもはや抵抗するだけの力はない。それを確かに確認すると、口元を、顔面を歪めて。


「ざまぁwwww」


 笑った。

 心底人を見下したような顔で。軽く蹴られた桜がその辺に転がる。シーカーは鼻唄混じりにスキップまでしてみせた。警報音。桜にはそのサインがよく分かる。この場所が何故地下深くにあるのか。いざというときは全てを爆破して地中に埋め立てるためだ。その緊急システムをこの男は作動させたのだ。


「アデュー!」


 後ろ手に気障ったらしく手を振る。自分だけ悠々とエレベーターで脱出を。薄れる意識の中で桜が最後に見た光景は。それでも諦めない男の姿だった。左の脇腹をナイフで切り裂かれ、右の脇腹を銃弾で射抜かれ、左腕を失い、致死量に達するだろう血液を失いながらも、這ってシーカーの後を追う大道司厳造の姿だった。


「ああ――そうだった。俺、あんな風になりたいって…………そんな風に、思って…………いた、こともあったっけ……な、あぁ……………………」







 桜花道。天才故に誰にも理解されない感性を持ち、孤独に狂っていった男。その果てにある破滅はただの因果だったのかもしれない。彼自身、この結末にどこか納得していた。心のどこかでは予想していた未来なのかもしれない。

 それでも。生涯最期の光景だけは、完全にその頭脳を超越していた。


「ッ……、…………ッ!」


 何かを言おうとして、何も言えない少年がそこにいた。血にべったりと濡れたその顔は、よく見れば桜に似ていたような気もする。エレベーターの浮遊感をぼんやりと知覚し、それでもあと数分もしない内に自分が死ぬことを強く自覚した。自分にすがり付いて、静かに嗚咽を流す少年は。


「パパ……どう、して…………ッ!」


 その熱に、心が解れていくのを感じた。口を開いて、弱々しい空気が漏れる。もう声すら発せられない。視界が赤く燃え落ちていく。その小さな身体を抱いて、頭を優しく撫でてやった。くすぐったそうに、ほんの少しだけ笑った少年の顔。

 それが桜花道が見た最期の光景だった。

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