戦士結束

 そのサイレンは、たった三日後に鳴り響いた。

 星獣警報。それも全国規模の異常事態だった。それほどの脅威、それほど一大事が迫っていた。空に浮かぶ巨大な大亀。それは、岩石が凝り固まって生まれた大質量、即ち星獣だった。東京スカイタワーの上空を陣取る大怪獣は、何をするでもなく宙に浮かんでいる。しかし、あれが暴れ出せば大惨事は免れない。


「うむ。準備は良いか」

「スタードライバーズ初出動がこんな大物たあ、俺たち持ってるじゃねえか」

「バカ言ってる場合か、バカ! あれは太古より伝わる曰く付きの大星獣だぞ!」


 青、黄、赤のドライブスーツを纏う三人の戦士。星獣に対抗する最大の切り札、スタードライバーズ。打倒すべきは天に浮かぶ大星獣。時代の転機に現れては文明を滅ぼしていったという説すらある、まさに曰く付きの大怪獣。間違いなくこれまでで最大の脅威だった。それでも、彼らの目には希望が宿っている。


「へ、御託はいい。先輩んちに付きっきりで特訓した成果見せてみろよ!」

「ああ…………添い寝とか、暖かくて……なんというかぽかぽかして、安心しました……はい」

「は? え、先輩と毎日甚平パーティかよ!?」

「私は寝るときは全裸派だ」

「ッ!?」


 もごもごと赤くなる少年と、やたら凛々しい目付きで敵を見定める女丈夫。龍征ががたがたと震える。なんとも言えないもどかしさ。それをぶつけるおあつらえ向きのデカブツがそこにいる。


「……光さん。あの採石場での実験、星獣をさらに繋ぎ合わせてアレを作るって目論見があった。星獣を制するならば星獣ってね。だから、もしかして」

「聞き入れた。だが、今は戦いに集中しろ。天道、私と二人でアタック行けるか!」

「合点!」


 剣を構えた光が、拳を構えた龍征が、呼吸を合わせて突撃する。大星獣が反応し、口から岩石砲を放った。龍征が真正面から打ち砕き、光がその脇から、スカイタワーの鉄骨を足場に天まで駆け上がる。その背中を見ながら、リヴァは両手の双銃を構えていた。ドライブ2のメイン武器。桜主任が急ピッチで間に合わせてくれた新型装備だ。下手に武器があるより殴った方が強い龍征とは対照的に、手先器用なリヴァの双銃には様々な機能が詰め込まれている。その内の一つ、強化パーツ『ペンタグラム・マーカー』。銃口の下から伸びたチョークの光が煌めくレールを描く。


「二人とも、乗って!」

「「応ッ!」」


 煌めくラインが二人を天に運ぶ。大星獣から吐き出された石礫がリヴァの銃弾に撃ち落とされた。岩石砲弾。龍征が前に出る。


「先輩、行けますッ!」


 放つ蛮勇。拳が砲弾を打ち砕いた。真っ逆さまに落ちる龍征の足の上に光が着地する。最速最短一直線。そのための突破口は開けた。龍征は勢い良く両足を蹴りだし、光を大星獣まで送り出す。黄色く光る虎に空中でキャッチされる中、数メートルにもなろう巨大な白刃が雲を割ったのを見た。


「うへえ、先輩こんなことも出来んのか…………」


 大星獣の頭上をドライブ1の青い光が取った。大上段に振り上げた剣は、大きさにして十メートルにも届く大太刀振る舞い。隙だらけの大技は実践では不向き。そう考えて今まで使ってこなかったのだろう。

 だが、今はもう一人ではない。

 敵まで届けてくれる仲間がいる。隙を補ってくれる仲間がいる。こんなに心強いものはない。遠慮無用の情け無用。全力全開の光の一撃が大星獣に降って落ちた。その大質量はもはや斬撃とは形容しがたい。隕石に直撃したようなインパクトが大星獣を大地に墜とす。


「ああ、スカイタワーまだ登ってないのに……ッ!」


 龍征の嘆きに呼応するように光は口角を上げた。真っ直ぐではなく、角度をつけた攻撃。大都会の一大名所のすれすれを通り抜けた巨体がアスファルトに激突して砕ける。


「光さん、避難は済んでるんだからそんな手心は必要ないような……」

「救える犠牲は余さず掴んで引っ張りあげる。こいつだってたくさんの想いが積み上がった大事なものだぞ」

「…………はい」


 地上に降り立った光に、龍征とリヴァが駆け寄った。あの一撃はまさに圧巻だったが、それで仕留めきれない大星獣もやはり脅威だった。岩石の粉末がキラキラと空気中に巻き上がる中、砕けた岩石が結合し、いくつもの星獣が立ち上がる。


「さあ、続け。一体残らず叩き潰す!」







 一方、本部内では慌ただしくサイレンが鳴り響いていた。都会の一等地での作戦活動。それも今までとは規模が違う大星獣相手。住民の避難は完全には間に合わない。だからこそ、付近のシェルター施設に格納する荒業を行使した。作戦行動までに避難完遂させたのはプロの意地に他ならない。

 しかしながら、普通の星獣ならば堅牢な守りと称せそうだが、あれだけの大質量だと保証は出来ない。生還か、はたまた全滅か。そんな運命の岐路は渡りきった。


「大星獣、分離完了。これより星獣の各個撃破にフェイズを移行します」

「乗り切ったか。だが油断はするな! シェルターの守りを最優先に、星獣を引き付けろ!」

「ふふん。この決断を下せたのは流石、と評価しとくわん★」


 額の汗を拭う司令。壁に寄りかかって軽口を叩く桜主任に舌打ちを返す。


「いちいち嫌みな奴だな。今は俺が上官なんだぞ」

「同期でしょ、お堅いこと言うなよ」


 桜が司令の背後に回る。技術主任の奔放さは作戦本部周知の事実なので、それに注意を回す者などいなかった。


「……調査結果、出たんだろうな?」


 桜は肩を竦めた。芳しくない反応に司令は息を飲んだ。


「分かってるだろうけど……大星獣の出現は明らかに恣意的なものだ。俺は星獣の笛の守りに入る。キーは頂いていくぜ。敵さんが動くならこのタイミングしかない。タイマンなら俺が最強だ」


 いつのまに手にしていたのか。桜が黒いカードキーをひらひらさせる。と、音もなく消えていく。司令が呼び止めた時には既に室内にいない。司令がもう一度舌打ちをした。


「……相変わらず奔放が過ぎる。敵が動くならこのタイミング、確かにな」


 その顔には焦りが浮かんでいた。頼みの綱、スタードライバーズは絶好調の活躍を見せている。しかし、あの大星獣が単なる陽動にしか過ぎないとしたら。まんまと最大戦力を外にばら蒔いてしまうことにはならないか。


(いや、内通者がいたとすれば……事はそんなに単純じゃない)


 特異災害対策本部を率いる大道司司令、裏方で支える屈指の暗殺者である桜。星獣相手でなければ無類の強さを誇る二大戦力を知らないはずはないのだ。そして、それだけではない。機動部にはそれに及ばずとも強力な実力者が何人か混ざっている。だから、内情を知っている者からすれば狙うものは一つしかない。


(星獣の笛……星獣の力があれば全てを引っくり返す。そうだよな、桜。お前の行動には筋が通っている。でも、それでも敵の正体を見極めない特攻は……ただの自爆と変わらんぞ。だからこそ、だ)

「コード666トリプルシックスッ!」


 ぴく、とメインオペレーターの手が止まった。


「急げ」「了解ッ!」


 隻腕の司令が、立ち上がった。右手を開いては、握る。まるで拳の調子を確かめるように。彼の中で、ある確信があった。敵はここで全ての決着をつけるつもりだ。それを打倒するために何が出来るのか。


「カガリ」「御意」


 長身細身の、影のような男が天井から落ちてきた。顔を隠す仮面には『日本丸』と行書体で印されている。


「出る。全ての指揮権をお前に預ける」「御意」


 日本丸カガリ。司令の影武者であり、代行権者。司令自身が全権を預けるに足るように育て上げた生粋の代行者である。その姿形が組み変わる。隻腕の厳つい大男。仕草も、声の抑揚も、そして思考パターンも完璧にトレースしている。的確に、少なくとも司令自身は完璧と思えるように部隊を動かしていくカガリの姿を見て、司令は満足そうに頷いた。


「司令」


 作戦メンバーの一人が、声をかけた。司令は右腕を掲げて獰猛に笑って見せる。


「俺は、勝ってくるからよう。お前らも絶対に負けんじゃねえぞッ!!」

「「「「はいッ!」」」」


 飛ばしたげきが伝播する。決戦の場は整った。決意の男は片方の拳をぐっと握り締める。そして、走り出したのだ。

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