五、「天に光る流星の煌めき」

暗中模索

 凄まじい爆発音と、凄まじい振動。それが記憶に残った最後だった。ゆっくりと揺らされてリヴァは目を覚ます。身体が動かない。取り敢えずびっくりする。自分の首から下が瓦礫に埋もれていた。

 なんとか脱出しようと、身体を捻るように力を込めた。やはり動けない。動くのは首から上だけだ。その足掻きが愉快な百面相にしかなっていないことに気付くと、俯いて、バツの悪そうに顔を赤らめる。ふと視線を上げると、土に汚れた龍征の顔がこちらに向いていた。

 お互い、無言である。少し気まずい。


「……いやあ、ようやく突撃したと思ったら本部の崩壊に巻き込まれた。我ながらバカが過ぎる」

「……んなこと言ってる場合か、バカ」

「桜さんは……」

「……奴は司令が倒したよ。でも、事件はまだ終わっていない。何かが起きたんだ」

「そっか……あの人に勝つのが一つの目標だったんだけどな」


 状況は芳しくない、どころではない。何が起きているのか。敵の正体は何だったのか。全ては瓦礫に埋もれたどん底。薄暗く、埃っぽい。状況は泥沼で、立ち止まっている余裕なんてなかった。やっぱり身動きが取れないのを確認し、リヴァは言った。


「行けよ。僕なんかさっさと見捨てろ」

「バカ」

「は?」


 いらっとした。龍征に言われたくない言葉ナンバーワンだった。


「仲間だろ。俺は絶対にお前を引き上げる。一緒に行くぞ」


 リヴァが顔を地面に突っ伏した。訝しむ龍征だが、相手にしていられない。首から上が炎でも噴き出しそうなくらいに熱かった。耳まで真っ赤なのが見なくても分かる。心が飛び跳ねそうなのをねじ伏せる。世界が色づきそうでもじもじする。


(バカか。バカなのか、バカだろコイツッ! 口説く相手を完全に間違えてる! そんな目で見ないでよぉ!)


 静かに悶えるリヴァに、龍征は案じるようにおろおろする。

 もじもじとおろおろが互いに打ち消しあったようだ。互いの痴態に心が冷えたとも言うべきか。ふと冷静に返ったリヴァが聞く。


「……光さんは?」

「脱出経路を探ってる。なあ、一体何がどうなったんだ?」

「パパ……首謀者の桜花道は野望半ばで散った。けど、そこから何かがあったんだ。それが今の状況だ」

「……何があったの?」

「分かんないっての、バカ!」


 にやける龍征を見て、リヴァはからかわれていることに気付いた。妙に余裕のあるバカにいらぬ不安すら抱いてしまう。


「愛い愛い」

「お前が言うな。ウザい。……てかなんでそんなに余裕なんだよ」

「何言ってんだ。先輩がいて、お前もいる。だから、なんとかなる気がする。なんとかしてみせるさ」


 収まってきた熱がぶり返す。リヴァは開き直って真っ赤な顔で龍征に噛みついた。うまく動かない身体で甘噛みのようだった。龍征は犬でも撫でるような手つきで少年の頭を撫でる。リヴァが「くぅ」と唸った。


「まだ終わりじゃない。俺たち三人でとことんやろうぜ。先輩に、お前もいてくれて……なんでも出来る気がすんだ」


 リヴァは、そこで初めて気付いた。龍征の表情が、信じられないくらいに憔悴していた。果たしてここに至るまで何があったのか。余裕なんてあるはずない。龍征という男は、そうだった。勝てるから戦うのではない。自分を貫き突き進む。そのために、無謀な戦いでも拳を握ってきた。そんな男が、今確かに希望を見ている。すぐ目の前よりも先を見ている。振り絞った力で瓦礫を押し退ける龍征に、問わずにはいられない。


「僕で、いいのか。本当にいいのか?」

「どういう意味だ」

「龍征が……信頼を預ける仲間が、僕でいいのかな、て…………。はしゃいじゃいたけど、僕は、ろくでなしだぞ。本当に一緒に戦うつもりか?」

「いい! 俺はお前と一緒がいいんだ」


 真っ赤になったまま俯いたリヴァに笑いかけ、龍征は瓦礫の隙間に身体をねじ込ませる。自分の肉体を梃子にして、なんとかして持ち上げようと。

 思えば、始まりもこんな日だった。生まれ育った西蔵町を星獣に襲われ、ドン詰まりの状況を走り抜いた。救えたあの幼い命。あの時は、確かタンスだったか。肩での打撃が瓦礫を砕いた。雪崩る土砂をその背で庇う。


(あの時より、力がある。覚悟がある。信念がある。だから――今度こそ、貫いてみせるッ!)


 半端は止めよ。

 崩れかける瓦礫の山。龍征は拳を叩きつけ、その腕で支える。押しつぶされそうな男を支えるのは、二本の細腕。


「一緒に、行くんだろ……ッ!」


 タンスから引き抜いた少女。瓦礫の山から引き上げたリヴァ。龍征だって、同じだ。色々な人たち、様々なものに助けられてきた。崩壊の轟音を背後に、二人は肩を支え合いながら笑った。


「ありがとう……龍征。僕は、やり直せるのかな」

「どん詰まりに踏みとどまった、それがスタートラインなんだ。俺が保証する」


 不思議な説得力があった。奇妙な納得があった。心が氷解する。熱いものがその身を焦がす。


「……メアはもういない。だけど、僕はここにいる」


 続きは聞かなくても分かる。全てはメアのため。それは翻って自分のためであった。メアに相応しい自分になる。それこそが天乃リヴァの張る自分。その世界観は偽物だったかもしれない。しかし、その信念は確かに本物だった。

 自分に、胸を張ろう。これはそのための戦いだった。


「光さんと合流しよう。僕も……一緒に戦うよ」

「合点。ここに来るまで結構な数の星獣と戦ってきた。油断するなよ」

「先に言え」


 相変わらず油断ならない状況だった。言い終わった直後、大地が震える。大規模な大地震。想像を越える事態が進行していることを理解する。二人は示し合わせたかのように頷いた。


「光さんはどこに?」

「多分……いや、きっとこっち」

「把握しとけよ、バカ」


 それでも一緒に歩き続ける。それなりの距離があったと記憶している。どちらも光の身を案じる気はなかった。あの女丈夫に滅多なことがあるとは思えなかった。

 果たして。歩き続けた先に、大道司光の背中は見えた。あの英傑が立ち止まる理由は、よっぽどのことがある。そして、リヴァはともかく、龍征が呼吸を乱すには相応しい光景がそこにはあった。

 特異災害対策本部、その総司令が虫の息で倒れていた。

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