第9話 現場の実状
先日、近所の府道を歩いていると、横断歩道で車待ちをしている八歳くらいの女の子を見かけた。
信号機のない横断歩道には停止線がある。
車はビュンビュン女の子の前を走って行く。
「これ、確か停止する義務があるよね」
最近見た教習所の教本の記憶はまだ新しい。
「誰も止まらないのね」
ポツリ呟くわたしに近所の顔見知りの三十歳くらいの人が、
「教本通りにはいかないんだよ」
と言った。
丁度その時、横断歩道の手前で車を止める親切なドライバーがいた。
(ああ、よかった)
と喜んでいると、その車の後ろに付いていた車がクラクションを鳴らして、追い抜いて行こうとしたのだ。
「あぶない!」
渡ろうとしていた女の子は、クラクションに驚いて歩みを止めていたので事なきを得たのだが……。
「ひどい」
とわたしは言葉を漏らした。
「後ろの車は、そこに横断歩道があることも停止線があることも見えていないんだよ」
左にカーブした向こうにある停止線は、その後ろの車からは見えないかもしれない。
「横断歩道手前の停止線で止まる事は大体の者は知っているよ。でもね、後ろから車が来ている時に止まると、今みたいなことになる事も知っているんだよ。だから敢えて止まらない人もいるんだよ。本当の意味で、歩行者を守るために」
言われてみればそうなのかもしれない。
今の場合だって、親切心を起こしたばかりに、女の子が引かれそうになっていたのだ。
わたしは教習所の終了式の教官の言葉を改めて思い出した。
「制限速度が30キロとか40キロとか設けられているけどね、わたしの立場からこれを言うのは何だけど、法定速度のみ気にして走っていたら、スムーズな交通状態は保てないんだよ。そこはまあ、出で慣れろと言うことで……わたしから言える事はそれだけだ」
目の前で起こりかけた事例を踏まえて、なんとなく教官の言いたかったことが分かったような気がした。
法律とか、事の善悪とかは、必ずしも現場の実状はあったものではないのだろうと、わたしは強く感じた。
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